第21話 届いてるの?



 落ち着かない学園生活が終わり、放課後の情報部。

 今日もいつもと変わらない面子が集まり、椿姫の淹れたお茶を啜って一息つく。

 お茶菓子を摘まみながら、一日あった出来事を話題に会話が弾む。まあ、佑真は一日中落ち着かなかったせいか、お茶を啜ってからは机に突っ伏していた。


「僕も一日中質問攻めだったよ。とにかく失礼なことばっか聞いてくるんだよねぇ。やれカースト最下位の佑真が、とか、椿姫ちゃんは脅されてるんじゃないか、とか、まったく失礼しちゃうよね。優良物件で美少女の椿姫ちゃんの好意に振り向かないし、その美貌にも見向きもしないし、横で尽くしてくれているのに佑真は二次嫁に没頭。椿姫ちゃんの魅力に興味を示さないから脅しもしない。だからある意味じゃ無害なのに」

「俺をディスるのはともかく、椿姫にも飛び火してるからな」


 元気な透に向けて弱々しく言う佑真。隣では透の話を聞いているはずの椿姫はなにも言わずに苦笑していた。器が大きいのか、それとも佑真のことだからと諦めているのか知らないが、とくに反論しようとはしなかった。

 溜息を吐いた佑真はお茶を啜り、


「相変わらず、お茶は美味いな……」

「そうだねぇ。美味しいね」


 脱力するような声で透と同調する。

 本日も晴天なり。室温も丁度良く、昼寝には最適な環境だ。これでお茶も美味しいとなると佑真がこれ以上求めるものはなにもなく、目を瞑るだけで眠れる段階だった。


「佑真君。今寝ちゃうと夜眠れなくなるよ」

「……んあ? いいだろべつに……寝かせてくれ……」

「もう、それで風邪引いちゃったらどうするの?」


 意識が薄れつつある佑真をなんとか引き留めようと椿姫は肩を揺する。

 そんな様子を見つめる透は、


「……。なんか二人を見ていると本当の夫婦みたいだね」


 呑気にお茶を啜りながら言う。


「夫婦みたい、って……もうっ、透君ったら!」


 透の例えに椿姫は顔を真っ赤にしてニヤける。そして、照れくさいせいか急に身の回りにある書類を片づけ始める。一方で佑真の反応は鈍く、面倒くさそうな顔をして身体を起こして頬杖をつく。


「やめろ。冗談でもそんなこと言うんじゃない」

「えぇ? 佑真はともかく椿姫ちゃんは満更でもないようだけど?」


 やめてけれ、と言わんばかりの佑真は振り払うような動作をする。


「わたしはいつでもウェルカムだよ!」

「返事は前にしただろ? そう簡単に気持ちは変わらん」

「うーん、ケチ」


 少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべて椿姫は短く言った。

 椿姫は本当に佑真のことが好きなのだ。大好きなのだ。

 佑真は当然振ったが、あまりの熱意に折れてしまった。

 なぜ、と聞かれても佑真は答えることはできない。振っただけでは埒が明かない気がしたり、また熱烈なラブレターを毎日来る気がしたり、後々来るであろう面倒事が嫌で友達を装って仲良くしたほうが楽だと、結論づけた。

 そして、今度はもう二度と近づかないように手ひどく振る。

 今は耐えて、上っ面だけの友達関係を佑真は続ける予定だ。策略はいくらでもあった。けど、そんな抱いていた気持ちは次第に薄れつつあった。


「うーん。佑真はいつになったら椿姫ちゃんのひっつきむしになるのぅ?」

「ひっつきむしは椿姫のほうだろ」


 佑真の返答はいつもどおり素っ気ない。そんな態度を一切変えようとしない佑真を見てか、透は少しムッとした表情を浮かべる。


「ここまで至近距離で好意を寄せている女性がいるのに男の佑真が堕ちないの? ホモか? ホモなんですか? それともバイ?」

「喧嘩なら言い値で買うぞ?」


 煽りに反応した佑真を無視して溜息をつく透は、フライドポテトを摘まんだ。


「椿姫ちゃんが入部してからというもの、いまだ進展なしか……心配だなぁ。佑真を支えてくれるのは椿姫ちゃんしかいないというのに」


 距離が縮まらない状況に絶望するかのようなあからさまな態度で示す透。椿姫の依頼を承った透にとって酷い状態だ。だから透も少しムキになり始めていた。恋の悩みを解決にあたって必要な対価、椿姫の秘密を訊いてしまった透は是が非でも佑真と結ばれてほしいと願っているのだ。手遅れになる前に。婚期的な意味も含めて。


