Ⅱ-2

 古本屋街の中にポツンと古ぼけた画材屋があった。まわりの古本屋同様、古き良き時代を感じさせる佇まいをしている。店の入口には決してきれいとは言えない複製画がいくつか陳列してあって、街の雰囲気にしっかり溶け込んでいる。僕とエリコはその画材屋の少し先にある洋食屋にカレーとオムライスを食べに来たのだけれど、混んでいて入れず、少し時間をつぶそうとあたりをブラブラしていた。本にはほとんど興味を示さないエリコが、一枚の複製画の前で立ち止まり、じっとその絵を見ている。

「この絵、誰だったかなあ」

 僕には見覚えのない絵だった。

「印象派だよ、印象派」

「そうなのかなあ」

 そう言われると何となくそんな気がしてくる。店の奥にすわっている店主とおぼしき老人が、店頭で大きな声を出しているエリコを迷惑そうに見ている。

「奥の爺さん、にらんでたよ」

「そうだった」エリコはまるで気づいていない様子。

「多分印象派じゃないよ」

「それなら教えてくれてもいいんじゃない」

 僕は絵の前から離れないエリコの手を引いて洋食屋のほうに歩いていく。

「そろそろ空いてきたんじゃない」

「もうお腹ぺこぺこだよ」

「そうじゃなくて、店のほう」

「そうかもね」

 店の中をのぞこうとしたとき、店から出てくる客とすれ違った。

「あの人絵描きさんかな」

「わかるの」

「絵の具の匂いがした」

 たしかに、着ているものも絵の具で汚れていたような感じだった。僕とエリコが振り返るとその人はさっきの画材屋に入っていった。

「やっぱりそうだよ」

 洋食屋に入ると店員が奥のテーブルに案内してくれた。まだまだ店内は混んでいるようだ。

「ねえ、さっきの人女の人だよね」

 デミグラスソースのかかったオムライスを食べながらエリコが言う。

「すれ違ったときは髪の長い男の人かと思ったけど、歩き方が女なんだよね」

 僕には髪のすき間からのぞいた顔がよく見えた。

「たしかにどっちかわからない感じだったね」

 僕はカレーとご飯をスプーンで混ぜている。

「でもさ、女を捨てちゃってる感じ」

「そう思う」

「そう思う」

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