Ⅰ-12

「ねえ、クッキー食べていい」エリコが僕に聞く。

「クッキーなんてあったの」

「あったよ、そこの戸棚に。これ、手作りだよね」

 そうか、あいつが作ってたんだ。

「それ、湿気ってない」

「大丈夫だよ。サクサクしておいしい」

 もう食べてるんじゃない。でもあいつの手作りクッキーなんて食べたことあったかな。思い出そうとしたけれど、思い出せない。

「食べてみる」

 僕はエリコから渡されたクッキーを食べてみた。

「普通のクッキーだね」

「でも、手作りではなかなかこんな風にできないよ」

 エリコは少しづつ自分の荷物をこの家に持ち込みはじめていた。

「紅茶でも入れようか」

「レモンあるかなあ」

「ミルクティーでいいよ」

「ミルクティーって甘くない」

「砂糖入れなきゃそんなに甘くないよ」

 多分エリコは缶のロイヤルミルクティーのことを想像している。でもあの濃厚な甘さも嫌いではない。レンジで温めたミルクをカップに入れ、そこに紅茶を注ぐとやさしい香りが漂ってくる。まさに午後の紅茶。

 クッキーを食べながら紅茶をすする。CMで流れていたラヴィン・スプーンフルの「デイドリーム」。CDが見当たらず、ロイ・エアーズのコンピレーションを流した。「ミスティック・ヴォヤージ」のヴィブラフォンが心地よく響く。

「いつもこんな感じだった」

 エリコが僕にきく。よく考えてみると、こんなこと一度もなかったような気がする。

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