第19話 部活終了前
あれから時間を忘れて話し込み、いつのまにか部活終了十分前になっていた。
椿姫は家の用事があるらしく、少し早めに切り上げたが、情報部員二人と生徒会長は放送が入るまで部室で待機していた。
窓際から夕陽が差し込み、反射する太陽光が宙を漂う埃をくっきりと見せた。
佑真は相変わらずラノベを読み進め、終了時間の手前で読み終わってしまった。名残惜しむ佑真は小さく溜息を吐き、最後のページを閉じてカバンにしまう。
「それにしても、あの子はとっても良い子じゃないか」
「ん? 誰が?」
唐突に京子がそんなことを言い出してきた。
「椿姫ちゃんのことよ。とても優しくて可愛くて。それに気遣いもできる。わたしのことを先輩と呼ばなかったのは、とても嬉しかった」
「ああ……。僕なにも言ってなかったけど、生徒会長さんのこと知ってたんだろうね」
「それはそうだろ。あんな有名な事件を知らない奴はこの学園にはいない」
佑真たちが話す事件と言うのは、生徒会長の身に起こった不条理な出来事のことだ。
あの頃も、何気ない日常から始まった気がする。
春だというのに異常気象によって雪が降り、せっかくの桜が台無しになって佑真が不機嫌だったのが印象に残る季節だった。
とある教師が生徒会長である京子に逆恨みし、成績を最低ランクで評価し、病気で入院していた時期を欠席扱いにされ、留年という結果にされてしまったのだ。
もちろん、それだけでは留年にはならないはずなのだが、その教師も悪いほうには頭が回るようで弁解したところでもう遅く、今こうして話している西澤京子は本来なら一学年上にいる先輩であり、また期待される生徒会長候補生のはずだった。
まあ、それから生徒会、生徒会長とは協力する仲になったのは言うまでもなく、こうして交友関係を築けている。京子は結果的に留年にはなったが、真相を知った学園長は自ら出向いて京子に謝罪をしただけでなく、その後の留年に関わる問題を特例として免除し、生徒会長の存続も認められた。
当然の如く、教師は解雇処分となり、この七葉市から姿を消した。
平和になったその後は佑真たちの助力により、生徒会選挙にてほかの立候補者を圧倒し、次期生徒会長となった。佑真たちが助力したといっても微々たるもので、元々あった支持率が京子を会長の席へと座らせた。
酷いレッテルを貼られても、京子が積み重ねてきたものが生徒会に立たせた。
それから情報部とは太い繋がりができ、事件のことはデリカシーのない奴以外は言わなくなったが、京子の要望で同級生のように接してほしい、ということを自然に根づくよう情報部が情報操作を施した。おかげで同学年とは友好な関係を築けている。
今では一つ上の先輩として親しまれていることもあれば、一つ年上の同級生として親しまれていたりする生徒会長だ。
「あの頃を思い出すと懐かしく感じるわね。留年はちょっと心にくるものがあったけど、これはこれで楽しい生活を送れているのが不思議でたまらない」
「楽しそうでなりよりじゃないか。一度きりの留年生活、学生生活の延長だと思って大いに楽しんでいけばいいさ。情報部があるかぎり退屈はさせんよ」
佑真はラノベを読みながら言う。
「本を読みながら言う台詞ではないな。ちょっとカッコ悪いぞ」
「はなからカッコつける気はねぇしな」
佑真はそう言うと横からしたり顔をした透が、
「もう~嘘つきですね~。そんな佑真クンにはおしおきだぞ~」
「んじゃぁ、そんな透には処刑だぞぁ」
「う、嘘に決まってじゃん。そ、そそ、そんなことしないってばぁ。……あの、本当に冗談ですから手を放してくれませんか?」
顔色を一切変えずに佑真は透の腕を掴んでいた。さながら拘束具のような佑真の力に、さすがの透も冗談で済まないと悟ったのか降参するのは早かった。
「相変わらずね。どうすればそんな関係になれるのか、わたしにはわからないわ」
「そりゃ、会長。僕と佑真は赤い糸で結ばれた運命の――」
胸張って気持ち悪いことを言おうとする透の目の前に佑真の拳が上がる。
それを見た透は、滑り台のように滑る口を一度止め、
「あ、うん。やっぱなんでもないです。信頼できる何気ない悪友ッス」
普通に回答した。
「ははっ、まったく。はたから見れば呆れてしまうようなやり取りだけど、ちょっとだけ羨ましい関係ね。妬けちゃうわ」
「えっ、もしかして会長。虐められると悦ぶタイプなの?」
「馬鹿を言うものではないわよ。はあ……まあいいわ。それよりも椿姫ちゃんがここに来てからの面白い話を訊かせてくれないかしら? とっても気になるわ」
京子にそう言われて、佑真たちは少しだけ困った。べつに話てもいいのだが、壮一の件は話してもいいのか少しだけ悩んだ結果、一部を除いて話すことにした。
「それじゃ、語り部の透として、まず出会いからいきましょうか」
「捏造透の間違いだろ。あることないこと言ったら首ちょんぱだからな」
「おぅ、怖い怖い」
善処する気は毛頭ない透は序章から佑真にとって最悪なところから話が始まり、それを京子はとても愉快そうに聞いていた。放課後の部活終了を知らせる鐘が鳴ると同時に京子は満足げに帰っていったが、透により告白のことまで暴露されたせいで、話が終わるまで終始ニヤケ顔で見られたのは言うまでもない。
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