第20話 花または団子


 翌日。桜が開花してから二週間ほど経ったというのに終わる気配がない。七葉市の桜は咲いている時期が長いせいか、完全に散るにはまだ先のようだった。

 短い期間しか見れない桜の花をほかの土地よりも長く堪能できるのは七葉市住人の特権だ。外で桜を見上げる佑真はそう思いながら、昼食の三色団子を食べる。

 現在、昼休みの真っ只中。日が射して暖かい外で食事をしながら花見を楽しめるという贅沢を満喫できるのだが、今の佑真には楽しめるほどの余裕はなかった。


「太知、今の状況をどう思う?」


 とりあえず佑真は、花見に同席している太知に話しかける。


「どう、って言われてもなぁ。原因は榛名さんとの関係じゃねぇの?」

「椿姫? なんでまた」

「おまえなぁ……」


 佑真の反応に太知は呆れて溜息を吐いた。

 事の発端は朝のホームルームまで遡(さかのぼ)る。いつものように自分の席に着いた佑真はホームルームが始まるまで仮眠しようと呑気に考えていたが、教室内から視線を感じたのだ。いつも散漫としているはずの生徒の視線が佑真だけに集中していたのだ。

 わけもわからず、そのまま昼休みに突入したわけだが、太知はなにか情報を持っていそうなので前回のことを含めて昼食に誘った。なにか知っていることは確実らしいから。


「榛名さんが有名なのは知っているだろ?」

「知らん」

「はぁ……とにかく、榛名さんは有名なんだ。ならわかるだろ? 学園中で悪目立ちしている佑真たちの部活に突然の入部、あまつさえ一緒に帰ってるってなったら、そりゃ広がるだろうよ。佑真だったらわかってたことじゃないのか?」

「いや、まったく気にしてなかった」

「……、そうかよ」


 確かに椿姫が有名だということは耳にしていた。だが、佑真にとってはそれだけで、べつに特別な存在というわけでもなく、普通の少女だと思っていた。

 違うとすれば、友達でありながら、好意を抱かれているということくらい。

 佑真は呑気に桜を見上がていると、誰かが目の前に近づいてくる気配を感じて視線を落とすと、そこには面識のない女子生徒の姿があった


「ちょっといいかしら?」


 佑真を見るなり、汚物を見るかのような目つきで話しかけてくる。


「おう、食事中だから早めに頼む」

「あなたの都合なんて知らないわ。ていうか、あなたなんのつもり?」

「なにが?」

「あなたと榛名さんの関係よ。まさか白を切るつもりじゃないでしょうね?」

「白を切る理由がない。椿姫はトモダチ。以上」


 佑真は素っ気なくそう言うと三色団子を頬張る。もちもちとした触感と寿甘(すあま)のような甘みが口一杯に広がる。花見にぴったりな一品である。だが、今はその幸せを呑気に噛み締めさせてくれるわけでもなく、


「天災如きが榛名さんと友達? ハッ、笑わせないでくれる? ゴミが」


 女子生徒から余韻をぶち壊す発言が帰ってきた。


「あ?」


 久々に聞いた学園の差別用語にではなく、ゴミと言われたことに不機嫌になる佑真。そんな佑真を差し置いて女子生徒は言葉を続ける。


「わかっているの? あんたが隣にいるだけで榛名さんの評判が下がるの。榛名さんはすごい人なの。手元に置きたいのはわかるけど、あんたのことだからどうせ脅しているんでしょ? 上辺だけの友達ごっこなんかやめて、さっさと消えてくれないかしら?」


 口が良く動く女子生徒を見ながら佑真は、一瞬でも不機嫌になった自分が馬鹿らしくなり、嘆息しながら三色団子をまた頬張った。

 異様に落ち着きを取り戻したのは良いが、今度は隣の友人が黙っていなかった。


「おまえな、いい加減にしろよ! 言って良いことと悪いことがあるだろ!」

「いいって、太知」

「だけどよ!」

「まあまあ」


 激昂する太知を宥め、佑真は団子を食べて残った串で遊びながら女生徒に目を向ける。


「なんといったか、まあ名前なんてどうでもいい。要するに、なんかすっごい人である椿姫から手を引け、ってことだろ?」

「そうよ」

「なら断る」

「なぜかしら?」

「そのまんまさ」


 佑真はそう言って最後の団子をたいらげる。問題を他所に満足そうにしている佑真に、不服そうな女子生徒は徐々に顔が険しくなっていく。


「聞いてたわけ、榛名さんは――」

「すごい人なんだろ? 聞いた聞いた」

「だったら」

「けど、どこを見て椿姫はすごい人になのか気になるなぁ。なにを持って椿姫はすごい人なんだ? 頭か、美貌か、独自の発想力か? どうもしっくりこねぇなぁ。俺にはどこにでもいる女の子なんだけど? なあ、教えてくれよ。椿姫の、どこが、すごいのか、さ」

「そっそれは……」

「あら言えない? あんだけ胸張ってすごいすごい、って言ってたのに? そんなにすごい人ならすぐに出てくると思うんだけどなぁ? ほら言ってみぃ?」

「え、えと……それは……」


 先程まで勢いは消え、機械のように早く動いていた口は油切れを起こしたかのように動かなくなった。振るう武器を失った女生徒は後退り、その姿を見た佑真は不敵に笑った。


「なんだよ。結局目先のもので判断しただけか? なんとも安っぽい評価だな。だとすると、俺がいるだけで落ちる評判も大したことねぇだろうな。まるでメッキだな。こう、ささくれみたいに剥がれてるやつ、そうなってる部分はさわるだけで簡単に……」

「も、もういいわ!」


 これ以上聞きたくなかったのか、それとも胸高々に語っていた偶像を壊されることを恐れたのかは知らない。単純に気になったところに問いかけ、指摘しただけで女生徒は逃げた。最後まで納得のいく返答はなかった。


「結局は傍観者の戯言か……」

「言ってやんな。あの子なりに考えてたんだろうし」


 なにかあれば佑真も少しばかり考えてみても良かったのだが。

 それはそうとして。今は佑真が抱える問題だ。

 佑真は紙パック容器のお茶を吸飲し、


「太知、もし椿姫が困ってたら仲裁を頼みたいんだが」


 そう言って桜とともに空を仰いだ。


「頼まれなくてもやるさ。安心しとけ」

「おう、助かる」


 椿姫との関係に問題はないと思っていた佑真だったが、簡単に話を丸め込めるほどのものではないことをあの女子生徒を通して改めて知った。

 思えば簡単なことだった。一緒にいる、同じ部活動をしている、それを含め、有名人が悪目立ちする男子生徒に告白した事実が、佑真の不注意で生徒たちに広まってしまった以上、問題はあちら側から必ずやってくることを。

 なにせ七葉市だ。今は治安は良くなり、清潔感のある豊かな都市に大変身を遂げたが、法や常識の通じない輩が非常に多い。再開発事業が始まってから輩は成りを潜めたが、気に入らないことがあると厄介者は日の当たるところまで顔を出してくる。ありがたくないことに必ず事件に発展することがザラだ。

 今回もきっとなにかは起きる、と佑真は呑気に串を加えながらそう思った。

 面倒くさいのは嫌だけどな、と。ただただ佑真はそう思うのだった。


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