第3話 待ちくたびれた依頼
翌日の放課後。
佑真は部活に来ていた。情報部というあらゆる情報を取り扱う部活である。収集した情報を駆使し、依頼主の悩みを解決する、いわゆるなんでも屋のような部活に所属している。
そんないつもと変わらない光景が広がる情報部の部室。生徒の使用する教室よりは狭いが、それでも広々とした空間だ。窓際の端には本棚。その本棚にかけられたパイプ椅子。部室の出口から左側には種類の違う複数のロッカーに占領され、部室の中心には折り畳み式のテーブルが設置されている。
出口付近には、菓子類と湯呑、急須と茶葉が置かれた木製の戸棚と台がある。いつでも菓子を取り出し、茶を入れて休憩できる。本来は来客のためなのだが、いつの間にか自分たちが八割くらい使用している。部活動の空間にしては部活には程遠い空間である。
その証拠に佑真は窓際で呑気にラノベを読み
「なあ、佑真。まーた告白を放棄したんだってねぇ」
だが、そんな一時に割り込む非常識な輩が一人、この部室にいる。
テーブルに突っ伏し、鼻歌混じりに携帯を弄る透はそう言った。
「……、なんでおまえがそんな情報を知っているんだ?」
「さーて、なんででしょうねぇ。情報の仕入れ先はヒ・ミ・ツ♡」
「キモッ、くたばれ淫魔」
「ははっ……、酷くね?」
なぜ昨日の出来事を知っているのか。それは透の情報網から伝わってきたのだろう。
佑真と違って友達が多く、その友達を通じてさらにほかの人と面識のある関係を築いている。そのおかげで情報網が広範囲に広がっている。今回のことを知っているのは、おそらく面識のある誰からか伝え聞いたか、あるいはまたべつの方法で知ったに違いない。
「まったく、どこで仕入れたか知らんが、人の恋路にちょっかい入れんなよな」
「いいじゃんべつに。どうせ人の恋路とか言って全部ぶっ壊しちゃうくせに」
「うるせ」
透とは幼少期からの腐れ縁のせいか、皮肉も悪口もまったく気にならない。むしろ通常運転とも言ってもいい。そう簡単に切れる間柄ではないので心配はなく、心配されるほうが余計なお世話なくらいだ。そのくらい気兼ねない関係だ。
「そういえば、今日はなんかあったか?」
「え? いや、なにもないけど。強いて言えば、一年C組の
「……。気になるな。あとで調べてみるか」
「そうだね、明日にでも調べてみ――って、話がズレてる! で、いつになったら彼女を作るの? 今しかないよ? こんな告白イベント。今見逃したら賢者になっちゃうよ?」
「漫画じゃあるまいし賢者になるか。つーか、最近やけに押してくるな」
「そりゃそうだよ! 何度も何度もフリまくりやがって! こちとらそういう浮かれた話がないのに佑真だけズルいよ! 早く誰かと付き合って告白の連鎖を終らせてよ!」
「
淡々とラノベを読み続けながら適当に相槌する佑真。できることなら告白なんて一生来なくていいと思っている佑真には、告白は迷惑な行為そのものだ。
「本当に佑真は女の子には当たりが強いよね」
「そうか? あんなの歩く札束吸引機だろ。もしくは歩く冤罪製造機」
ラノベを読みながら、佑真は淡々と述べる。
「お、おう……かなりの偏見だね。もしかして、女性が関わるとたちまち立場が弱くなる男のために優しいのかな?」
「は? あんなやつらも責任すら取れない低所得製造機だろ」
「追撃ですか。男にも容赦ない偏見ですか」
躊躇なく言い放つ佑真に、透は手を大きく広げてお手上げな感じで苦笑する。
「それじゃ、佑真はどのような女の子がお好みなのかな?」
「どこぞの森で真っ黄色な鼠が出現するレベルの」
「オーケー察した。本当にいるかどうかわからないレベルの女の子ですね……」
「だろ?」
「ちなみに妥協は?」
「する気はない。そうしとけば付き合う確率はほぼないだろ」
「ああ……、もうどうしようもないっスね。僕は諦めるしかないのかなぁ」
「諦める気ないくせによく言う」
嘘八百の透が早々に諦めるわけがなく、それを知っている佑真の瞳には親指立ててにっこりと笑っている友人の姿があった。見ている佑真は面倒くさそうに嘆息した。
「ははっ、ゴメンって。でも良い女の子を見つけてほしいのは本当だよ。そして僕をキュンキュンさせて? もうノンフィクション小説かけるかってくらいのあめぇ恋愛をしてほしいのよ。ね? 恋しよ? ベット・イン・ラブライフを謳歌しよ?」
「九割がたテメェの願望じゃねぇか」
「うーん、ダメか。恋愛してほしいのは本当なのに……」
「おい、願望を否定しろ。なにさらっと無視してる」
「てへっ!」
昭和のアイドルのようなわざとらしい仕草をする透に佑真は溜息を吐く。
「……。べつにいいさ、彼女なんて。女はもうたくさんだ」
「ああ、そうだったね。佑真って女運ないもんね」
思い出したかのように透は、乾いた笑いを浮かべてポリポリと頬を掻いた。
