第18話 西澤京子の訪問
お茶をしながら一時間が過ぎ、日が傾き始めた頃。
「そういえば、僕のクラスにちょっと様子のおかしい生徒がいるんだよね」
「ほう、とうとう透病の感染者が」
「そんな奇病ないからね? 違うよ? 最近おかしな動きをするのがいるってこと」
「まさか西谷耕平のことか? あんな話の通じねぇヤツに構ってられるか」
悪態をつきながらラノベのページをめくる佑真は、とくに透を見向きもせず読み進めている。今回は『二丁拳銃使いの殺戮者』という小説を読んでいる。
すると、誰かが扉と叩く音が部室内に響く。
「どうぞ」
気怠そうな佑真がそう言うと、それに応えるように扉が開かれる。
「失礼するよ、佑真君。それに透君」
入室してきたのは、なんとこの桜葉学園の生徒会長だった。
「おっ! 誰かと思えば生徒会長さんじゃないですか! ああ、今日の学園生活は絶対に良いことが起こりそうな気がしますね!」
もうその今日が終わりそうだというのに透は大袈裟に言う。
「君は相変わらず元気がいいな。見てて飽きないよ」
生徒会長はそう言って微笑んだ。
扉の前で透に微笑む生徒会長は
もみあげ近くを小さく三つ編みした長く綺麗な黒髪。まっすぐで淀みのない綺麗な瞳はすべてを見透かす力が宿っているようにも感じさせる。
才色兼備。容姿端麗。性格美人。自他ともに認める高ステータス美女。人望が厚く、信頼もあり、周りからは頼りにされている。生徒会選挙では、全学生からの圧倒的な支持率でべつの立候補者を跳ね除けて当選した。
生徒会長として責務を真っ当しながら生徒の相談にも乗っていたりする。
「おっと、そういえば新人の部員がいるんだったね。すまない榛名さん。いつも同じ面子だからつい。気に障ったなら謝るわ」
「いえいえ、気にしないでください。まだ入りたてなのは事実ですし」
「ならよかった。けど、随分と馴染んでいるようだね。君が無事で安心したわ。情報部に新たに女性部員が加わったと耳にしたときはさすがに肝が冷えたからね」
「おい、それはどういう意味だ?」
その言葉にはさすがの佑真も反応せざる負えなかった。
「そのまんまの意味よ。前に入部した女子生徒はどうしたの? 消したと聞いたけど?」
「よく知ってるな」
普段、感情を表情に出さない佑真は微笑を零す。
元は佑真のことが好きな女子生徒だった。元は佑真のことが好きな女子生徒だった。まあ、その好意は上っ面に過ぎず、ほかの男を平気で喰っているような女だった。呆れた佑真はお灸を据えた。消したとは語弊がある。
「あの時の佑真の顔はすごかったねぇ」
「なにを悠長なことを。わたしは心配したのよ? 佑真君があの女に刺された、って聞いたときはさすがに胆が冷えたわ」
「えっ!? 佑真君刺されたの!?」
衝撃の事実に椿姫は驚く。まあ、無理もないだろう。普通に生活していて刺される経験なんて恨まれる以外、滅多にありえないことだから。
「べつにいいだろ。命に別状はなかったし、こうして生きてるし」
「だからそういうところが……はあ、今更なに言っても無駄か。まあいいわ、長話に付き合ってもらってすまないけど、今日は例の件で来たんだけど、進捗はどうかしら?」
心配などよそにラノベに手をつける佑真に京子は諦め、話の内容を本題に移す。
「ああ、なんだっけか?」
「最近、調査依頼したでしょ。ほら、例の四人組の女生徒のことよ」
「あいつらか。それならもう終わってる。透、倉庫室から証拠の写真と動画の入ったUSBメモリーを取ってきてくれ」
「りょーかい」
透は佑真の指示どおりに隣の倉庫室のほうへ取りにいく。それに合わせて佑真も手につけかけたラノベをカバンに戻し、近くの本棚からなにかを取り出そうとして、
「ああ、そうだ。椿姫、そこに置いてある黄色の付箋のついたファイルを持って来てくれ」
「うん。わかった」
佑真が指差した四段ロッカーの上から、椿姫は言われたとおりファイルを持ってテーブルの上に置く。それと同時に透も倉庫室から戻ってきた。
「んじゃ、生徒会長。頼まれていた調査結果だ。決定的な証拠となる写真と動画、あいつらの個人情報まである。思う存分使ってくれ」
佑真は集めた情報を積み重ねて京子の前に差し出した。
「相変わらず仕事が早いわね。いつもありがとう。毎度助かってるけど本当に見返りは良いのかしら? 佑真君たちにとっては損しかないように思えるけど?」
京子の言うとおり、情報部は見返りなしでは動かない。だが、生徒会長であり、京子個人に恩のある佑真たちに貰うほどの厚かましさはない。
「気にすんなよ。前々から良くしてくれてたんだ。こうして部室が使えるのも会長のおかげだしな。それに恩だけ受けてても面白くない」
「そうそう。恩だけもらってばっかじゃフェアじゃないしね。だから会長直々の頼みなら僕らはなんでも引き受けるよ」
「そうかい? それじゃ遠慮なく、またお願いするわ」
京子は微笑みそう言った。
ふと、佑真が横にいる透を見ると、優しい顔をして笑っていた。美人が好みなのか、二次嫁大好き変態紳士が京子の笑顔一つで表情を崩す透は珍しかった。
「西澤さん。よかったらお茶でもどうですか?」
「うーん、そうね。せっかくだからゆっくりしていこうかしら。初めての新人ちゃんもいることだし、できることなら今日中に仲良くなりたいしね。いいかしら?」
京子は部室の主である佑真に訊く。
「ああ。たまにはゆっくりしていくといいさ」
「では、榛名さんのお言葉に甘えて」
