第31話 醜態は散り花束となる


 シャワールームにて身体の洗浄を終えた椿姫を連れて佑真は情報部部室に戻っていた。

 部室にいた透は二人の姿を見てわざとらしく号泣して、よがったよがった、と仲直りできた事実に感動していた。

 そして、少し時間が経った現在。


「うぅ……、これはちょっと恥ずかしいよぅ」


 羞恥に身を悶えている椿姫。そんな仕草も含めて佑真たちは違う意味で感動していた。

 現在、椿姫は良いように遊ばれている。

 椿姫が着ている服は裁縫部が作成したオリジナルアイドル衣装なのだ。

 青色を基調とした衣装は、濃淡の青色と白も使い、色の強弱を出して作られているところは手間がかかっているのがわかる。スカートは、向こう側が見えるほど薄く、白いフリフリで覆られており、三色の青色を使用されたスカートがハッキリと見える。青い花の頭飾りをつけ、髪を眺めの青色リボンでサイドテールにまとめ上げ、垂れ下がるリボンの紐をサイドテールに巻きつけている。見栄えをよくすために二か所の紐が綺麗に交差するようにし、解けないようクリップで紐を留めていた。


「……すごいよ。椿姫ちゃんが神ってる」

「確かに、これを写真集にしたら重版は間違いなしだな。あとで写真部と裁縫部と協力を要請して制作するのも手だな」

「僕たちは制作にかかる費用を負担して……それから場所の確保」

「コミケとかはどうだ? 写真集とともにコスプレ椿姫の写真撮影もできるし、初デビューで人気を取れば次も確実にある」

「だったらさ、生徒会長も一緒にデビューさせちゃわない?」

「透おまえ……天才だな。百合は受けがいい。百合だけとは言わず、男装した会長と椿姫でも味が出る。男装した椿姫と会長でもいけるな。まあ、それ全部攻めは会長になるが」

「いいね、いいね! 椿姫ちゃんが会長を攻めようとしても、結局は会長の掌で転がされて遊ばれる子猫ちゃん! 会長にマウントを取られ、ほんのりと赤らめた椿姫ちゃんの頬に触れて、瑞々しい唇にそっと顔を近づけて……ぅんもうそのシチュ最っ高! パーフェクトだよ! ディモールトベネ! マーベラス!」


 佑真と透は熱心に性癖で盛り上がりながら出版に向けて真剣な計画を企てていた。透は妄想だけで果ててしまそうなくらいだった。海老ぞりになってまで人間をやめる勢いだ。


「ちょっ、わたし了承してないからね! 勝手に話進めないでよ!」

「いや待て、早まるな透。その路線でいくならば、会長が椿姫に首輪をつけ、両腕を赤いリボンで縛り、優しく半脱ぎにして唇を奪いにいくシチュも良いと思うんだが」


 椿姫の言葉をまったく聞いていなかった。


「おお、いいね。もういっそのこと考えつくだけのシチュで撮影しちゃおう!」

「そうだな。風景も大事だからしっかりと場所選びしないとな。まず手始めに朱色に染まる空き教室をバックに、いや屋上とかか?」


 即断即決。透は高画質カメラを取り出し、佑真は撮影場所を考えながら他機材を用意している。上機嫌な二人で盛り上がるその隣で不服そうにしている椿姫はご立腹であった。


「もう、無視しないでよ! わたしも怒るときは怒るからね!」


 椿姫は羞恥に満ちた顔で怒った。


「ほう、んじゃ俺が怒ってないとでも?」

「それは、ご、ごめんなさい……」


 佑真の手形のついた真っ赤な右頬を抑えながら言うと、申し訳なさそうに椿姫は顔を逸らした。お互い非があった仲だが、全裸の件は椿姫の自業自得。そんなこんなで椿姫の格好は、償いの意味を込めてコスプレさせられている。


