Ⅱ-10
あいつにとって季節の変化は感じても、年が明けたかどうかなんてあまり気にならないのかもしれない。
「冬は絵の具の乾きが悪くて、なかなか進まないの」
あいつの部屋はストーブもなく、重ね着で寒さをしのいでいるようだった。僕が訪ねていったときには、イーゼルの前のイスにただじっと座ったまま毛布にくるまっていた。
「何も考えてないわけじゃないのよ」
あいつの声がかすかに震えているように思えた。僕は家に置きっぱなしになっていたあいつのケータイを持ってきていた。
「充電してあるから、普段は切ったままでいいけど何かあったら使うといいよ。別に僕にかけてこなくてもいいから」
「わかった。そのへんに置いといて」
僕はケータイがうずもれてしまわないような場所を探したけれど、適当な場所が見つからなかった。キッチンのほうに行ってみると柱に打ち付けてある釘を見つけた。そしてそこにケータイのストラップを引っかけた。
「ありがとう」
あいつはキッチンにいる僕のほうを見ながらそう言った。意外にショートヘアーが似合っていた。少し若返って見える。
「たしかにここじゃストーブは危ないね。ねえ、なべどこにあるの」
僕は家から持ってきたタッパと切り餅をリュックから取り出した。あいつは毛布にくるまったままキッチンのほうに歩いてくる。
「汁を温めるから、もち焼いてくれる」
「何で焼こう」
「焼き網とかないの」
「あったかな」あいつはそのへんをゴソゴソしはじめた。
「お雑煮か。やっぱりお料理はあなたのほうがうまいよね」
「おいしい地鶏使ったからね。いいだしが出てる」
結局もちは焼かずにそのまま鍋に放り込んだ。それでもいい感じでやわらかくなっている。
「暮れに温泉に行ってきたんだ」
「あの子と」
「一人旅」
「地鶏が有名みたいで、宿で食べておいしかったから買ってきた」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます