第32話 偽善の救済

 お仕置きが始まってから四○数分と結構な時間が経った。

 暇な時間は他愛ない話をしていた。その間で洗濯と乾燥が終わったであろう衣類を取りにいった椿姫がジャージ姿になって戻ってきて、佑真と透は非常に残念がった。

 被害報告をすると、椿姫の制服は残念ながらクリーニング行きとなった。一様、学園側は非常事態を想定し、制服を二着ほど支給しているおかげで明日からの登校に支障はないが、Yシャツは八割ほどボタンが引き千切られ、使い物にならなくなってしまった。

 佑真は光太を報復すると言ったが、椿姫はボタンを直して使うから問題ないと宥めた。

 そんなやり取りをしているうちに倉庫室の扉が開かれ、


「待たせてごめんね。終わったわ」


 一仕事終えた京子が姿を見せた。


「お疲れ、今日は長かったな。そんなに手こずるような相手だったか?」

「まあね。暴れるから押さえつけるだけで精一杯だったわ」


 含みのある質問をする佑真に、京子は笑顔で返答する。


「そのわりには満足そうな顔をしてらっしゃいますね。それに潤っているようにも……」


 横から、ぼそっと言う透。聞こえたのか京子は透に向けて愛想笑いを向けた。


「その話は置いとくとして、すでに片づけてあるから戻って大丈夫よ」


 潤った京子に促されて、佑真たちは部室に戻った。

 部室に移動してきて最初に目に飛び込んできたのは、変わり果てた玲奈の姿だった。

 朱色に染まる顔。涎(よだれ)を垂らして、虚ろな瞳でどこか遠いところを見つめていた。あれだけ猿のように騒がしかった玲奈が、今ではぐったりと椅子にもたれ掛かり、縄が解けている状態でも暴れることも逃げることもせず、振り絞る気力すら皆無のようだった。

 そんな玲奈の成れの果てを見た佑真は、


「……。随分と派手にやったもんだな」


 少し引き気味に呆れながら京子に言った。


「うわぁ……会長、これはちょっとやりすぎだよ。完全に目イッちゃってるよ、これ……」


 透も引いていた。椿姫ですら引いてはいないものの少し顔を蒼くしていた。お灸を据えられたのは椿姫でも容易に想像できたらしい。

 だが、佑真と透は前回の京子の所業を知っているせいか、椿姫よりベクトルの違うものを想像している。想像を絶すること……なにが起こったのかは伝えられない。無知には乗り越えられない世界だから知る者たちは真実から目を逸らした。

 目を逸らした一人、透はある物に気づく。


「……。会長、このカバンって会長のですか? さっきまでありませんでしたよね?」


 部室から出る前にはなかったはずのカバンを指さして質問する。


「そうよ。隣の空き部屋に置いてたんだけど、必要な物がカバンの中に入ってたから佑真君たちが移動した後に持ち込んだの」

「そうですか。あれ? でもカバン空いてますよ? それになんかはみ出てい――」


 透がカバンに触れようとした瞬間、


「あら、レディのカバンに触ろうなんて失礼じゃない?」


 京子が背後から腕を回し首筋にハサミの峰を当てた。


「ヒッ!? か、会長? いや、カバンが開いていたので閉めようかと思いまして……」

「でも透君のことだから、閉める前にちょっと中身を覗こうと思ってたんじゃない?」

「め、滅相もない! ただ純粋に閉めようとしただけです! だから……僕の首でヴァイオリンを弾くのを止めてください」


 透の言い分が本当がどうかさなかではないが、京子は全身を透に密着し、片方の手を頭に添え、もう片方でハサミの峰を当てて透の首を左右にいったり来たりさせている。まるで本当にヴァイオリンを弾いているかのように。


「それならいいんだけど、女子のカバンの中身を覗こうと思わないことね。わたしのカバンの中身も含めて。まだ平和に暮らしたいなら、ね? 次は頸動脈かもしれないわよ?」


 殺気の籠った京子の言葉に、透は必死に頷く。


「ぜ、善処します……っ!」

「そっ、なら次から気をつけてね」

「は、はいっ!」


 京子は笑みを浮かべて透を開放する。

 解放された後も透は青ざめたままだった。まあ、首元が真っ赤になるよりかはマシな結果に落ち着いたというべきか。佑真は一度、椿姫のほうを見やった。

 京子の本性を間近で見た椿姫には少し刺激が強かったかもしれない、と佑真はこれからの関係を心配したが、椿姫からは不安や拒絶といったものは感じらず、ただそこにある事実を受け入れて平然と京子を見ているようだった。


 佑真の心配は杞憂に終わったことに安堵し、次に死にかけの玲奈のほうを見やる。そして、佑真はなんのためらいもなく近寄り、顔を至近距離まで近づけ、


「いつまで夢見心地を堪能してんだ?」


 悪魔の笑みを浮かべて声をかける。

 しかし反応しなかったので玲奈の頬を軽く、ぺしっ、と軽く叩いた。


「……、はっ! はぇ……うぐっ」

「かなり調教されたようだな。もっと余韻に浸りてぇか」

「な、なんだ、よ……」


 すでに喚く力も残っていない玲奈は小さく身じろぐ。それを無視して追撃とばかりに威圧する佑真は鼻で笑い、一歩後ろに身を引いた。玲奈の怯えているような反応に満足しながら佑真は口を開く。


「そう身構えなくてもいいじゃねぇか。もうなにもしねぇよ。できることならもう関わり合いたくないくらいだ。いいよ、ここでできることはもう終わった。あとは公開処刑するくらいだし、目障りだからもうさっさと帰ってくれると助かるな」

「ぐっ……!」

「おいおい。今更後悔したってどうしようもねぇだろ。結局、テメェが選んだ道での結果なんだ。それに関して俺はとやかく言うつもりはねぇし、文句を言われる筋合いもねぇ。まあ、言うことがあるとしたら、喧嘩吹っ掛ける相手を間違えたな、ってことぐらいか」

「あ……っ!」

「もし、懲りねぇ、っていうなら、今後、どうなっても知らねぇかんな?」


 嘲笑う佑真から出た殺気に満ちた声音に玲奈は言葉を飲み込む。

 そんな玲奈の目には佑真の笑みが悪魔のように見えた。これ以上刺激してはダメだ、と本能も身体までもが小刻みに身体が震えるほどに危険信号を出していた。


「まあ、今回はこれ以上のことはなにもしない、それは保証してやる。会長に綺麗に手入れされたんだ。暴れる体力もないだろ。精々自力で帰宅できる程度。――それじゃ、お疲れさん。もう帰っていいぞ。明日も元気に登校してきましょう」


 佑真の後半の言葉からわざとらしい口調でそう言った。

 玲奈は奥歯を噛み締め、


「もう、来る必要、ねぇだろ……」


 弱々しく鼻で笑った。


「あ? なんでそうなる」

「だってそうだろ? 明日になればあたいたちの居場所はなくなるんだ。もうこの学園にいたってしょうがないだろ。それに退学だって……」


 玲奈から発せられるのはすべてを諦めた者の言葉だった。


「大森――」

「なにを言う気だ? 会長さんよ。こんな惨めな女に慰めの言葉でもかける気かい? そういうの、チョー寒いからやめてくんない?」


 京子の言葉を遮り、玲奈は自分を卑下し、言葉を続ける。


「あーあ、まったく……今更だけど、しょうもねぇ日々だったよ」


 天井を仰ぎながら玲奈は空笑いする。


「本当に今更だね。もっと早く気づけばよかったな」


 能天気に透がそんなことを言う。そして、それに便乗するかのように佑真も口を開く。


「ああ、今更とか笑えちまうよな。なにも見出そうとせず、ただ時の流れに身を任せるだけで抗う苦しみを知らない奴が、目の前でか弱い女気取って被害者ヅラしてんだからよ。道を切り開かずに彷徨うだけで、なにかと理由つけて勝手に諦めて、小さな希望すら見逃してきた結果が今だろ? もし仮にも苦しんでるとしても同じことだ。望んでこうなったたんだろ? なら、嘆く必要はねぇだろうよ。逆に喜べよ、負け犬」


 不敵な笑みを浮かべて佑真は嘲った。

 隣で聞いている椿姫は胸に当てていた手に自然と力が入る。玲奈に向けられた言葉のはずなのに心深くに突き刺さり、ズキッと痛むような感覚に辛そうな表情を浮かべていた。

 だが、苦しみは椿姫の肩に置かれた京子の手の感触とわずかな温かみによって救われる。


「見境なく言ってるわけじゃないから大丈夫よ、椿姫ちゃん」


 優しく微笑む京子は後ろから肩を抱いた。

 おかげで持ち直した椿姫は一呼吸おいて口を開く。


「ありがとうございます。京子さん」

「いいのよ」


 京子にお礼を言って真っ直ぐ佑真たちに目を向ける。

 その先では、佑真は腹を抱えて嘲笑っていた。玲奈に向けて、陥れるように。


「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! あぁあ腹イテェ……いやもう笑った笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだなぁ……」


 佑真は一息つき、言葉を続ける。


「ふぅ……ま、モノホンの屈辱を味わったおまえなら、これからちょっとぐらいは更生できるんじゃねぇのか? そこはおまえの頑張り次第になるが」

「……は? なに言って」


 佑真から発せられた意外な言葉に、玲奈は驚きを隠せなかった。


「そのままの意味さ。きったねぇ毛を剃られたんだ。学園生活は有限でありながら割と長い。見据える目標に向って必死に努力していっても遅くはねぇんじゃねぇか? 次に綺麗な毛が生え揃う頃にはちったぁ良い学園生活を過ごせるんじゃねぇの」

「佑真、例えが汚いって」

「他に良い例えがあったのか? コレの性根の腐った部分を表すのには十分だろ」

「だからって……」


 透は佑真を制止させようとするが、それを肯定したのは京子だった。


「実際のところ、佑真君の言うとおりだったし? 結構原生林だったわ」

「会長!? 生々しい感想はいいですからね!?」


 発言が暴走する二人を透はツッコミを入れる。

 椿姫はともかく、意外な展開に玲奈は目を見開く。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 退学じゃないのか?」


 理解できていない玲奈は酷く動揺する。これには京子が溜息を吐いて前に出た。


「普通に考えて、わたしたちにそんな権利があるわけないでしょ」

「……納得いかねぇ! なら、天瀬に消された奴らはどう説明すんだよ! 結果的にあたいが学園から消されないなら、なんでほかの奴らがいなくなってんだよ!」


 玲奈は納得がいかないという言い分に、面倒くさそうに佑真は口を開く。


「確かに、結果的に俺が消したことは間違っちゃいねぇ」

「本当にねぇ」

「けど、俺はただ嘲るだけで、詮索する気ねぇのに教師なんか頼るかよ」

「教師にはチクってるけどね」

「結局のところ、居場所がなくなった大抵の奴らが孤独感と周囲の重圧に負けて自主退学していっただけの話だ。中には本当に退学させられた奴もいるけど」

「誰かさんが容赦なく煽るから」

「真横でうるせぇな、透。一々茶々入れねぇと気が済まねぇのかよ。まるで俺のせいで全員退学になったように聞こえるじゃねぇか」

「間違ったことは言っていないと思うよ」


 透が真顔で言うと妙に説得力があった。透もその共犯者なのだが、わたしは関係ありませんと言わんばかりの態度に佑真は少しイラっとした。


「ともかくだ。今後もこの学園に居続けるなら精々頑張るんだな。困ったことがあれば情報部に来るといい。依頼に見合った対価をくれれば受けっからよ。あとはおまえ次第だ」

「微力ながら僕も協力するよ。今後ともご贔屓に」


 玲奈は二人にそう言われてどう思ったのかは知らない。


「………………」


 なに一つ喋らず、覚束ない足取りでカバンを持って退室していった。

 そんな背中を、佑真たちは見送った。


「いいの、これで」


 京子が佑真に問う。


「大丈夫、と断言するつもりはない。が、これ以上なにかできるとは思わない。これから様々な災難に苛まれるだろうよ。人っていうもんは話題が大好物だからな。何気ない会話のさかなにされ、陰湿な物として弄ばれる。悪いことした奴ならなにをしてもいい、と自分を正当化して陰湿ないじめを始める。俺たちはその無様にもがくサマを見守るだけだ」

