第17話 美味しいお茶

 いつもと変わらぬ日常がなに食わぬ顔で訪れるのだろうと勝手に思っていた今日この頃。案の定と言えばいいだろうか、部室が荒らされていた。

 犯人は手塚壮一。どれほどの憎悪をもって備品の八割を破壊する惨状を作り上げることができるのだろうか。

 原因となる火種を作った元凶は佑真だが、文句なんて言えない立場の人間が一丁前に激怒することはない。まあ、部室を荒らした張本人は結果として自分に跳ね返ってきたわけで、今は七葉総合病院で一時的に入院している。当分は出てこない。


「それにしても、おまえら特製の防犯システムはどうなってんだよ。なぜドライアイス爆弾を採用したのか知らんが、あんなあぶねぇもん仕掛けんな」


 情報部部室にてお茶を啜る江崎はそう言った。


「仕方がないじゃないですか。盗人ぬすっとを仕留めるのに丁度良いのがなかったんですから」

「仕留めるっておい……まあいい。ちとやり過ぎな気もするが、情報が盗まれなかっただけマシか。今日は大目に見るが、次からはどこに仕掛けてあるかだけは教えてくれ」

「あれ? 言ってませんでしたっけ?」

「言ってねぇよ」


 覇気のないツッコミを入れる江崎は溜息を吐きながらお茶を啜る。

 呑気に部室でお茶をしている情報部部員と顧問。壮一に部室を荒らされたはずなのに、昨夜の出来事が嘘だったかのように佑真たちがいつも見ている綺麗な部室だった。

 けれど荒らされたのは事実。傷つけられた部室の壁や汚れ、壊された備品が綺麗に元通りになっているのは、すべて修理部のおかげである。

 修理部は桜葉学園に存在する部であり、おもに校内で壊れた備品の修理や、破損した壁や天井と床の補修。新しいドアや窓ガラスの取り付け。壊れた机や椅子、などの撤去や交換と幅広く担う部活動だ。部員は約二〇人と、少数派の部活動としては多いほうだ。

 そんな部活動とは縁のある佑真たち。どこから訊きつけてきたのかは知らないが、部長が部員率いて、佑真たちが部室に来る前にすべて終わらせたそうな。

 それを知ったのはつい先程。部室で待っていた江崎が教えてくれた。

 佑真がテリトリーを荒らされて不機嫌ではないのは、片づける手間が省けたことで、いつもどおりの部室で過ごせるからである。

 これには修理部に感謝だ。ただ一人だけ、一人だけ怒り狂っている男がいる。


「やってくれたねあの野郎……。僕もうアイツ落とすところまで落とそうかなぁ、って考えているんだけど。どうかな? 佑真も一緒にやらない?」

「とりあえず、おまえは落ち着け」


 大切な二次嫁の湯呑を破壊されたことで殺意を抱いている透である。時折、佑真が制止しないと今にでも壮一を殺しにいきそうな勢いで殺気立っている。 

 佑真が透を宥めている間、飲み終わったお茶のおかわりを椿姫が注いでくれる。


「佑真君ってその、修理部? とは仲がいいの?」

「ただの常連客さ。修理部には昨夜の壮一の件といい、よく部室が襲撃されて物とか壊されるからその都度頼んでいるんだ」


 椿姫が淹れてくれた熱々のお茶を冷ましながら啜る佑真はそう言う。


「前に、修理部でのトラブルも僕たちが解決したこともあるけどね」

「ああ、そんなこともあったけか? つーか、いつまで殺気立ってんだよ。そんなに大事ならこんなところに置いておくなっての」


 以前に壊された経歴があるのにも関わらず、対策しなかった透が悪い。毎回使う湯呑を常備しておきたい気持ちはわかるが、せめて市販の物を用意するものだ。これで何度も考えると、二次嫁を愛する気持ちを重んずる佑真でさえ同情する気持ちすら失せる。


「ごめん。わたしのせいで……」


 すると、椿姫は申し訳なさそうに謝罪する。自分に原因があると思ったのだろうか、浮かべる表情が曇る。昨日のコンビニでの壮一と一悶着あったことでそうさせてしまった。椿姫はきっとそう思っているのだろう。