「……まだ言うか」

「もういっそのこと訊いちゃうけどさ。佑真はどんな女のことなら付き合えるの?」

「どこぞの森で真っ黄色の鼠が出現するレベルの」

「それ前にも訊いた!」


 前にも答えたことのあるような返答に透は叫んだ。そして透は言葉を続ける。


「そうじゃなくてさ。佑真の好みを具体的に訊きたいんだけど。あ、前に訊いたやつとはまた違うのでお願いします。ざっくりでもいいから教えてくれたら椿姫ちゃんを佑真好みに魔改造するからぜひ意見を!」

「了承してもらってから言え」


 佑真は透の真剣さに呆れていた。具体的にと言われても、佑真にはとくにこれといった女性の好みがない。二次元ならどれもこれも好みだが、現実だと話が違ってくる。思いつかない。どれも……興味がない。

 驚くほどに答えが出てこない佑真は少し焦りを感じながら、とりあえずそれは嫌だな、と思うところに観点を置いて答えを導く。


「……、強いて、言うならだぞ? 男を知らない女だな。穢れた女とか無理だ。軽々しく何回も男に身を委ねるとか。なにより、心が簡単に揺れ動く女なんて論外だ」


 軽い気持ちで佑真は透の質問にそう答えた。


「……そっかぁ。それじゃ、なおのこと椿姫ちゃんだね! よかったね佑真! 奇跡だよ! 超優良物件が今ここにいるんだから! これはもう運命だよ!」


 ほんのわずかな間を置いて、透が物凄い勢いで喜んだ。


「うっせぇな。超優良物件だからって俺の心が動くわけねぇだろ。あと、お隣さんに迷惑だからあんまり騒ぐな。苦情来ても対応しねぇぞ」

「なんでそんな素っ気ないんだよぅ! 喜んでよ! 至近距離に佑真のドストライクがいるんだからさ! ああ、本をカバンから取り出さないでくれよぅ!」


 透の対応が面倒くさくなってきた佑真は、妨害しようとする悪友を押し退けて読み途中のラノベを読もうとページを開こうとする。瞬間、


 ガシャン、と硬い物が割れる音が室内に響いた。


 椿姫が急須を落とし、割れた音のようだ。

 そんな椿姫はというと、手が滑って割ってしまったせいか固まっていた。


「おいおい大丈夫か、椿姫」


 先に声を発したのは佑真だった。手に持っていたラノベをテーブルに置き、椿姫の足元で割れて中身がぶちまけられた急須の破片を拾い始める。


「あ、う、うん、大丈夫。それよりごめんね。急須割っちゃって」

「いいさ。怪我はねぇんだろ?」

「う、うん……」


 ぎこちなさそうに椿姫は答え、佑真に続いて割れた急須を拾う。


「あちゃ~、派手にやったねぇ」

「透もちったぁ手伝えや。掃除用ロッカーから塵取り取ってくれ」

「りょーかい」


 透は素直に言うことを聞いて塵取りを持ってくる。

 掃除はさっさと終わらせ、新しい急須を取り出して事は片づいた。しかし、当の本人は気持ち的に落ち込んでいるようだった。べつに椿姫を責めたわけではないのだが、どこか上の空で、先程の笑顔がまるで嘘のようだった。

 片づけている途中でも急須の破片に触った椿姫が指を怪我したくらいだ。

 椿姫でもミスはするんだな、と佑真は呑気にお茶を啜りながら彼女の新たな発見をしてそう思う。いつぞやの女子生徒に、彼女が完璧ではない普通の女性だったと報告してどんな顔をするのか次に会った時が少し楽しみにしていた。

