第2話 靴箱に手紙
携帯の発振音が微かに聞こえてきた。一定の間隔で発振音が鳴り、まどろみの中で不愉快な気分にさせる。遠くから聞こえてくる音は次第に大きくなっていき、引きずられるような感覚に襲われ、意識が現実に戻されていく。
「……ん?」
深い眠りから覚める佑真。放課後を迎えた学園の教室は佑真を除いて誰もいなかった。
夕暮れの日差しが窓から入り込み、薄暗い教室を朱色の光が射し込んでいる。物静かで外から運動部のかけ声がはっきりと聞こえてくる。
現在の状況を吞み込んだ佑真は、
「……もう、放課後か」
面倒くさそうにそう言った。気怠い身体を強引に机から引き剥がし、大きく背伸びをする。ボサボサの黒髪に指を通して頭皮を掻いてから眼鏡をかけ直す。
首周りを動かし、ポケットから携帯を取り出す。電源を入れて学園の提示版サイト『桜葉の庭園』を開き、記事やチャットを確認していく。
「……、今日はとくに気になるようなもんはねぇな。さて、いくか」
気怠そうに椅子から立ち上がり、机にかけていたカバンを取って教室を出る。廊下は嘘のように静まり返っていた。普通なら廊下にも人がいるはずなのだが、今回は一人としていない。現在の時刻は四時を過ぎ、今日は午前授業で終わっていることもあって部活に所属していない生徒は足早に帰り、部活に所属している生徒は汗水流し、知恵を絞って切磋琢磨している。その間、佑真は寝不足で爆睡していたのだ。
「慣れないことはするもんじゃないな」
オールはキツイなぁ……、と少し後悔しながら不眠の反動が大きい身体を強引に起こし、カバンを持って廊下に出る。
ここ桜葉学園は無駄に広い学園だ。敷地も広ければ校舎も馬鹿みたいに広い。無駄に空き教室も多いが、学科ごとに分かれていることもあり、多いに越したことはないらしい。必要であれば自由に使える。為になろうがくだらなかろうがだ。そこは割と自由だ。
しばらく廊下を歩いていると、微かだが変な声が聞こえてきた。佑真が通りかかった空き教室から甘く艶めかしい声が聞こえてきた。
「……たくっ、春だからって盛りやがってやがる。……いや、こいつらは春関係なくか」
佑真は溜息混じりに呟く。
声に聞き覚えがあった。一線を越え過ぎたバカップルの声だ。一度だけ関わりのある連中で今回も懲りずに空き教室で致しているのだろう。外の切磋琢磨する運動部のかけ声と空き教室の淫らな声が交わって実に不快な共鳴を作り上げていた。
べつにナニしようが佑真は気にしないのだが、二度と関わり合うことがないことを祈って空き教室を通り過ぎる。ようやく階段に差しかかったところで、また微かながらも淫らな声が階段近くの空き教室から聞こえてきた。
「……珍しいな。あのバカップル以外にもいるとはな」
好奇心とはいえ、佑真の性分なので通り過ぎるまで聞き耳を立てる。耳に入ってくる艶のある声からは、泣きながら嫌がっているようにも聞こえる声だ。もし、この扉の向こうで強制的に行われているなら助けたほうがいいのだろうが、助けを呼ぶ声なんて聞こえないし、それに赤の他人を助ける理由もない。
「……。ほどほどにしとけよ」
佑真は面倒くさそうに呟いて階段を降りていく。
降りるたびに足に上半身の重みと重力の負荷を感じながら一階に降りる。佑真が降りた階段は昇降口の間近に降りられる階段だ。
目と鼻の先の昇降口。太陽は沈みかけて出口から差し込んでくる朱色の光は階段のそばまで射している。日中と違って夕暮れ時の太陽光は余計に眩しい。数十秒間は、真面に目を開けてはいられないくらい眩しいが、すぐに目は慣れて視界が鮮明になる。
「……。教室から昇降口までの距離が長げぇな」
佑真は愚痴を呟きながら自分の靴が収納されている靴箱を開ける。
すると、いつもなら靴だけ取って終わりなのだが、今日はその靴の上に一通の手紙が添えられていた。
「……、今時珍しいな。靴箱にとは」
手紙を手に取り、何度もひっくり返す。
差出人は誰だとは書いておらず、両面は真っ白な封筒だ。
靴箱に手紙が届くのはそう珍しいことではない。だが、手紙にハートマークのシールが貼られているのは久々だ。この手紙で連想する物は一つしかない。
「……こういうの面倒くさいんだよな」
さすがの佑真も手紙はなにか、一目で理解していた。
そう、ラブレターだ。靴箱にラブレターはもう絶滅していてもおかしくないような告白の方法だ。中身を確認するまでは断定できないが、ラブレターの確率は高いだろう。
面倒くさそうに溜息を吐き、佑真はシールを剥がして中身を確認する。
――――
初めまして、天瀬佑真君。
本日は、大事な話があってこの手紙を書きました。
もし御時間がよろしければ、今日の放課後、五時三○分くらいに屋上に来てください。
待っています。
――――
「やっぱ、
確かにラブレターだった。佑真にはこれがラブレターにしか思えなかった。
これは勘ではなく、経験上のものだ。そして考えなくても勝手に理解していた。同時に佑真は疑心暗鬼になった。本当なら喜ぶべきだが、そんな気持ちにはなれなかった。
本当に愛の告白のなのか、それとも誰かを狙って近づいたのか、弱みを掴んで脅すためか、と佑真は推理する。被害妄想と思われるが、この思考は佑真の経験したうえで至った考えだ。まあ、佑真の答えはすでに決まっていたのでそう悩まなかった。
近くのゴミ箱に立つと、ラブレターを容赦なく破り捨てる。
「俺じゃなくて、もっと良い男を見つけろよ」
細かく破り捨てたのを確認した佑真は、面倒くさそうに溜息を吐きながら靴に履き替え、気怠そうに校舎を出る。落ちかかった太陽が佑真を照らしていた。昼間はあんなにも青く澄んだ空だったのに、今は朱色に染まりかかっている。
もう少し時間が経てば周りは薄暗くなっていくだろう。
「……、今日の晩飯どうすっかな」
そんなこと呟きながら、佑真は帰宅するのであった。
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