Ⅱ-1

 水槽の中を怪しく浮遊するクラゲの水槽の前で、僕は南の島の遠い海を想像している。水槽のあるエリアは薄暗く、水槽だけが青く透明な光を放っていた。エリコとはじめて訪れて以来、僕はしばしばこの水族館に足を運んでいた。クラゲの水槽の先に珊瑚の水槽があり、そこから下に降りるとプールのようなペンギンの水槽がある。下から覗きこんだり、上に登って眺めたり、様々な場所からペンギンを見ることができる。

「水槽の脇のベンチにずっとすわっているの。はぐれたのは親なのにいつの間にか迷子にされてて」

 たしかに海遊館のような大きな水族館にくらべれば物足りないかもしれない。ゆっくりとすわっている場所もない。エリコには期待外れのようだったけれど、この箱庭のような水族館も僕は好きだった。

 梅雨が明けると、外は急激に暑くなり散歩には向いていない季節になった。散歩に出たときには寄り道をせずひたすら歩き、家に戻るとすぐにシャワーを浴びる。本来の散歩とは違っているような気もするが、これはこれで気持ちが良い。早起きをすればのんびりと散歩ができるのかもしれない。

「スーパー銭湯行かない」

 シャワーから出てきた僕にエリコが言った。

「シャワー浴びたばかりだし」

「そうだよね」そう言ってエリコは出かけていった。

 行かないとは言っていないに。最近のエリコのお気に入りはスーパー銭湯。出かけていったら帰ってくるのは夜遅く。涼しくなるまで戻ってこない。

 でもここのところ夜になってもちっとも涼しくならない。めずらしく家の電話が鳴って僕も駅前まで出かけることになった。せっかくシャワーを浴びたのに、約束の場所につくと汗が噴き出していた。

「元気にやっているみたいで安心した」

 無造作に伸びた髪のあいだからすっぴんの顔がのぞいていた。その顔が想像していたよりもずっときれいだったので驚いている。

「そっちも元気そうじゃない」

「でも意外だったよ。あなたがあんな子と一緒にいたから。あなたなら一人でも全然困らないでしょう。一緒に住んでるの」

「駅で拾ったんだ。そしたら居ついちゃって。部屋を貸してるだけだよ」

「本当に」

「本当だよ」あいつは笑っている。

 あの家に二人で暮らしてた時、こんな笑顔を見たことがあっただろうか。

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