 それにしても。


「いつまで落ち込んでるんだ? さっきの調子はどうした?」


 指に絆創膏を巻く佑真はいまだ笑顔が戻らない椿姫に指摘する。


「………………、あ、うん、ごめん。疲れちゃったのかな、あはは……」


 冗談めいた椿姫の笑顔はどこか乾いていた。

 佑真が違和感を覚えるほどに、その笑顔は無理に作られていた。


「あ、椿姫ちゃん、もしかして……なるほど、そりゃ僕らの前では言いづらいよね」


 すると顎に手を当て、黙っていた透が言葉を発した。


「透君……」


 透がなにかを察したようだ。透が察したのであれば佑真も辿り着かないといけないと思い、脳内で元気がない要因のピースを用意し、当てはめては組み立て直し、女性なりの苦しみに視野に入れ、ある答えに辿り着く。


「ああ、そういうことか。それは……辛いだろうな。疲れてるととくにキツイだろう。最近嫌なこともあったし、それが祟ったんだろうな。今日はゆっくりしてくれ」


 少々考え過ぎだった佑真は自分の至らなさを反省し、椿姫から急須の主導権を奪う。慌てて席を立とうとする椿姫を押さえつけ、急須の中身から出涸らしを新しい茶葉に変え、お湯を入れて溶かし、各々の湯呑に淹れた。


「すまんな。俺じゃ椿姫みたいに淹れられないが……今日は椿姫のために我慢してくれ」

「僕は佑真の淹れるお茶も好きだから大丈夫だよ。それに椿姫ちゃんのためだし」


 透は快く了承してくれた。


「わたしは大丈夫だってば、心配しなくていいから」


 思わぬ方向に話が進んでいることに慌てる椿姫。だが、もう手遅れのようで、佑真たちの中で男にはわからない女性の辛さで自己完結している。仮にそうだとしても佑真たちは鬼畜ではないので辛そうな人に無理に雑務を押しつけようとは思っていない。


「そうか。だが、無理はすんなよ。身体壊しちゃ意味がない」

「ごめんね、なんだか気を使わせちゃって」

「べつに、辛いより楽なほうが良いってだけのことよ」


 椿姫はカラ元気だ。そうもそうか、と女性の辛い時期を知らない佑真は勝手ながら納得する。だが、いまだ感じる違和感に佑真は椿姫の作り笑いを見て少し顔を歪めた。


「あ、そうだ。また違うクッキーを焼いてきたんだけど、どうかな?」

「食う」「食う!」


 椿姫の提案に食い気味に賛成する男二人。出会ってから日が浅いというのに、今では椿姫の作る料理の虜になっていた。部活内での一つの楽しみになっていたりする。

 二人の反応に雰囲気が変わったことに椿姫は小さく笑みを浮かべ、カバンからクッキーの入った袋を取り出してカラの容器に移し、目の前のお茶菓子と一緒に並べる。


「はい、どうぞ」


 椿姫に感謝を含めて、ありがとう、と言い、いただきます、と佑真たちは言ってクッキーを食べ始める。噛み締めるほどに程よい甘味が口の中を楽園エデンに変えていく。そして、美味しい料理を食べれば思わず顔も綻ぶというものだ。

 佑真と透が美味しそうに食べる姿を見て、椿姫は嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 先程より椿姫の表情は柔らかくなり、落ち着いているようだった。

 椿姫の様子を窺っていた佑真は安心し、透と頷き合った。どうやら、椿姫も佑真たちと同じで場の空気を変えたかったらしい。下手に話を変えなくてよかったと佑真と透は思うのだ。そんな意図があるとは露知らず、椿姫はお茶に口をつけて息を漏らしていた。

 すると、透は急に席を立ち、椿姫に近づいて手を取った。

 椿姫は小首を傾げ、透の言葉を待った。

 透は込み上げる感情を堪えつつ、意を決したように目を見開き、


「椿姫ちゃん……やっぱり……、やっぱり佑真と結婚してくれ!」

「えぇ!?」


 急な告白に椿姫の顔が一瞬にして真っ赤になった。そして、透は言葉を続ける。


「こんなにお菓子が美味しくて、気が利いて、しかも僕と佑真の胃袋を掴んでる。これはもう佑真を手中に収めたも同然! さっき僕が、もう結婚したら、って目くばせしたら佑真は快く頷いてくれたよ!」