京子はそう言って椿姫がいつのまにか用意したパイプ椅子に座る。そして、まもなくして椿姫の淹れた緑茶が京子の前に置かれる。
京子は、ありがとう、と言ってお茶に口をつける。
「あら? 美味しい……良い茶葉でも使っているのかしら?」
「いえ、部室にあった茶葉を使ってます。特別なことはなにも」
椿姫が戸惑いながらもそう言うと、京子はお茶に目を向ける。
「驚いたわ。特別なことをしないでこれほどとは。市販品の茶葉でここまで美味しく淹れられるコツがあるのかしら?」
「いえいえ! そこまで言われるようなことは本当にしてないので!」
京子に褒められ、椿姫は照れてしまう。
「そんなに謙遜するなよ、椿姫。俺たちだってべた褒めだっただろ?」
「僕は市販のお茶しか飲まないけど、椿姫ちゃんの淹れるお茶が美味しいのは一番わかっているつもりだよ!」
追撃とばかりに佑真と透の絶賛に、椿姫はさらに頬を赤らめて俯いてしまった。
「透君はともかく、佑真君が人の淹れたお茶を素で美味しいと言うのは意外ね」
「前にこれくらい美味いお茶を飲んだことがあるってだけだ。久々に再開したような美味いお茶を飲んだらそりゃ絶賛もしたくなる」
「再開、ねぇ……。このお茶と同等のものを淹れられる人と会ったことがあるんだね」
「もう随分と前になるがな。あの時は緑茶じゃなく紅茶だったが、それでも同じくらいに美味かった。今紅茶を飲んだら思わず泣いちまうかもな」
湯呑のお茶を見ながら佑真は過去を振り返る。脳裏で投影される半透明の景色の中で、紅茶を淹れてくれたあの人が、佑真に優しく微笑んでくれたことを今でも憶えている。
「おっと、懐かしくて感傷に浸ってしまった」
「あ……」
「ん? どうした椿姫」
「えっ、う、うぅん! なんでもない!」
なにか言いたそうな椿姫は慌てて誤魔化す。
その反応に佑真は小首を傾げるが、とくに気にすることなく湯呑を手に取る。
「無表情で浸っているようには見えなかったけどね。でも、佑真君の泣き顔には少し興味があるわ。試しに紅茶を飲んでもらえない?」
京子がそう言うと、お茶を啜ろうとした佑真の手が止まる。
「俺、紅茶嫌いなんだわ」
間を開けてそうカミングアウトすると京子は鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をする。
「普通に飲んでた、って口ぶりだったじゃない」
「成長すれば好みもわかるだろ」
「好みってそんな変わるかしら? けど佑真君ならワンチャン……」
「あまり詮索しないでくれるか? 深読みはするもんじゃない」
「……、そうね。でもわたしは佑真君より、その美味しい紅茶を淹れてくれる人が少し気になるわ。もしかして彼女だったりする?」
「生徒会長さん、女関係の話は禁句……」
「あっ、そうだったわね。すまない、デリカシーのないことを訊いてしまって」
京子は申し訳なさそうに謝る。佑真からすれば、気遣ってくれることはありがたいが、振り切っている今では大したことではなかった。
「べつに訊いてもらって構わない。答えられる範囲であれば」
「そう? それじゃ遠慮なく……どんな人だったか聞きてもいいかしら? 具体的に年齢とか、性格とか、その人との思い出だったりとか、あとバストサイズとか」
かなり踏み入った京子の質問に、
「生徒会長さん!? 前半ともかく後半は欲望が入ってませんか!?」
横で聞いていた透はさすがに止めた。
「なにを言うの。最重要事項よ」
「違いますよね!? 絶対半分くらいは私欲ですよね!?」
騒ぐ透を横目に佑真は溜息を吐いて口を開く。
「年上で優しい性格の家庭的なお姉さん。とても笑顔の似合う美人さんだった。何度も美味しい紅茶を淹れてくれたのが良い思い出だ。バストサイズはギリギリBカップ……だったか? あと彼女ではないな」
「ほう……佑真君の知り合いにそんな人が。今も交流はあるのかしら?」
「もう随分と会ってないな。いや、もう会えないと言ったほうがいいか」
「会えない? その人は海外にでもいるのかしら? それか仕事が忙しいとか」
「どうだろうな。なにも言わずにいっちまったからな」
「そっか、……残念ね。一度くらい会ってみたかったけど連絡手段もなければ簡単には合えないわよね。紅茶も飲んでみたかったわ」
京子は残念そうにお茶を口にして一息つく。
「うむ、良い話を訊けた。すまなかったね、振り返らせてしまって」
「べつにいいさ。もう気にするほど無駄な時間だ」
佑真は素っ気なく言い、ラノベをカバンから取り出して読み始める。その姿を見て京子は微笑して椿姫のほうに目を向ける。
「それじゃ、榛名さん」
「は、はい」
京子に名前を呼ばれる椿姫は全身を強張らせた。
「そんなに身構えなくてもいいわ。わたしは榛名さんと仲良くなりたいの。さっそくだけど、椿姫ちゃん、って呼んでもいいかしら?」
「は、はい。わたしは構わないです」
「なら、椿姫ちゃん。わたしのことを京子、と呼んでくれないかしら?」
「いや、あの、呼び捨てはちょっと……京子さん、じゃダメでしょうか?」
「個人的は呼び捨てでも構わないんだけどね。椿姫ちゃんの呼びやすいほうでいいわ」
京子はそう言って微笑む。
それからは京子と椿姫の
お茶会は順調に進み、とくに依頼人が来ることなく楽しい時間だけが過ぎていった。
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