第23話 働く違和感

 翌日の放課後。今日もいつもと変わらね一日で終わると思っていた。

 依頼がない日は平和だ。だが、そんな日常は椿姫が部活に顔を出したと瞬間に壊れた。


「どうしたの、その首」


 椿姫を見るなり目を見開き、青ざめた透が声をかけた。


「ちょっと首を切っちゃって、ね」


 苦笑しながら言う椿姫。どうやって首を切ってしまったのかは言わなかった。ただ首には切り傷を覆う包帯が痛々しい現状を物語り、下手をしたら頸動脈を切っていても可笑しくはない位置だった。どうすれば首を切る事故に遭ったのか気になるところだが、今は無事であることに安堵するべきだろう。

  お茶を啜って一息ついた佑真は口を開く。


「動いて大丈夫なのか?」

「うん。日常生活には支障はないって。だから大丈夫」


 平然としている椿姫は笑顔だ。


「………………、そっか」


 佑真は間を開けて素っ気なく言う。

 どことなく椿姫からはカラ元気を出しているように見えた。首を切って心配させてしまったことなのか、それともまだ本調子ではないのかはわからない。だが、佑真には椿姫の笑顔に違和感を感じているのは確かだ。そして、佑真は決めた。


「よし。今日はここまで。部活終了にして帰んべ」


 佑真がそう言うと、透と椿姫は驚く顔をした。


「急にどうしちゃったの、佑真。いつもなら用事とか面倒くさい時以外はずっと部活終了時間まで部室に入り浸るのに」

「面倒くさいのはいつものことだが、理由は二つある。一つ目はこの数週間ほど依頼が来ないから。二つ目は椿姫が首を怪我してるからだ。異論は認めん」


 淡々と言った佑真はお茶を啜る。


「わたしは大丈夫だよ? 怪我って言っても首の皮膚が少し切れただけだから気にしないで。普通に部活動できるよ?」

「おまえ本調子じゃないだろ?」


 佑真がそう言うと椿姫は目を見開いて押し黙った。図星だったらしい。


「えっ……、いや」

「まあ、椿姫も気にすんな。途中で部活を切り上げることはよくあることだ」


 佑真は椿姫の肩を叩き、なんとなく励ました。

 それからの椿姫は納得し、後片付けをした。時間には余裕があったので佑真仕込みのトラップを仕掛けた。今週は例の教師二人が密会するわけでもないので普通に開けたら発動するトラップだ。仕掛けたという連絡を江崎にしようとも考えたのだが、面倒くさいのでやめた。まあ、仮に江崎が来たところでまったく効かないだろうが、普通の教師の桐沢に開けられると困るので一様危険と書いた付箋(ふせん)を貼った。

 一通りの片づけを終え、佑真たちは帰る準備をした。


「んじゃ、帰るか。なあ、予定ないならゲーセンいこうぜ」

「佑真ぁ、お腹がすいたので晩飯食にいきましょうぜぇ……」

「おっ、たまには外食もいいな」

「それじゃ、それで決まりだね。当然、椿姫ちゃんも来るよね?」


 透は椿姫に視線を向ける。


「えっ、わたし?」


 突然の提案に驚く椿姫。誘われるとは思っていなかったらしい。佑真はどっちでも良かったのだが、透が椿姫に声をかけたことであることを思い出した。


「……。ああ、そうだったな。まだ歓迎会もやってなかったし、丁度いいかもな」

「よし! そうと決まれば早速いこう! 椿姫ちゃんが良ければだけど」


 透はそう言って椿姫の返答を待つ。

 椿姫は少し考える仕草を見せて、


「……ごめん、今日はちょっと、都合がつかないや……」


 苦笑いを浮かべて誘いを断る。


「そっかー、それは残念だ……」

「用事があるならしょうがないな。またべつの機会に持ち越し、ってことで」


 佑真は相変わらず素っ気なかったが、透は物凄く残念そうにしていた。


「……本当にごめんね。次は絶対にいくから」

「あんま気に病むな。適当に日程決めて歓迎会をすればいいだけの話だしな」


 この歓迎会は適当に駄弁って料理を食べるだけだが、親交を深めるという話では一緒に食事ってだけでも新入部員のことを知ることができる。佑真は椿姫のことはできる女、っていう以外はほとんど知らない。だからこの機会に椿姫という人物を知れたらいいと思っていた。

 部室の施錠が終わり、いざ帰ろうとなったときだ。


「ごめん。佑真君、透君。わたしちょっと裁縫部に寄ってから帰るね」


 椿姫は申し訳なさそうにそう告げる。

 裁縫部というのは椿姫の所属するもう一つの部活だ。部員数は十人にも満たない少数派の部活だが、制作している縫物ぬいものは良い品が多く、文化祭などでも売り切れになるほど人気だ。そんな部活に所属する椿姫だが、当分は顔を出さないと言っていた。なぜ急に顔を出そうとしたのかわからないが、都合がつかないのはそのことだろう。


「ああ、さっき言ってた都合がつかないやつか」

「それとはちょっと違うんだけどね」


 佑真が予想していたのとは違ったようだ。だとすると、部活終了後に向かったところで無意味なのではないのだろうか。約束しているならともかく、驚かせるつもりなら情報部の活動を途中で抜け出さないかぎり、裁縫部は戸締りをして解散しているだろう。それをわからない椿姫ではない。ではなぜ、これから部室にいくのか、佑真は疑問に感じた。


「……。そうか。ならここでお別れだな」


 佑真は少し考えた後、素っ気なくそう言った。


「裁縫部にもよろしく伝えてね、椿姫ちゃん」


 知ってか知らぬか、透はそう言った。


「それじゃ、わたし急ぐから。また明日」

「ああ椿姫、これ持ってろ」


 急ぎ足で立ち去ろうとする椿姫に、佑真は鍵の束を投げた。

 振り向きざまに投げたことで椿姫は少し慌てた様子でお手玉をした。


「えっ、これって」

「やる。部室の鍵やらその他もろもろの鍵だ。それがあれば俺たちより早く来ても部室に入れるし、情報を取り出せる。スペアはあるから気にすんな」


 椿姫は掌の鍵を見てから佑真のほうを見て、


「……、ごめんね。ありがとう! それじゃ、また明日ね」


 椿姫は笑顔でそう言い、裁縫部に向けて急ぎ足で向かっていった。


「また明日ぁ。それじゃ佑真、飯食べにいこうか。……佑真?」


 透の言葉に佑真は無反応だった。

 佑真はただ、椿姫が向かったほうを見つめていた。

 不思議だったのだ。別れの際に見せた椿姫の笑顔が。佑真にはあの笑顔が心から笑っているようには感じられず、どこか悲しそうに見えた。鍵を受け取った瞬間の顔が頭から離れない。


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