ジンとベルモット

阿紋

Ⅰ-1

 梅雨のシトシト雨。窓の外がぼんやりと霞んでいる。

 ゆうべの雷と雨。滝のように降る雨。稲光と轟音。不思議な季節だと思った。決して気分がいいわけでもないのに、居心地が良い。

 結局寄り道もせず早々と家に帰った。エリコは電車が動かず朝まで飲んでいたらしい。今僕はほとんど酒を飲まない。外で飲む機会があれば飲むぐらい。一人暮らしをしていた頃はよく飲んでいたのだけれど。聞いたことのない銘柄の値段だけは安い輸入ビールを箱で買い、棚の上にバーボンのボトルを並べ、床の上には日本酒の一升瓶が並んだ。

 ところがある日突然酒が欲しくなくなった。何故なのかはいまだによくわからない。今この部屋には、隅に置かれた本棚の上に青色の透明な瓶が置かれている。

 ボンベイサファイア。去年の暮、全然飲まないのも体にはよろしくないということで買ってみた。その時に一緒に買ったドライ・ベルモットのボトルが隣に並んでいる。マティーニのジンとベルモットの割合は3対1が標準的らしいけど、ベルモットをごく少量にする人もいるらしい。

 僕はグラスに氷を満たして、ジンとベルモットを同量注いで飲んでいる。これはもうマティーニとは呼べない。ジンの香りづけにジュニパーベリーが使われているということだけれど、ジュニパーベリーの精油の香りとはだいぶ印象が違っているように思えた。ジンとベルモットを合わせると、仄かにライチの香りがしたことを覚えている。

 ふと思いたって、小さめのグラスに氷を入れジンとベルモットを注いでみたけど、ライチの香りを感じることはできなかった。ベルモットが違うのかもしれない。ぼくの好きな味と香りには違いはないのだけれど。それにしても、買ってから半年もたつのに、ジンもベルモットもほとんど減っていない。

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