「まあまあ、お互い仲良くなったんだから、もうこれぐらいにして、いつものようにお茶を飲もうじゃないか」

「ならそのカメラ仕舞ってくれると嬉しんだけど、透君」

「えぇ?」


 和解を申す透はカメラを戻す気配はない。むしろノリノリで、カメラに大砲のような形状をした高価なレンズを取り出してカスタマイズを施していた。


「透よ、冗談に費やすと時間に間に合わん」

「今日やるつもりなんだっけ? おけ、片づけるわ」


 聞き分けの良い透は手早くカメラを片づけた。


「さて、これで茶番は終わりだ」

「わたしの格好は茶番で終わらす気なの?」

「あとでべつの制服持って来てくれるから少し待っててくれ……っと長引いて面倒くさくなる前にコレを始末するとしますかね」


 佑真が振り向いたほうには透が捕まえた玲奈がパイプ椅子に縄で縛りつけられていた。口を小タオルで塞いでいるせいで呻き声を漏らすだけの状態だが、身体を捩りながら睨んでいるので、今にでも噛みついてきそうな勢いである。


「どうする、佑真? 今回はどうする? 派手にヤっちゃう?」


 冗談でもそんなことを言うものではない。


「する気もねぇくせによく言う。まずはそのタオル取ってやれ」

「はーい」


 透は呑気に返事をして、玲奈の口を塞いでいた小タオルを外した。


「テメェらこんなことして、ただで済むと思ってんのか! このクソ野郎どもッ! 人間のクズ! 学園の底辺! キモオタの集まり!」


 タオルを外した途端、敵意剥き出しの罵声を浴びせてきた玲奈。かなり的を射ている罵声だったが、佑真と透の顔色は変わらなかった。

 だが、玲奈の金切り声は些か気に食わない佑真は少し顔を歪ませた。


「うるせぇなキリギリス。隣の部活連中に迷惑だろ。オメェは人に迷惑をかけることしかできないのか? 他人に謝罪もできねぇのに隣人の部室に迷惑かけて楽しいか?」

 

 玲奈に対して呆れるように佑真は言う。いつも静かな隣の部室には、騒音で迷惑をかけていつ苦情が来てもおかしくはない状態だ。それでもいまだ苦情を出さない隣の部室にはどんな成人が住んでいるのかと勘違いしてしまうくらいだ。


「隣の部はテメェらが潰しただろうが!」


 玲奈が佑真の発言に対して怒声を上げた。そして、それを聞いて佑真は思い出した。


「……。ああ、そうだった。よくわかんねぇことほざいてたから軽く締め上げた記憶があるな。なんだっけか、カルト教団がよく言う現実逃避したような戯言……透」

「思い出したくないから聞かないで」

「そうか、思い出したくないか。なら、適当でいいから憶えているもので」


 透は少し唸りながら考え込み、一瞬だけ椿姫のほうをチラ見すると、少し言い辛そうな表情を浮かべながら口を開いた。


「ああ……、えっとね。布教しに来たお隣さんに適当に相槌してたら、佑真が読んでるラノベを馬鹿にされて、佑真がガチギレして、黒い情報を洗い出して、生徒会に報告。内容が内容だけに廃部。部員たち個人の悪逆も事細かに詳細を書いて公開処刑。お隣さんには文句を言われたけど、佑真お得意のマシンガントークにより論破……そして、刺された」

「えっ!? また刺されてたの!?」


 透の衝撃的な発言により椿姫は驚愕した。透は渋い顔をしながらも驚いている椿姫にゆっくりと首肯した。そして、透は言葉を続けた。


「そのおかげでお隣さん全員は、めでたく退学処分となりました」


 終わり、ちゃんちゃん。と締めくくられる。

 一方で、刺されたっけ? と佑真は思いながら首を傾げている。


「ああ、あれか。愛だのなんだのって言うだけで、言葉で象っただけの中身が空っぽのアイを聞かされてたら、そりゃイラっとも来るわ。まあ、いいじゃねぇか。結局のところ生きてるわけだし、平和になったわけだし、万事解決ってことで」

