第11話 愛する妹、愛美
榛名椿姫から告白されてから一週間ほど経った平日の朝。
休日終わりの朝は憎たらしいほどに怠い。休日は早起きしてもブレイクダンスできるくらい身軽なのに、平日だと早起きすると死ぬんじゃねぇかってくらい身体が重く憂鬱だ。
そんな朝。佑真は抱き枕を抱きしめ、心地よい寝息を立てていた。
ふかふかな布団の温もりに包まれ、お気に入りイラストレーターが手掛けた、低身長銀髪碧眼甘えん坊なメイド、
大好きな飛成ちゃんに添い寝してもらっている。佑真の至福のひととき。
「……お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「んっ、んんぅ~~……」
そんな至福と堪能する佑真を摩り、呼びかける女の子を感じる。
飛成ちゃんだろうか。
「……お兄ちゃん、起きて。起きてってば」
「……、んっ?」
聞き慣れた声に誘われ、意識を覚醒させた佑真は、ぼやける視界に声の主を映す。
「あ、起きた。おはよう、お兄ちゃん」
佑真が振り向いた先には妹、
綺麗な緑色の瞳と綺麗な茶髪のツインテール。ゴム隠しでヘアアレンジをして、右片方は髪留めの代わりに白いリボンで結び、左片方の前髪にはヘアピンをつけているのが印象的なヘアスタイルをしている。
中学生にしては大人びた雰囲気を漂わせいてるが、まだ幼さは残る童顔よりである。
細い身体つきだが、健康的に育ったこともあって、スベスベの白い柔肌と成長とともに発達したふくよかな胸は愛美が元気に育った証を示していた。
中学生にしては少し大き過ぎる気もするが兄である佑真には関係のないこと。女性のステータスに口出しするのは野暮だ。
そんな愛らしくも可愛い自慢の妹が、朝起こしに来ていた。
今は桜葉中学校の制服に身を包み、その上にエプロンを身につけている。
まだ眠気で
可愛い。マジ天使。
「ああ、おはよう、愛美」
しばし遅れた挨拶を返す佑真。
「朝ごはんできてるから。制服に着替えたらちゃんと顔を洗ってね」
「一々細かいな愛美は」
「ちゃんと言わないとお兄ちゃんは顔洗わないでしょ」
「失敬な。顔ぐらいは洗う」
「どうだか。――はいこれ。アイロンかけておいたから、ここに置いておくね」
愛美はそう言うときっちりと畳まれたYシャツを机の上に置いた。
「いつもありがとう。愛美」
「どういたしまして」
愛美は嬉しそうに笑顔で返すと、佑真の部屋を退室していった。
佑真は一度背伸びをして、抱き枕を放し、愛美に言われたとおり制服に着替え、顔を洗いって、髪はなにも言われてないのでなにもせず、リビングに顔を出す。
リビングに入った途端、愛美が作ったであろう美味しい料理の匂いが佑真の鼻孔をくすぐり、眠気で感じていなかった空腹感が一気に込み上げてきた。
料理をテーブルに運び終えた愛美はエプロンを脱ぎ、
「用意できたよ。さ、座って座って」
席に座ると手招いた。
佑真はそれに誘われるように料理の置かれた席に座る。
「今日のご飯は愛情たっぷり愛美特製手料理。さっ、めしあがれ」
「いただきます」
佑真は手を合わせ、愛美が用意してくれた朝食を食べ始める。
まず最初は味噌汁から口をつける。
「美味い」
佑真は率直な感想を言うと、愛美は嬉しそうに微笑む。
「いつも美味いよ」
「わたしが作ったんだから当然でしょ」
「確かに」
愛美の料理は美味い。佑真が保証するほどに。
佑真は実家を離れ、1LDKのマンションで一人暮らしている。本来なら朝ご飯は自分で用意しないといけないのだが、わざわざ雨の日以外は毎朝、愛美が佑真の家に足を運んでは朝ご飯を作ってくれている。べつに頼んだわけではないのだが、愛美曰く、カップ麺かレトルトしか食べないでしょ、と言われ、言い返す間もなく押し切られて今に至る。
実際、佑真はインスタントやレトルトで済ませようとしていたので反論の余地はない。
いつでも断ることはできたのだが、愛美に『ダメ? お兄ちゃん……』と上目遣いで言われてしまったら、YESマンになるしかなかった。
朝食後は、登校時間までグリーンティータイムを嗜むのが日課になっている。
「今更だけど毎朝こっちに来るの大変じゃないか? 無理してまで来なくていいんだぞ」
「べつに無理はしてないけど。もしかして、迷惑だった?」
佑真の問いに、愛美の明るい表情が途端に消える。
「いや、迷惑じゃない。ただ俺に時間を
「それなら心配には及ばないよ。お兄ちゃんのために時間を使うのはわたしにとっての時間でもあるから。それに、お兄ちゃんが放っておけないんだもん」
「だったらほかの兄妹たちにでもその時間を割いてくれ。俺なら心配いらない」
「ダメだよ。一番危なっかしいのはお兄ちゃんなんだから。また病院で会うのは嫌だからね。それに、まだ事故の後遺症だって残ってるんだし」
愛美は心配そうに言う。
「後遺症? ああ、記憶が飛んでる、ってやつか。それなら心配いらんぞ。家族と友人との思い出ならしっかり覚えてるぞ」
「そういうことじゃなくて」
「おっともうこんな時間だ。そろそろ出ないと学校に間に合わないぞ」
愛美が言いかけたとき、面倒くさくなった佑真は強引に話を終了させ、お茶を飲み干すと、カバンを取りに自室に向かう。
「もう……お兄ちゃんの
後ろから小さな声で愛美の非難に、佑真は気に留めることなく自室に戻った。
カバンを取り、もう一度リビングに顔を出すと、
「はい、お兄ちゃん。これ今日のお弁当ね」
「お、おう? 一体どうしたんだ? 弁当なんて珍しいな」
「いつも昼食は総菜パンしか食べてないんでしょ? 透君から聞いたよ」
「……、あー……」
元凶は透だった。あとで殺す、とささやかな殺意を抱きながら愛美のお弁当を快く受け取るとカバンにしまい、玄関に移動して各々の靴を履く。あらかじめ靴紐を結んでいた靴に足を通すだけで履き終え、靴紐を結ぶ愛美を待つ。
「んしょっと……。それじゃいこっか」
履き終えた愛美が立ち上がる。
「ああ、っと、その前に……愛美。リボンが緩んでるぞ」
佑真はそう言うと、手を伸ばして緩んだ白いリボンを結び直してあげた。
「これでよし」
「ありがとう。お兄ちゃん」
「ああ」
佑真は愛美の笑顔に素っ気なく返して、学園に向けて出発する。愛美とは途中まで道は同じなので分かれ道までは一緒に登校している。
「……。それにしても、そのリボン毎日つけてるな」
「うん! だってお兄ちゃんがくれたリボンだし」
佑真に結ばれた白いリボンを向けると、今日一番の笑顔を見せる愛美。
「あの時を思い出すな」
「そうだね。今思えば、あの時から仲良くなったんだっけ」
「確かにな」
今から三年前。愛美がヘアゴムを片方だけなくしたときがあった。
愛美はワガママを言うような子ではなかったが、悲しそうな顔をしていたのを佑真は今でも憶えている。そのときに佑真ができるだけ似合いそうな物を頑張って見繕ったのだ。平たく細長い白い紐状のものだったが、ヘアゴムの代わりに白い紐をリボン縛りの用量で結んであげたことがあった。あとで知ったことだが、あの紐はリボンというらしい。
それをきっかけに佑真は愛美と仲良くなった。それ以来、良好な関係を築いている。
愛美は気に入ったのか、今でもあの白いリボンを使ってくれている。
佑真からしたら兄冥利に尽きるものだった。
「懐かしいなぁ。思えばお兄ちゃんから初めて貰ったプレゼントなんだよね」
「そのリボンがなかったら、今まで仲良かったか疑問だしな」
「なくても仲良くなってたよ。お兄ちゃん」
「そうか? あの時以外に好感度を上げるイベントあったっけか」
「……もう、お兄ちゃんのにぶちん」
「にぶっ……」
愛美の拗ねた呟きに、佑真は少しだけ落ち込む。だが、それも束の間のこと。すぐに新しい話題で盛り上がり、居心地の良い登校時間を佑真たちは過ごす。佑真からは笑顔が浮かぶことはないが、心から愛美との会話を楽しんでいた。
登校して数十分が経ち、垣根が植えられた見通しの悪い十字路に差し掛かる。普段は車の通る道だが、この時間帯は車の進入することはできない。どこぞの馬鹿でもないかぎりは事故にあったりはしない。いつものように十字路に出る。
「ぶああぁぁぁぁっ――」
瞬間、佑真たちを待ち伏せしていた透が変顔をしながら奇声を発して飛び出してきた。
「――ッ! 危ない愛美!」
愛美の危機を感じ取った佑真は妹を抱き寄せ、透だと認識しても病院送り半殺しキックを顔面に目掛けてお見舞いする。
「へぇっ!?」
突如として顔面に飛んできた蹴りに、透は驚いて咄嗟に避けた。身体を仰け反らせたことで顔面直撃は
「なんだ。透か」
「なんだ、じゃないよ!? 危うく死ぬとこだったじゃないか!」
「いやすまんな。てっきり可愛い愛美を狙う不審者かと思ってな。つい足が出た」
「足癖悪いとかの問題じゃないよ! 佑真の蹴りを喰らってたらただじゃ済まないって! 下手したら僕のお顔が変形する可能性だってあったんだからな!」
「なら安心じゃないか。その歩く十八禁の顔がちったぁマシになるんじゃないか?」
「今の顔でその評価なら安心できないよ!」
朝から元気な透に佑真は感心する。
平日の朝は憂鬱なのがざらだ。なのに透は平日と休日のハードル走よろしく、躊躇せずに跳び越えてこのテンションである。精神力おばけだ。馬鹿である。まあ、それは置いといてだ。愛美の危機が杞憂で終わったことに佑真は安心するのでだった。
「……なあ、佑真」
「なんだ? 整形外科なら紹介しないぞ」
「ちゃうよ。いつまで愛美ちゃんを抱きしめとくの?」
「ん? ああ、そういえばずっと抱きしめてたな。すまん愛美。苦しくなかったか?」
透の指摘で気づいた佑真は、腕の中にいる愛美をすぐに開放する。
「う、うん。大丈夫だよ……」
少し顔が赤くなっている愛美。本人は大丈夫と言っているが、顔がほんのりと赤くなっているのが佑真から見て取れた。あまり強く抱きしめていたわけではなかったが、愛美に気を使わせてしまったことは事実なのようで、佑真は少しばかり自分を
「これで兄妹ねぇ……」
透がぼそりと呟く。聞こえないでだろう声量でも佑真の地獄耳には聞こえている。
「なんか言ったか?」
「なーんも……それよりごめんね、愛美ちゃん。こんなつもりじゃなかったんだけど、いつものクセで驚かせようとしちゃって」
佑真との会話を早々に切り上げた透は愛美に視線を向けて謝罪する。
「わたしは大丈夫だよ、透君。いつものクセなんだったらしょうがないもんね? もう手遅れって思えば受け入れるしかないしね」
「あれぇ? 愛美ちゃん辛辣じゃね?」
愛美の無自覚な発言に戸惑う透だった。
十字路で単に透と合流しただけでなにか問題が起こることなく済んだ。
それからは新たに透を加えた面子で登校した。
「それじゃ、お兄ちゃん。わたしこっちだから」
「おう、気をつけていけよ」
「またね、愛美ちゃん」
愛美は笑顔を見せると中学校のある方向へと歩いていく。その背中を見送った佑真たちも学園へ足を進めるのであった。
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