 だけど、それは違う。


「おまえのせいじゃねぇよ。知り合いみたいだが、仲が良いわけじゃねぇんなら気にする必要もねぇよ。縁なんて切っちまえ。しつこいようなら協力するからよ」


 椿姫の件が原因というのであれば佑真だ。壮一の兄に送信した情報が原因であり、椿姫はそこにいただけなのだ。壮一と関わりがあるようだが、どうせくだらないことだろう。今回、二人が出会ったのは偶然であり、他人の事情に巻き込まれただけである。すべては佑真の責任だ。素っ気ない佑真の想いが通じたのかは知らない。だが、椿姫は想いを汲んでくれたのか表情が明るくなった。


「……うん、ありがと。……でも安心した」

「なにが?」

「佑真君ってあまり人と関わんないから学園では浮いているのかな、って思ったけど、ちゃんとした交流関係がある一面を知ることができて嬉しいかも」


 愛の根源である佑真に、椿姫は柔和な口調でそう言った。


「うちのオカンみたいなこと言うな。おまえに心配される筋合いはねえっての」

「妻にしてくれるなら、あなただけのお母さんになれるよ?」

「元気出たからって調子こくな。アホ」

「はぅ……」


 少し調子に乗った椿姫の頭に佑真は気持ち強めのチョップを当てた。

 どうやら、冗談を言えるくらいには精神的に持ち直したようだ。


「あのぉ、僕を放っておいてイチャコラしないでくれるかな? ぶん殴ゴフッ! ぬぁあにすんのさ! 僕まだなにもやっていないじゃないか!」

「殺られる前に殺るのはFPSでは当たり前だろ」

「ここ学校じゃん! 急なゲーム思考は勘弁してよ!」


 先程から壮一を殺めようとしていた奴がよく言う、と思いながら佑真は溜息を吐く。


「なら言うな。言葉は便利だが使いかたを間違えればただの凶器だ。とくに透の場合は導火線に火がついてなくても爆発するダイナマイトなんだからさ」

「どうかしてるぜ――へごっ!」


 お寒い透の頬に軽く一発お見舞いする佑真。透はダイナマイトではなく、ピンが入ってても爆発する欠陥品の手榴弾そのものだ。


「はぁ……しょうがね」


 佑真は溜息交じりに立ち上がり、近くの棚の隅を押し込んだ。

 部室で荒らされた中で無事だった家具。なんの変哲もないその家具は、佑真が押した箇所が凹み、出っ張った部分を引き、数回それを繰り返すと隠し引き出しが現れた。


「すごい! なにもないところから小さな引き出しが出てきた!」

「え!? そんなところに隠し引き出しあったっけ!?」


 このカラクリを見て椿姫は好奇心で目を輝かせ、一方の透も部長でありながら初見のようだった。それもそうだ。教えていないのだから。そもそも佑真が忘れていたのだから。


「知り合いに職人がいてな。ちょっとした交渉を持ちかけてみたところ、快く無償で引き受けてくれてな。随分と良い物を作ってもらった」

「知り合いさん太っ腹だね。手間と時間が必要な物に無償で作るなんて普通しないよ」

「どうしよう……脅している光景しか浮かばない……」


 とても純粋な椿姫と遠くを見つめ勝手に察する透。椿姫は出会って日は浅いとはいえ、佑真の言葉に疑問を抱かない時点で将来が少し心配だ。察せる子だが腹の内まではわからないらしい。あと透はあとで殺す。少し小突いただけで脅したは語弊がある。