「良くないよ!」


 淡々と言う佑真に椿姫が突っ込みを入れる。


「そんな大したことでもないだろ。刺さったのだって俺の大切な小説だし」

「なお、刺した本人はもれなく顔面に肘鉄喰らわせて病院行きにしましたけど」


 透がさらっと恐ろしいことを公言したが、佑真はとくに咎めなかった。だが、面倒事は目の前に。椿姫が少し怒ったような顔で佑真を見ていた。


「佑真君はもっと自分を大切にしたほうがいいと思う。ときどき佑真君の身体が心配だよ。本当に死んじゃったら元も子もなくなるんだからね」

「へいへい、言われなくたって気をつけますよー」

「適当に相槌してない? 本当に死んじゃっても知らないよ?」

「善処する……、するから徐々に寄ってくんな」


 じっと上目遣いで見つめてくる椿姫に後退る佑真。

 その隣で見ている透はというと、


「いいぞぉ、もっと言ってやれー」


 椿姫を応援する観戦者となっていた。


「なんで透は椿姫側なんだよ」

「いやぁ、珍しく追い詰められてる佑真を見てたら、つい応援したくなっちゃってね。でも、今回は椿姫ちゃんの言うとおりなんだから、今後は自重してくれよな」

「自重しなかったら?」

「佑真の大切な愛美ちゃんの唇を奪う」

「愛美に手を出すならここで殺す」

「ヒィ!? 目がマジになった! 愛美ちゃんを引き合いに出すんじゃなかった!」


 佑真が透を指で刺しながら本気の殺気を放ち、凶器に満ちた言葉を吐く。

 冗談でも佑真に愛美を人質に出すものではない。佑真は重度のシスコンを患っており、愛美に触れる者はみな病院に送迎するぐらい攻撃的になる。透はそのことを重々承知しているはずなのだが、追い詰められる佑真を見て調子に乗ってしまった。

 本気で透の命を狩る取る気でいる佑真を、隣で見つめる椿姫は小首を傾げて、


「佑真君って妹いるんだっけ?」


 質問をした。


「ん? ああいるぞ。中三の妹」

「二人が言ってた愛美ちゃん、でいいのかな? どんな子かな?」

「舞い降りた天使ってくらい可愛いぞ。小動物っぽさもあって」

「そんなに可愛いのか……会ってみたいかも」

「ああ、なら会うか?」

「いいの? 大丈夫?」


 少し戸惑いを見せる椿姫。


「どのみち会うだろうしいいんじゃねぇの? 料理好きだし、きっと愛美と仲良く――」

「テメェらふざけてんじゃねぇぞ!」


 突然、蚊帳の外にされていた玲奈が佑真の言葉を遮るほどの声量で叫んだ。本当に存在を忘れていた佑真たちはスピーカーに向かい合う。


「ああ、すまなかったな。でなんだっけ? 掃除中のルンバに轢かれて泣き叫ぶセキセイインコの話だったっけか?」

「誰がそんな悲惨な絵図で盛り上がるかよ!」


 的確なツッコミが玲奈から返ってきた。


「すまんすまん、お隣さんの話だったな。確かテメェの親友もそこの部員だったな」

「知ってんだったらうちが言いたいことはわかんだろ! なんでうちの大切な親友を無実の罪で退学させたんだよ! 親友を退学まで追いやったんだ。それ相応の理由があるんだろうけどよ。それが大した理由じゃなかったら許さねぇかんな!」


 玲奈から感じ取れるほどの激情に溢れた叫び。


「佑真君……」


 佑真の隣で不安がっている椿姫。まあ、無理もない。たった数人にしか真実を知らないのだから、説明しないかぎり空気は変わらないだろう。他人に誤解させるな、とよく言うが、それは無理に等しい。人は面白ければ真実なんて曖昧でいい。だから話題性があれば風の噂だけで簡単に信じる。玲奈も他人から教えてもらい、それを信じ込んだ一人なのだ。


「心配すんだったら終わった奴じゃなくてテメェじゃねぇのか? べつに今回捕まった経緯でもテメェのグレた理由でも妖怪厚化粧ババアになった理由でもねぇんだからよ。こんな会話がもしラノベで読者が読んでたら『どういう経緯でそんな話になったの』って疑問に思われんだろうがよ。それに、もっと有意義な質問とかあんじゃねぇの? 今後のこととかこれからどうなるのか、とか」