「少々いきすぎじゃないか?」


 佑真の返答に、京子は訝しげに言う。


「どうだろうな。差別意識が混在してるこの学園でなにも起こらないってことはないからな。馬鹿みてぇな正義感を振りかざす奴がいるのは確かだ。あの女は今後餓えた狼の餌食になり、どれたけ苦痛を強いられても、永遠と食い千切られても、死ねずに生きていくわけだからな」 

「みんなの噂、つまりは餌として、おっかないもんですねぇ」


 透も賛同するように呑気に呟く。


「どうなっても知らんからな……」


 二人の言葉に呆れながら京子は溜息を吐く。


「ま、なにかあったところで京子は止めてくれるだろ」

「性分だからな」


 その言葉を聞いて佑真はキザったらしく笑う。


「んじゃ、今回の件は終わった、ってことで。これ以上は詮索するつもりもないしな。あとは頼んだぜ。あれが帰ったわけだし、最後の仕事にかかるか、透」

「あいよ」


 佑真が悪友の名前を呼び、それを待っていたかのように透は部室の隅に置いておいた白い布が覆い被さった物体を部室の広いところに移動させ、白い布を取り去る。

 そこには先程まで女子トイレで延びていたはずの主犯格の一人でもある光太がいた。


「むぐぅっ!? ぐぅぅぅぅッ!」


 状況が掴めていないせいか、光太は呻きもがくを繰り返し、縄の中で暴れ回る。


「ねぇ佑真君、この男はなに?」


 佑真たちがせっせと拷問……制裁準備中に京子に問われる。


「言ってなかったか? それは椿姫を襲った男だ。次また椿姫を狙われても敵わねぇからついでに躾けるために透に持ってきてもらったんだ」

「ふーん、そう」


 なぜだか京子の声音は非常に冷たい物に切り替わった。

 それは鈍感な佑真でも感じ取れるほどにだ。

 隣でサムズアップさせながらドヤ顔をかましていた透だが、光太をまるで液状化した野菜クズが混ざってコバエの群生地となった生ごみを見るような冷ややかな目で見つめる京子に恐怖し、徐々に顔を蒼くさせていった。透はそそくさと佑真に近寄って。


「ゆ、佑真。なんかヤバくない?」

「ああ」


 光太へ向けている京子の視線は冷たい。冷酷といってもいい。京子は激怒している。鳥肌が立つような殺気を放ち、怒り心頭の京子にさらに拍車をかける。


「確か、オスって去勢すると大人しくなるって言うわよね」

 嫌な予感がした。佑真たちがそう思ったときにはすでに遅かった。


「ふん!」


 瞬間、京子は光太の股間を踏み潰す勢いで踏みつけた。


「ンゴォォォォォォォォォォォッ!?」


 股間にクリティカルヒットし、光太は苦悶の声を上げた。口を塞がれて大した絶叫にはなってはいないが、真っ青に歪んだ顔は同性なら思わず抑えてしまうほどの痛みがあったのが伺えた。あの佑真でさえ真顔で顔を蒼くさせるほどに。


