Ⅰ-13
「一人でずるいよ」そんなエリコの声が聞こえてきそうだ。
銀座の老舗洋食屋に何となく。そう何となく。
そうなのかなあ。はじめてここに来たのはあいつと。見合いの時に何も考えてなくて。結果的には何も考えていなかったことが良かったようだ。
「おいしいお店知っているので、行ってみましょう」言われるままについていった。
店は混んでいて、席が空くまでしばらく待っていた。ついさっき会ったばかり。何を話したらいいのかもわからずに二人ともうつむきかげんで。あいつは僕に合わせてくれていたんだろうか。緊張しているようには見えなかった。
しばらくすると席に案内されて、看板メニューというハンバーグを注文した。アルミホイルに包まれているらしい。あいつはなぜか炭酸水も注文した。
「おいしいでしょう」あいつがぼくに言った。
「おいしいね」と僕は答えたけれど、どんな味だったのかよく覚えていない。
それより僕は、隣の席の人が注文したメンチカツのことばかり気になっていた。今日僕はそのメンチカツを注文した。もともと結婚する気なんてなかったくせに、何であいつは僕となんか結婚したんだろう。メンチカツを食べながらそんなことを考えている。間違いなくあの時のハンバーグよりも今日のメンチカツのほうがおいしい。
「あたし絵を描いているの。銀座で個展を開くことが夢」
確かあの時あいつはここでそんなことを言っていた。あいつが絵の話をしたのは多分その時だけ。僕の記憶からはすっかり消えてしまっていた。
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