「誤魔化すんじゃねぇよ。良いから答えろよ」


 玲奈の言葉に呆れたような溜息を吐く佑真。


「無罪と、テメェはそう言いたいんだろうけど、ホント面白いことを言うよな」

「なにがおかしいんだよ」


 佑真は不敵に笑う。


「すべてさ。とくに大森玲奈、テメェはホントに面白くてたまんないぜ! 親友だって? そう思ってんのテメェだけだぞ?」

「なんだと!」

「おいおい、ホントのこと言われたからって怒んなって。テメェの周りにいる奴らだって薄皮程度の関係なんだし、形だけの親友にマジになんなよ」

「ふざけんじゃねぇよ! あいつはうちにとってかけがえのない親友だ!」

「ほう、親友と? その親友に利用されてた操り人形だったくせにか?」

「そんなことあるわけないだろ! ろくに調べもしなかったくせに表面だけで判断しただけだろうが! 気に食わないだけでさ!」


 佑真の言葉を一切信用しない玲奈。だからここで佑真からも確信をつく証拠を提示する。


「埒があかねぇな。んじゃ、偶然撮ったヤツでも聞かせるか」


 そう言って佑真がカバンから取り出したのはタブレット型端末だ。手際よく操作し、画面を玲奈に向けて、とある動画を再生させた。

 それは、玲奈の友人である女が映り込んだ何気ない日常会話の動画だった。

 動画の中で淡々と会話が流れていくうちに、徐々に玲奈の顔色が悪くなっていった。

 最初は何気ない会話だった。だが、玲奈の名前が出たところで友人が一変した。

 玲奈の悪口から始まり、容赦なく友人から罵詈雑言の嵐が飛び交った。


『人避けの良い案山子になってくれてるおかげで今日も平和だよ。わたしのことを親友と思ってるみたいだから利用価値があっていいわ』


 玲奈はトドメを刺されたようで、絶望した顔を浮かべた。

 動画が再生は終わり、タブレット型端末の電源を消した佑真は悪魔のような笑みを浮かべて、玲奈の肩に手をかけて耳元に顔を近づけて囁いた。


「残念だねぇ。親友だと思ってた女はテメェのことを案山子だってよ。笑っちまうなぁ!」

「そんな……そんな、だって……、今まで、そんな素振りは……」

「まだ信じねぇか? 信じないって言うのなら――」


 佑真はポケットから小型録音機を取り出してある音声を流す。



『もし危なくなっても全部玲奈のほうに向くから大丈夫だよ』

『学園の恥さらしだもの、わたしが悪いことしても平気平気』

『男遊びの写真バラしてもわたしだと思わないんだよねぇ』

『近づけさせた男とマジでヤってたんですけど! 猿もいいところよねぇ♪』



 一つ一つ録音した音声を流しているが、どれもこれも無編集の情報。切り取る工程はしているものの聞き覚えのある声から発せられる言葉は玲奈の心に深津突き刺さった。


「……もう、やめてくれよ」

「ようやく信じてもらえたようでなにより」


 黙らせるのはとても簡単だったので佑真は満足げに不敵な笑みを浮かべた。


「佑真、腹黒いね」


 透がボソッとそう言う。


「うっせ。ともかくだ。テメェの周りには最初から見方なんていなかったんだよ。今まで独りよがりをご苦労さん。そしておめでとう、明日から本当の意味でひとりボッチだ」


 公開処刑されたら完全に孤立する。玲奈の場合、男に股を開けば多少は孤立は免れるだろうが、今の状態では男を捕まえる気力すら起きないだろう。

 話が終わったところで佑真は後頭部に触れる。


「だいぶ話がそれちまった。ったく、時間がねぇってのにアホにつき合っちまった。こりゃ、早々にお仕置きを済ませないとな」

「ヒッ……! 一辺でも触ってみろ! わいせつ罪で訴えるからな!」

「そんなに怯えなさんな。なーに、俺たちは手出ししない。テメェみたいな奴の身体を触るのは抵抗があるのでな。今回はゲストにお任せだ」

「……ゲスト? 誰だよ、それ」

「言ったら面白くねぇだろ。と言いたいところだが、不安が募るだけだろうし、特別に性別だけ教えてやる。女性だ」

「女性……な、なるほど、それなら少し安心だ」


 女と聞くといなや、玲奈は安堵の息を吐く。女だからといっても緊張感が和らぐ理由にはならないはずだが、それほどまでに同性は嫌悪感がないのだろうか。佑真からすると、この状況で安心できる阿呆で良かった、と本気で思った。


