Ⅰ-15

 特に会話もなく食事をしている。あいつはまるで僕には興味がないという顔つきで黙々と食べている。なんてことはない。いつもの日常。

 あいつの作った食事について僕は何も言わなくなった。何も言わないだけで、あいつは僕が満足していると思っているのだろうか。あいつの作ったものを褒めたところで、あいつは無表情に「そう」と答えるだけ。そんなことにすっけり慣れてしまった僕は、あいつと同じように黙々と食べ物を口に運んでいる。ある意味、非常に伝統的な日本の食事風景なのかもしれない。もちろん僕には威厳などひとかけらもないけれど。

 生活が何の問題もなく順調に過ぎていけばいくほど、会話は成立しなくなる。ほんの短い言葉を交わすだけで十分だった。

 僕は何の支障もなく暮らしていたあの頃のことを思い出していた。別に仲が悪かったわけでもない。休日には二人でよく出かけた。僕もあいつも味気ない生活をしていたわけではなかった。

「僕の歌は君の歌」エルトン・ジョンの曲が僕の頭の中を駆け巡っている。

 公園のベンチでライトブルーに広がる空や生命力にあふれた若々しい緑の木々をながめ、深い緑に囲まれた神社の境内で張り詰めた空気を感じ、川沿いを吹くやわらかい風を感じながら歩いて、喫茶店で焼きサンドを食べながらストレートティーを飲み、古本屋まで足をのばして文庫本を物色しサマセット・モームの短編集を買った。その後タバコの吸えるコーヒーショップに入ってアメリカン・コーヒーをすすりながら買ったばかりの本をつまみ読みした。ずいぶん長い散歩になってしまったが、連休の一日としては悪くない。

「ピザとったから食べる」

「ビデオは見終わったの」

「あともう少し」

 リビングのテーブルの上には、くしゃくしゃの紙ナプキンと空になった缶ビールが転がっている。エリコはピザをほおばりながらテレビの画面を見つめていた。

「ビールもらっていい」

「いいけど」

 僕もビールを飲み、ピザを食べ、あまり興味のないテレビドラマを見ている。エリコは上機嫌。一日中こんな感じだったのだろう。連休の一日としては良い一日だったようだ。

 そうか、アイスクリーム忘れた。

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