第35話 何気ない日常
七葉市私立桜葉学園。才ある生徒たちが在学するマンモス校として有名な学園。その敷地内に存在する文化部の部活棟二階に、佑真が所属する情報部がある。
現在の時刻は下校時間、もしくは部活動に切磋琢磨する時間帯だ。
佑真が面白珍事件を起こしてからかなりの時間が経っていた。
「へぇ、『ヤニくら』の実写化でテレビを壊すと」
そう呑気にお茶を啜りながら言ったのは、黒髪に紫のメッシュを入れ、制服の中に紫パーカーを着込む悪友の鷹山透だった。
「壊すつもりはなかったんだ」
「加害者はみんなそう言うなう」
机に突っ伏す弱々しい佑真に、透はのほほんと言った。
「でも珍しいね。佑真君が感情的になるなんて」
新しいお茶を湯呑に注ぎながら会話に入る最近佑真の友達になった榛名椿姫。長く褐色の黒髪を耳にかけ、興味津々と言わんばかりに茶色の瞳を佑真に向けていた。
「佑真は一度アニメ化した作品が実写化するのとことん嫌いだからねぇ」
「それって結構なことなんじゃ? 佑真君ってそんなに敵意剥き出しにしないし」
「昔はそうでもなかったんだよ? でも小学生の頃に超大好きだった日常系学園コメディが実写化されたことが原因でね。目の敵にしてるよ」
「そんなに酷かったの?」
「まあね。作品のコメディ要素を全部削られ、ある程度の大筋を通しながら、無理矢理突っ込んだであろう恋愛要素。もうタイトルだけ同じの別作品さ。元々あった良さを削り、塩と砂糖を間違えたかのような恋愛を盛られ、楽しみにしていた佑真はあーなった」
透はそう言いながら佑真を指差した。そして、言葉を続ける。
「まあ、作品を知らない人からすればそうでもないと思うけど、原作を知ってる人からすればねぇ。今、その監督を佑真の前に出したら首絞めるくらいは恨んでるよ」
「えぇ……」
佑真の内側に宿した憎悪を透伝えに聞いた椿姫は少し身を引いた。
当の本人はそんな素振りを見せないせいか、ただ落ち込むだけの男子高校生である。
机から上半身を起こした佑真は、椿姫の新しく淹れたお茶を啜って息をつく。
「まあ、テレビを壊したのは仕方ないとして」
「それは仕方ないで済むのかな?」
テレビを壊したという現実を軽く受け止めている佑真に椿姫は口を挟んだ。佑真はとくに正論に反論する気はなく、受け流すような咳払いをして、
「元々テレビは買い替えるつもりだったんだ。丁度良いキッカケができたと思えば儲けもんだろ。まあ、廃棄はちと面倒なのが難点だが」
ポジティブな思考でこの場を乗り過ごそうとする。
だが、それを嘲ったのは透だった。
「でたよ、佑真の都合の良い解釈。あのテレビ結構な値段だった気がするんだけど。いつもだったら中古で売って『うヘヘ……金に換えられるなら売らなきゃ損損、うへへへへ……』ってな感じで気色悪い笑みを浮かべてるくせに。普段、無頓着な分、取り乱した自分が恥ずかしくて仕方がないんだろう?」
佑真の目と鼻の先でトンボ扱いするような指先で円を描く透。まあ、ノーモーションから噛み千切られそうになって反射的に引っ込めたが。
噛み損なった佑真は、無表情のまま視線を真っ直ぐ透に向ける。
「二割ほど間違ってんじゃねぇか。俺はそんな気色悪く言わん」
「もっと否定しようよ、佑真君」
堂々とそう述べる佑真に椿姫は指摘した。
潔いのか悪いのかわからない佑真は悠長にお茶を啜る。
「ともあれ、そのうち新しくテレビを買いにいくことにした。今度は頑丈な奴を、感情ぶつけても壊れない奴を買いにいく」
「アナログテレビじゃあるまいし。今の時代、壊れやすいから彼女を優しく扱うように、家に招き入れるときも丁重にエスコートするように」
「彼女もいねぇヤツがよく言う」
熱弁する透を、佑真は鼻で笑った。
「なにょぅ! いるしー! 彼女いますー! 生き遅れの佑真に言われたくないです~」
「最近はエロゲのどの子だ?」
「え? みっちゃん」
透がそこまで言って手遅れなのに口を塞いだ。
その光景を苦笑をしながらも椿姫は楽しそうに二人の戯れを見ていた。
もう少しで掴み合いの醜い争いが始まろうとしていたとき、学園内にチャイムが鳴り響き、校内放送が入った。
『下校時刻となりました。校内に残っている生徒は速やかに下校してください。また、学園に残る生徒は、担当の教師に許可を頂いてください。それではまた、薄暗くなると危ないですから、寄り道しないで下校してくださいね。さようなら♪』