「透、道具の準備はできているか?」

「できてるよー。新品で良いの用意したから」


 そう言って透は用意した道具を佑真に見せる。

 三種類の剃刀と高級品質のシャンプーセット、ジェルにワックスとその他もろもろの道具がランチョンマットが敷かれたテーブルに綺麗に並べられていた。


「ほう、いいじゃん。これなら喜ぶだろうな」

「あんまり嬉しくねぇな、それ」

「まあ俺たちは不介入だからいいだろ。それより透よ、あとどれくらいで着くんだ?」

「ん? もう少しじゃないかな?」


 呑気に透がそう言うと部室の扉が開いた。


「来たわ」


 噂をすればなんとやら。佑真たちの目の前に西澤京子が姿を現した。

 佑真の知らぬ間に透は餌の提供を京子に持ち掛けていたらしい。佑真がそれを知ったのは部室にきて玲奈をどうするか決めあぐねていた数分前のことであった。

 まさか悪魔を召喚するなんて佑真は思ってもみなかった。


「よう、生徒会長。随分と遅かったな」

「お疲れ様でーす。生徒会長さん」

 

 京子に挨拶をすると、なぜか訝しげな表情を浮かべた後に溜息をついた。


「いつになったら佑真君と透君はわたしのことを名前で呼んでくれるのかしら?」


 京子は溜息を吐くと椿姫のほうに向く。

 一瞬、椿姫はビクッと震えたが、


「お、お疲れ様です。京子さん」


 震える声で挨拶をした。


「お疲れ、椿姫ちゃん」

「あ、あの今回のことで――」

「ああいいのよ言わなくて。透君から聞いている。君も大変だったろう。辛かったね」


 そう言って京子は優しく椿姫の頭を撫でた。動揺する彼女を落ち着かせるためにできるだけ優しく、優しく。まるで赤子をあやすかのように。

 満足いくまで撫でた佑真は、少し怖い顔で佑真のほうを向いた。


「佑真君には色々と言いたいことはあるが、仲直りした後に説教は後味が悪いだろう。今回は見逃すが、次に椿姫ちゃんを泣かせるようなことをしたら承知しないから」

「善処します」


 佑真はただ短くそう言った。いつもの適当な相槌ではない真摯に向き合った返答だ。


「そんな、佑真君は悪く……わぷっ」


 反論しようとする椿姫を京子は口封じをするかのように優しく抱き締める。


「いいのよ、椿姫ちゃんが庇う必要はないわ。これぐらい言わないと薬にはならないわ。それに彼も反省しているようだからこれ以上なにも言わないから安心して」


 そう言いながら椿姫の背中を優しく撫でる京子。さりげなく肩甲骨あたりを弄るように、なにかを確認するように。


「あら、ブラしてないのね」

「濡れちゃってて、洗濯してるんです」

「そう、だからこんなにも感触が……、それに、お風呂上がりのシャンプーの良い香りがはっきりとするわね」


 京子は少し強めに椿姫を抱く。身体を捩る動作をつけながら、まるでなにかを味わうかのような艶かしい動きだった。


「京子さん、苦しいです」


 椿姫に夢中になって本人の気持ちを蔑ろにしていた京子は我に返り、腕の力を抜いた。


「あらごめんなさい。とっても柔らかくてつい。とっても柔らかくて、美味しそう」


 潤んだ目で椿姫を尊む京子は、乾いた唇を舐めて湿らした。


「会長さん」

「ハッ!? ごめんなさい。興奮しちゃってわ」


 佑真の声に我に返った京子は、椿姫を腕の中から解放し、少し距離を取った。

 そして、じゅる、と口から漏れ出た涎を啜った。


「ああ、コホン……。それで? この子が例の好きにしていい子であってるかしら?」


 今までのことを誤魔化すかの如く、玲奈のほうに視線を送る。少しスイッチが入りかけているせいか、普通に視線を送ったつもりの京子から隠し切れていない殺気と獲物を狙らうような視線を送っていた。頬をほんのりと赤らめて、今にでも飛びつきそうな状態だ。

