Ⅱ-3

 今年は去年ほどではないものの、まだまだ暑い日がつづいている。あいつが家を出てからも僕の生活には大きな変化はなく、仕事は相変わらずだし、生活のリズムもいつも通り。エリコがこの家に居ついて、あいつの部屋を使うようになってからも僕の生活そのものにはさして影響はなかった。僕とエリコはあくまでも大家と間借り人の関係でしかないのだけれど、実を言うとそのへんがあいまいなのも事実ではある。他人が同じ家で暮らしているのだからそれも仕方のないことなのかもしれない。

 二人の関係は徐々に変化している、というか揺れ動いている。二人で出かけることも以前にくらべると少なくなった。もちろんお互いを十分理解する必要なんてない。相手のことを知れば知るほど、相手のことがわからなくなったりする。というより、

よくわかることとわからないことがはっきりとしてくるということだろうか。はじめのころは、そのへんが曖昧なのだ。

 僕の知らないエリコが増えてきている。そして多分、エリコの知らない僕も増えている。

「ごはんどうしたの」

 最近残業でエリコより遅く帰ることが多くなっていた。

「てきとうに」キッチンはきれいに片付いている。

「シチュー食べる。鶏肉とかぼちゃのシチュー」

「作ったの」

「あたしだって女の子だよ」

「冷蔵庫にあるからチンして食べて。明日の朝でもいいけど」

「もう秋だね」

 エリコはそんなことを言いながら自分の部屋に入っていった。レンジでチンしたシチューとパンを食卓に並べた。かぼちゃをスプーンですくって口に入れてみる。市販のルーを使っているようだけどよくできている。手でちぎったパンをシチューに浸して口の中の放り込んだ。エリコの作った料理を食べたのってこれが初めてだろうか。

簡単なものを食べたような気がするけれど思い出せない。食事の後片づけをしたあとエリコの部屋の前で立ち止まった。もう寝てしまったんだろうか。

「やっぱり日本人はお風呂だよね。早く入っちゃいなよ」不意に僕の後ろからエリコの声がした。

「まだ寝てなかったんだ」

 振り返った僕に笑顔を返してエリコは自分の部屋に入っていく。

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