「ま、それはそれとして……ほい。これは透のだ。それと、これは椿姫」


 佑真は新聞紙に包まれた品を手に取って透と椿姫に渡す。

 受け取った二人は品を覆っている新聞紙を開くと、中から綺麗な湯呑が現れる。


「すごい……とっても綺麗」

「うわぁ! これ僕の壊された痛湯呑のキャラの妹のほうだ! 佑真、これって……」

「あらかじめ予備で作っておいといたんだ」

「ありがとう佑真! 僕たちズッ友だよぅ!」

「抱きつくな。性犯罪者」


 蛸のように抱きつく……いや、へばりつく透を佑真は剥がそうとする。


「椿……」


 不意に出た小さな言葉に佑真は気づき、椿姫のほうへ振り返る。

 そこには湯呑に描かれた椿の花にずっと見入っている椿姫がいた。


「ああ、それ。結構前に作った物だな」

「えっ? これって佑真君の手作りなの?」


 椿姫の言葉に佑真は頷く。


「佑真はなんだって作れるよ。趣味で物作りをしてるから興味があればなんでも作るよ。しかも僕が見るかぎり、金が取れてもおかしくない」


 手で円を作り、ゲスな顔をして透は言う。


「んな大層な物じゃねえよ。俺が楽しく作りたいから作っているだけ、だが……まあ、動画サイトで生放送するとそれはそれで利益があるけどな」


 佑真は動画サイトでマイチャンネルを持っている。生放送がメインの物作り系として活動しており、広告収入を得られるくらいには需要があって人気だ。


「物が溢れちゃうね」

「ネットオークションで儲けさせてもらってる」

「そ、そうなんだ」


 佑真のゲス顔に椿姫は苦笑する。


「まあ、その椿の湯呑は作った物の一部だ。綺麗な椿の花に出会ったんだろうな。いつだったかはっきりとは覚えてないが、手間暇かけて作った一品だから大切に使ってくれ」

「うん、大切にする! ありがとう、佑真君!」


 椿の絵が描かれた湯呑ということもあって椿姫の幸せそうな笑みを浮かべる。

 宝物を扱うよう大事に、ぎゅっと胸に抱きしめる姿は絶対に大切にするという気持ちの表れだろうと、あげた側の佑真には悪い気がしなかった。

 そんなやり取りを見ていた江崎は、


「……。俺の分はないのか?」

「江崎先生には紙コップがあるでしょう」

「俺の扱い雑過ぎやしねぇか?」


 紙コップはともかく、来客用の湯呑を江崎に差し出す。紙コップよりかはマシだと佑真は思ったのだが、江崎はあまり嬉しくなさそうだった。

 江崎は溜息を吐きながら席を立ち、


「まあ、伝えることは伝えたから俺は戻るぜ。なにか問題があったらまた報告しにくる。とくに不良男児二人。おまえら男なんだから守ってやれよ」


 そう言って仕事場へ戻っていった。


「……。江崎に言われなくてもやるっての」

「こういう時、守る側のはずの教師って無能だもんねぇ」


 江崎がいないことを良いことに散々な悪態をつく二人。


「聞こえてんぞー」

「あっ違いますセンセ! 全部佑真が言えって言ってました! 僕の本心じゃありませーん! ですからどうか内申点をォォォォォォ!」


 江崎が扉越しに聞いていたことにわかると透は必死の弁解を始める。もう手遅れなのに諦めの悪い透は扉越しに頑張ったが、それを聞く前に江崎は早々に立ち去ってしまった。

 後のことを考えた透は気持ちを切り替えて大人しくお茶を飲むことに。すでに椿姫が新しい湯呑にお茶を淹れており、佑真たちの目の前に差し出された。

 ちなみに、佑真専用の湯呑には、『あざとい女はだいたいクソ女』と偏見じみた言葉が書かれているが、誰も気にする様子はなかった。


「……。相変わらず美味いな」

「茶葉変えてないのにすごく美味しいよね。さすが椿姫ちゃん! マスターお茶だね!」


 特別高級な茶葉を使用しているわけではなく、市販で売られているような普通の茶葉で淹れたものだ。椿姫がいなかった頃は佑真たちが交代でお茶を淹れていたが、今では自分たちで入れる機会がなくなってしまった。


「お粗末様。でも透君。それだとただのお茶になっちゃうよ?」

「どうやったらこんなに美味しく淹れられるのかなぁ? 不思議だなぁ」

「わたし、普通に淹れたはずなんだけどなぁ」

「ふーん……まあ、美味いからいいか。いつもありがとな、椿姫」

「どういたしまして」


 佑真の感謝の言葉に椿姫は照れくさそうに返答した。

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