 一方で、玲奈は恐怖というものを感じていた。今まで味わったこのない感覚に危機感を覚えて身を震わせた。これから起こるであろう事象をなんとなく察して。


「も、もしかしてゲストって……」

「さ、俺たちは出るぞ」

「おい天瀬! なに無視していこうとしてんだよ!」


 退室しようとする椿姫の背中を押す佑真たちに玲奈は叫ぶ。

 呼び止められた佑真は面倒くさそうに溜息をつく。


「言ってなかったな。ゲストって言うのはご存知、生徒会長の西澤京子だ。いつも女をお仕置き指導をする場合だけ来てもらってる常連さんだ」

「いや、だって……西澤は生徒会長だろ? なんでそんな奴が情報部を手伝ってんだよ!」


 玲奈にそう言われて溜息をつく京子。


「くだらないわね。わたしが肩書だけで生きてる人間だと思ってるならそれは偏見よ? 今日は生徒会長としてじゃなくて西澤京子個人でここに来ているの」

「いや、だって……」

「二度も言わせないで。舐めるわよ?」

「……ヒッ!」


 京子が言葉を言い終わった瞬間に見せた舌なめずりは玲奈に恐怖心をさらに煽った。今までにないくらいの寒気が玲奈を襲い、心臓の鼓動がこれまでにないくらい波打った。


「会長の本性だが、こんななりで重度の女好きだ。独り身の女を狙っては見境なく喰ってしまうヤバい女だ。巷じゃ女喰い《ガールイーター》なんて呼ばれてる。女だったら年下で幼気いたいけな子でも、熟れて美に磨きがかかった年上でも多少強引でも喰っちまう」


 そこはかとなく説明する佑真。


「ぱっと見、会長は清楚ってイメージが強いからねぇ。誰にでも優しいし、自分を誇張することはないけど、憧れそのものが野獣だなんて誰も思わないんだよねぇ」


 そして追随するように透も話に割り込んだ。濁さずに平然と話す透だが、その隣にいる本人は納得のいかなそうに眉を顰めている。


「透君まで……失敬ね。わたしだってちゃんとわきまえてるつもりよ……でも、女喰い《ガールイーター》ね……とても良い響きね。これからはそう名乗ってもいいかもしれないわ」


 京子は艶のある笑みを浮かべながら玲奈に近づく。


「……ヒッ! ち、近づくな!」

「あら、可愛い反応してくれるわね。嗜虐心が疼くじゃない」


 ほんのりと赤く染め、苦しそうに胸に手を当てる京子の息は上がっていた。

 京子は足早に透が用意したお仕置き道具の目の前に立った。剃刀の手に取って様々な角度から刃を観察し、満足そうに笑みを零して頷いた。


「素晴らしい。良いのを用意してくれたのね、透君」

「散々文句を言われたのでね。頑張りました」


 手術でもするのか、と問いただしたくなるほど京子は道具の判定基準は厳しい。衛生管理といった面での徹底ぶりは施術前の医者と言っても過言ではなく、少しでも不審な点が見つかれば文句と説教を垂れる始末だ。


「佑真君……」


 呼ばれたほうへ目を向ける佑真の前に、少し不安そうに袖を引っ張る椿姫がいた。


「どうした?」

「あの、聞きたいことがあるんだけど、もしかしなくても京子さんって……」


 少し言い淀む椿姫の姿を見て、佑真はすべてを察した。それと同時に、椿姫を安心させるために訂正しなくてはいけなかった。


「あーね。さっきも言ったけど会長は無類の女好きだ。病気と言ってもいいくらいに。唯一救いなのが椿姫のような思い人がいたり彼氏持ちとかは絶対に狙わないことくらいか。まあ、いつからあーなのかは会長の沽券に関わるから言わないでおくが、できれば嫌わないでやってくれ。あんな会長でも椿姫のことは気に入ってるんだ。これからも仲良くしてやってくれないか?」