「えぇっ!?」


 真っ赤な椿姫が佑真に振り向く。

 こっち見んな、と言わんばかりの面倒くさそうな顔をする佑真は溜息を吐き、透の悪癖にハメられたことを悟る。もう一度、溜息を吐いた佑真は透の腕をなにも言わずに掴む。

 すると透の顔が真っ青になる。隣に真っ赤な人がいると真っ青な人も映えるな、と呑気に思う佑真は手に力を入れていく。


「佑真さ……あ、兄貴? そ、そんな怖い顔しなくてもいいじゃないですか? ってイタッ!? いつもより掴む力強くありませんか!?」

「大丈夫だ。痛いのは一瞬だ。一瞬でその掴む感覚さえなくなるから安心しろ」

「それはそれで安心できないんですけど!? ひっ、ひぃぃっ! ち、力が強すぎて離れない! 離れないよぅ!」

「あんま暴れんなや。間違って変なとこ当たったら一瞬で鎮められねぇだろ。当然の報いなんだから甘んじて受けろ」

「ぅわー!? わー!?」


 びくともしない佑真の握力からなんとかして逃げようとする透。茶番とは思えないような光景が広がっているというのに、二人のやり取りを椿姫は見守っていた。目の前に広がる光景を尊くも心配に思う椿姫は複雑な笑みを浮かべていた。苦笑いにも見えるその表情は次第に曇っていき、佑真たちに見せたことがないような暗い顔の椿姫がいた。

 いまだ埋まらない佑真との距離。だけど、それ以前に佑真と透の仲に入れていないような、ただ飾られている物のような自分がいる気がして、椿姫は寂しさを感じ、徐々に不安になっていく。自分は本当に進んでいるの、と。

 そのまま、佑真たちの戯れをただ静かに眺めていた椿姫の携帯が鳴った。

 何気なく携帯を取り出し、中身を確認する椿姫は軽く唇を噛んだ。


「ん? どうかしたか?」

「お友達からお電話?」


 無言の椿姫の表情に異変を感じた佑真たちの動きが止まる。


「うぅん、なんでもない。……でも、今日はこれで上がらせてもらってもいいかな?」

「ああ、べつにいいが。なにか用事か?」

「大した用事じゃないんだけどね。ごめんね」

「べつにいいさ。自分の用事ならそっち優先でいい。それに辛いなら辛いとはっきり――」

「それは違うから! でもホントにごめんね。それじゃ、また明日」


 椿姫はカバンを持って佑真たちに挨拶する。


「じゃぁねぇ。また明日~」


 透の挨拶にも笑顔で返した椿姫は、急ぎ足で部室を出ていった。


「相変わらず良い笑顔だねぇ。それでいて可愛いときた。いいねぇ」

「おまえがそう言うならそうなんだろうな」


 その返答は透が求めていた物とは違った。佑真によくある興味ないものへの反応。透が知っている佑真は人に向かって、可愛い、と言っているところなんて見たことがない。あるとすればラノベの登場キャラのイラストや小動物くらいだ。

 だからこそ透は不服だった。椿姫の依頼を受けているからこそ、愛のキューピット役となった透にとって、どうしても佑真の興味を彼女に向けたかった。

 今回もそんな素振りを見せなかったので、


「おっと? さすがの佑真さんもついに椿姫ちゃんの魅力に気づき始めた感じですかぁ? 随分と遅いことで。その尋常じゃない記憶力はハッタリなんですかぁ?」


 腹いせに佑真を煽る。


「ハッタリなんじゃねえの? 興味ない奴なんて次の日には覚えてないしな」

「おう、煽りを煽りとも思ってないし……。やっぱり本家は違いますね」

「本家ってなんだ本家って。家は関係ねぇだろ。べつに煽られたってどうとも思わないだろ。人間、そんなもんだろ」

「か、勝てねぇ……。華麗にいなしやがった……っ!」


 佑真の感情を揺さぶれない透は少し悔しがる。


「まあ、それはそれとして」

「……へっ?」


 不意に透の腕が佑真に掴まれた。その行動の意味を考えた透は、


「……。……ハッ!?」

「気づくのが早くて助かる」


 佑真は無表情。透は引き攣った笑顔。気づくのが遅れた透は行動するよりも先に、佑真によって粛清しゅくせいされた。少なくとも、佑真は本気で怒っていた。


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