 その間にも、京子はグリグリと上履きの下の物を磨り潰すとばかりに踏みつけている。


「ちょっ、会長さん!? 見てるこっちも辛いから一旦落ち着いて!」


 透は京子を取り押さえようとするが、

「はっ? 殺すわよ、透君」

「は、はい……」


 京子の殺意に気圧された透は離れて佑真の後ろに隠れた。


「情けね」


 佑真はぼそりと言うが、余程怖かったのか透は素直に俯いた。

 椿姫はというと、あまりの衝撃的な光景に口を押えて目を逸らしていた。見たことがないだろう。男の男が潰される瞬間なんて女性からしても見るに堪えない光景だ。


「さて、名前はなんだったかしら、病気持ちでしたっけ?」

「会長、その人は光太です」


 透は慌てて訂正する。


「ああ、光太ね。随分と名前負けしたツラしてること」


 京子のドスの効いた声音は、毎秒殺すと連呼しているかのようだった。マゾにはさぞ褒美の言葉だろうが、部室内にはドMはいないのでただの悪口で完結してしまっている。

 怒りに震え、暴走した京子を止めようとする者はいない。

 京子は本当に椿姫のことが好きなのだ。恋愛までいかないとはいえ、佑真によって憔悴する椿姫を慰めるためにベッドに誘い込みたいほどには好きなのだ。だが、椿姫には好きな人がいる。だから爆発寸前の欲望を抑えていた。

 なのに……なのに、身勝手にも変な男が欲望を爆発させて満たそうとした。この事実が不快でならないのだ。椿姫の心を壊し、笑顔を壊そうとする奴が許せない。

 これは京子による私情を挟んだ怒りの制裁だ。


「わたしの可愛い椿姫ちゃんの柔肌を触った罪は重い。死んでもらいたいところだけど、ご生憎様、日本の法律は許してはくれないだろうし、わたしもあなたのために人生を棒に振るつもりはないわ。だから、佑真君たちの用意した罰で許してあげる」


 氷の女王と化した京子からの暖かな恩情が言い渡される。光太は白目を向いて聞いているのかわからないが、ある程度の覚悟が必要なのは伝わっただろう。

 なにが起こるかは、知らない。だが、制裁には変わらない。

 役目のなくなったことを確信した佑真は携帯を取り出して、


『今日やることになったんで桜の森に現地集合しましょう』


 江崎宛にメールを送信する。そして数秒後、


『おけ』


 江崎から短い返事が返ってきた。

 会議中では? と不思議に思いつつ、


「んじゃ、俺たちは買い物いってくるわ。透たちは倉庫室にでも待機しててくれ」


 携帯をポケットに入れた佑真はカバンを持った。


「買い物? ああ、いいよいいよ、佑真。もう買ってきてあるから」


 透はそう言っていつも茶菓子を収納している棚から大量の商品が入っているであろうエコバックを取り出した。どさり、といかにも重そうな音を出してテーブルに置かれたエコバックの中には総菜や飲み物、紙皿に紙コップと必要な物がすべて揃っていた。

 おかげで手間が省けてしまった。


「用意周到だな。さすが」

「あたぼーよ」


 佑真に褒められ、どこぞの寿司屋の店主みたいに胸を張る透。

 チラチラと京子のほうを気にしていた椿姫もエコバックを覗き込んで、


「こんなにたくさん……今日なにかあるの?」


 不思議そうに尋ねる。


「ムフムフ……それはお仕置きが終わってからのお楽しみ、さッ♡」

「そうだな。楽しむためにまずは部室を出よう」


 佑真はそう言うとまた椿姫の背中を押して倉庫室まで誘導を開始する。


「会長、できれば十分で終わらせてくれな」

「大丈夫よ、佑真君。四〇秒よ」


 一瞬で息の根を止める気なのか、冷徹な京子はそう言い切った。空賊の船長の生霊でも憑依さたのかと疑ってしまうほどに声音には変な自信に満ちていた。


「それじゃ、僕たちは待ってますねぇ」


 最後尾にいたルンルン気分の透はそう言って扉を閉めにかかる。


「ンぐッ!? ンググググググググッ!」


 閉め切る瞬間、なにやら光太がなにか訴えていたが、佑真は返事の代わりに親指を上げて、首を切って下に落とす動作だけ返した。そして、閉じられた。

 程なくして光太の呻くような絶叫が木霊した。


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