 佑真の言葉を聞き、椿姫は京子のほうを向く。楽しそうに玲奈を食べようと模索している京子をじっと見つめ、視線を戻す頃には優しく微笑む椿姫の姿だけがあった。


「うん、そうする」


 椿姫の何気ない言葉だが、そこに不安の二文字はなかった。


「おい! そんな話してねぇで、あたいを助けろよ!」

「あら、わたしが相手してあげてるっていうのにほかの男に媚びるの? そんな子猫ちゃんにはお仕置きが必要ね。とっても甘美な刺激と一緒に」

「ヒァァァァ! なにスカートの中に手突っ込んだ! って、パンツを掴むな! 引っ張るな! 脱げる、脱げるから離せ! ずり降ろすなっ! や、やめろよ……ッ!」

「抵抗しちゃうの? あら紫……いいわねぇ」


 京子がそう言うと、片手をパンツから離し、透が用意した道具の中からハサミを取り出し再びスカートの中にハサミごと突っ込んだ。


「うわっ! なにすんだよ!」

「なにって、ねぇ?」


 京子が意味深にそう呟くと、玲奈のパンツにハサミを引っかけて、いつでも切れるように構える。それに気づいた玲奈は青ざめて、


「それはやめろ……! マジで洒落になんねぇって!」


 必死に京子の魔の手から逃れようと暴れる。


「ちょこまかと動くと危ないわよ。もう、しょうがないから動けないようにしてあげる」


 パンツから手を離した京子は、玲奈を拘束する縄を緩め、玲奈の足が開くようにし、パイプ椅子に再度固定し、余った縄で縛られていない部分を念入りに縛り上げた。

 わずか数秒の出来事だ。


「……な、え」


 自分の身になにが起こったのかわかっていない様子の玲奈。スカートの中身が見えそうな際どい光景が広がる中で、足を自由に閉じることができなくなっていた。


「さて」


 京子は平然と玲奈のスカートに手とハサミを突っ込み、パンツを掴んで切り始めた。


「ギャァァァァァァ! やめてくれ、お願いだから! なんでもするから!」

「ん? 今なんでもする、って言った? じゃぁ、このまま続行させてもらうわ!」

「ギャァァァァァァ! 限度! 限度ってもんがあるから!」

「そうね。確かにこれは色々とマズいかもしれないわ。相手が女の子の時はとくに」

「そうだろ? だからこんなこともうやめようよ!」


 涙目になりながら必死になって京子を説得しようとする玲奈。


「だけど、女の子同士でも、愛情さえあれば大丈夫だよね♡」

「イヤァァァァァァァッ! コイツ怖い!」


 逃走は無理。説得の失敗。玲奈のやることすべて京子の前では無駄な足掻き。大人しく屈辱的で甘美で淫猥な世界に突き落とされる未来しかない。


「んじゃ、会長。あとは頼んだぜ。終わったら呼んでくれぇ」

「ええ、わかったわ」


 京子にそう告げた佑真は、部員二人とともに部室を退出し、隣の倉庫室に移動した。



――――



『いやぁぁぁぁぁぁっ! 切った! ホントに切ったぁ!』

『切られたくらいで大袈裟ね』

『両端切られたら大袈裟にもなるわ! 引っ張ったら脱げちゃうんだよ!? 今日どうやって帰えればいいんだよ! この季節は風が強いからスカートがひるがえんだよ!』

『大丈夫よ。あなたサイズのパンツはちゃんと用意してあるから安心して』

『安心できるか! ホントに訴えてやるからな! 憶えてやがれこのクソ百合女がぁ!』

『うるさい子猫ちゃんだこと。――あら? 透君ったら気を利かせて猿ぐつわまで用意してくれたのね。やっぱり頼れる男って高得点ね』

『なに言って――むぐっ!? ん、ンン~~ッ! ん~~ッ!』

『これで良しっと。さて、始めましょうか。一本一本丁寧に……いや、せっかくだからざっくりといってもいいわね! 綺麗に散らせて花束っぽいのを作ってあ・げ・るぅ!』

『ンン~~ッッ! ん、ン~~ッッッ! ンンん……ンン……ッッッ!』


 一方で倉庫室で待機中の三人。自動販売機で買ってきたお茶を優雅に堪能していたが、


「うっせ」

「だねぇ」


 予想以上に騒々しい部室に佑真は悪態をつく。そしてそれに便乗する透。

 同席している椿姫も言葉にはしないが苦笑する程度には嫌がっているようだった。

 利害が一致したことで佑真は唸りながら壁側にあるCDプレーヤーの電源を入れ、乱雑に積み重なっていたCDの中から適当に選んで挿入する。


『あら、意外とこ――』


 再生開始ボタンを押したと同時に壁を通り抜けてくる声をクラシック音楽が覆った。

 隣の声が聞こえなくなったのを確認した佑真は、身体を伸ばしながら再び席に戻り、ラノベの続きを読み始める。

 クラシックの独特な世界観に包まれる空間で三人は暇潰しの何気ない会話をする。隣でどれだけ悍ましいことが行われていたとしても三人は知る由もない。



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