佑真は女運に恵まれたことがない。過去、佑真から好きになったことは一度もないが、告白されて悪い気はしなかったから普通に付き合っていた時期があった。だけど時期が悪かった。断るごとに女への憎悪が膨らんでいき、しまいには女性への嫌いな部分が徐々に増えていく始末。そこで悲しいのは、キスも手の感触とか諸々、事実はあるのに経験がないまま終わっているということである。
ひねくれた頃には異性に向ける好意はすべて敵意へと変わっていた。
「まあ、それでも彼女は作ってみたいとは少なからず思ってるさ」
「ホントに! それじゃ、今からでも教室に漁りにいこう!」
「見境くなってどうする? 俺が女に告るとでも?」
「あ……、童貞で臆病で、色々拗らせ過ぎてる佑真には無理だ……」
失意に暮れる透は肩を落とす。
「ディスるんじゃねぇよ。透も人のこと言えないだろ」
あまりにも酷い良いように、さすがの佑真もラノベを閉じて身体を透に向ける。
「ふふふっ……、もしも僕に彼女がいたら?」
自信満々に腕を組み、胸を張る透。そんなあからさまな態度を取って佑真が気づかないわけがなく、察したときにはラノベから意識が離れて透を見て、
「ま、まさか、おまえ……」
顔を蒼く染めて、震える手で透を差す。
「そう、そのまさか、よ」
「とうとう二次元と三次元の境がわからなくなっちまって……」
「違うわい! その手のゲームは好きだけどまた違う」
「違う? ま、まさか……おまえ」
「そう、そのまさかよ」
また堂々と胸を張る透に、佑真ははっと目を見開いて指を差す。
「いくら払った?」
「レンタル彼女でもねぇよ!? 僕ってそんな彼女いるように見えない!? いや、居ないけどさ! もう少し匂わさせてよ!」
「それ以前の問題ような気がする」
「なんでだヨゥ!」
バン、とテーブルを叩いて席を立ち上がる透はそう喚く。
「透も俺と似たようなもんだろ。女運のなさは。てか、相手の男運のなさが」
「なーんで僕が悪い男前提なんだヨゥ! こんな隠れ陽キャなかなかいないぜ?」
自信満々に自己評価する透だが、その目の前で彼を直々に評価している佑真からしてみれば過剰な自己採点だと呆れて溜息が出てしまう。
「隠れてる時点で陰キャも同然だろ。てか、俺のことあーだこーだ言うが、透が巷でなんて言われてんのか知ってんのか?」
「え? なんて言われてんの?」
「歩く十八禁」
「なにその不名誉!? っていうか、それ以前の依頼でも犯人が言ってたヤツじゃん!?」
携帯のカメラ機能を使って透はぺたぺたと自分の顔を触って確認する。誰からの情報なのかさなかではないが、顔のパーツは良いので透は黙っていればモテるという佑真なりに見解を出しているが、それ以上に人格が台無しにしているせいでモテない。
落ち込む透はまた脱力して着席して、
「ふぁ……。でも、いいんだぁ、僕はどうでも。佑真がちゃんと好きな人と結婚して幸せに暮らしてくれればそれでいい。僕は後回しでいい」
「未来のことなら他人じゃなく自分のことを第一に考えてろ」
「いいのいいの、僕はいつだって大丈夫。その前に佑真さ、モテるのになぁ……いや、モテるだけか。ホント、次は良い女の子に告白されるといいね」
「振る一択だがな」
佑真は素っ気なく言い切り、溜息を吐きながらラノベに意識を戻す。その間、机に突っ伏す透はなにか物言いたそうに見つめている。視線に気づいていた佑真だが、あえて反応しようとは思わなかった。
余計な方向に話が発展してしまうから。
「……。ねえ、佑真さ――」
瞬間、コンコンと部室の扉を叩く音によってなにか言おうとした透の言葉が遮られ、二人の視線は自然と部室の扉に向く。
「透、どうやら仕事のようだ」
「……、そのようだね」
突然の来客でなにか言おうとした透は言葉を飲み、何事もなかったのような振る舞いで扉の前に立つ依頼主の向けて口を開く。
「どうぞ」
透の呼びかけ、扉が開かれる。そして部室に一人の女子生徒が入ってきた。
癖のない栗色の長髪。整った顔立ち。この学園でも一目置かれるような容姿の女性だ。ついでに言ってしまえば、その女子生徒は佑真たちと同学年のA組在籍の委員長だ。
「失礼します……」
入ってきた女子生徒は、佑真と透はよく知っている人物だ。二人にとってとうとう来たか、と待ちくたびれていたくらいの相手だった。当然、用件も明確に把握している。しかし情報部として念のため間違いがないようにと確認しなければならない。
それを訊くのは佑真だ。
「今日はどんなご用件で?」
「あの……、えっと、あなたがたに依頼したいことがありまして……」
「で、具体的には?」
「……えっと、好きな男性に告白したいのですが、絶対に誰にも知られたくなくて……。だから、安全に告白できる場所を設けたいんですけど……」
震えながら、緊張した声音で女子生徒は言う。
「……。なるほど、わかりました。どうぞ席に座ってください」
女子生徒に席に座るように促すと、佑真は不敵な微笑みをかける。
「緑茶と紅茶、どちらがお好みで?」
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