鈴のような美声が学園内に響き渡った。
「もう下校時間か」
「なんか今日も駄弁って終わったなー」
放送を聞きながら呑気に言う佑真と透は湯呑の中を飲み干す。
「今日も来なかったね。わたしが入部してからずっと来てない感じ?」
グリーンティータイムの後片付けをする椿姫は訊く。
「ピークの終わりが丁度椿姫の件が一段落ついたくらいじゃねぇの? よく知らんけど」
「ヘイ、佑真! まだ椿姫ちゃんの件は終わってないからな! キサマが『デュフ……つつつ椿姫ちゃんっ……すきっ! 付き合ってデュフ』って言うまでは絶対終わらせねぇからぁ! 『佑真と椿姫ちゃんの結婚式開こうぜwww』作戦はまだ続いてるからぁ」
外に机と椅子を捨ててそうな口調で言う透は、佑真にビシッと指を差す。
そんな調子の透に佑真は溜息を吐く。
「そんな暇か?」
「うん暇ッ!」
「正直だな」
情報部は椿姫の件以来、まったくと言っていいほど依頼が来なくなった。まあ、ほとんどの依頼は生徒会が受け持っているのだから、情報部に来るとしたらワケありだけだろう。しかし、こうも来なければ退屈である。現に透は佑真を玩具にしている。
「まあ、来ないっていうならそれはそれでいいんだけどな。何事もなければそれで」
佑真はそう言いながら持っていた湯呑を口につけ、中身が空なのに気づく。傾けて自重で流れてきたわずかな水滴を口に含み、溜息を吐きながら椅子を立ち上がる。部室内に設置されている水道で湯呑を洗い、タオルで拭き取り、トレイの上に逆さにして置いた。
「佑真君。わたしのお願いしてもいいかな?」
「おーけー」
「佑真ぁ、僕もー」
「あいよ」
「え?」
ハトが豆鉄砲を喰らったかのような顔をする透を無視し、佑真は二人分の湯呑を洗った。
「さて、片付けも終わったし帰るか」
部室内の片づけが終了して、佑真はそう言った。
「そうだね。帰りましょ帰りましょ。どうせならどっか寄ってく? 椿姫ちゃんはどう?」
「いきたい! わたしみんなと寄り道するの初めてかも」
「そうなの? それじゃゲーセンでもどうですかい? プリクラもありやすし、なんなら佑真と二人で婚前ツーショットでもどうでしょ未来の奥さ~ん」
「婚前……ツーショット……。――ッ! ~~ッ、透君のばかぁ!」
ニヤニヤと耳打ちする透の言葉に、椿姫は顔を赤らめた。
それを近くで聞いていた佑真は、
「んじゃ、そんときは透は独りでプリクラな」
恐ろしいことを言う。
「なにその地獄!? 重刑にもほどがあるよ!」
「え? 独り写真を携帯に貼るってぇ~? すっげぇな勇者じゃ~ん」
「佑真ァァァァァァッ!」
片耳を向けてわざとらしく言う佑真に、透は肩を掴んで揺らす。
いつもの茶番。唐突に始まる無意識の漫才。二人の様子を見守る椿姫は楽しそうに微笑む。これが今の情報部の平常運転。今日も今日とて、平和に、平凡に終わるのだろうと情報部の誰もがなんとなく察していることだった。
依頼者が来るまでは。
「助けて!」
バンッとスライド式の扉を勢いよく開け、ダイナミック入室してきた人がそう叫んだ。
その正体は女子学生。歳は佑真たち同学年。彼女は入室するや否や出口の前で力尽きたのかへたり込んだ。彼女の制服は乱れていた。身体を抱き寄せて涙を流す姿からは只事ではない、事件性を匂わせるようなものであった。
「助けて……依頼料は払います。だから、だからどうか、わたしの彼氏……、アイツを捕まえてください。捕まえて……どうか、どうか………………消してッ!」
それを聞いた椿姫は察し、彼女の背中を摩って宥めた。
佑真と透はお互いに目を合わせた。
どうやら二人は同じ答えのようで、透は歯でも光らせたかったのかニィィッ、と笑う。
「……、きたねぇ歯を見せんな」
「酷くね!? 久々の依頼で張り切ってもいいじゃんかぁ」
「まあ、透はいいんじゃねぇの? それで。久々だし」
肩を落とす透に、佑真は励ましの言葉を投げる。そして、佑真はへたり込む女子学生に目を向けて口を開く。
「ああ、
「――ッ! うぅ……お願い、します……ッ!」
縋るようなか細い声で女子学生はそう言った。
「久々の依頼だ。いっちょ張り切っていきますか!」
佑真はそう言って、不敵に笑う。
アマザクラ 黒霧奏太 @kugiriya345
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