Ⅱ-9
思いがけぬ雪で電車が動いていないらしい。どうして一人でこんなローカルな温泉に来ようと思ったのかは、自分でもよくわからない。何となくではあるけれど、あいつの気持ちがわかるような気がした。エリコは正月には大阪には帰らないようだ。
「別にスーパー銭湯でもいいのに。一応あそこも温泉だよ」
温泉に出かけると言ったとき、エリコは連れて行けとは言わなかった。家を出たとき外は穏やかないい天気だったけど、街では師走のせわしない雰囲気を感じることができた。上野から乗った特急列車の窓から寒々とした冬の景色が流れていく。しばらくすると空が急に暗くなり雪がチラついてきた。それでもその時は積もるようには思えなかった。
乗り換えの駅に着くと、冷たい北風が吹き、重たそうな雪がホームの中まで入り込んできた。線路にも積もりはじめている。
乗り換えのホームには二両編成の列車が止まっていた。黄色と赤に塗られた車両の派手な色使いがローカル感を増しているように思えた。車内にはパラパラと人が乗っているだけ。買い物帰りなのだろうか、中学生くらいの女の子が二人僕のほうを見ている。自分たちとは明らかに生活圏の違う、僕のような乗客は珍しいのだろうか。
「あたしずっとここにいていいのかな」
僕は窓の外の雪を見ながら、出かける間際にエリコが言った言葉を思い出していた。エリコはあいつのアパートに行ったようだった。二人で何を話したのかはわからない。多分あいつに聞いても教えてくれないだろう。そんなことを考えているうちに列車はすでに走り出していた。雪はさらに強くなり、窓から見える景色がどんどん変わっていく。女の子二人はちょっと心配そうな顔で話をしている。
駅に着くたびに車内にいる人が減っていき、二人の女の子が騒がしく降りていくと、車内は僕一人だけになった。窓が曇ってしまって景色が白くぼんやりしている。温泉のある駅で降りて、タクシーで宿に向かった。この辺は寒さのわりには雪はあまり降らないらしい。タクシーの運転手は少し困ったような顔をしていた。
「ヒロさんの奥さんの絵見たよ」エリコがぼくに言った。
あいつは僕より先にエリコに絵を見せたのか。
「絵のことはよくわからないけど、すごくいいと思った」
僕は夕食に出てきた地鶏の焼き物をつまみながら日本酒をチビチビやっている。日本酒を飲むのは本当に久しぶりだった。ここの地鶏は有名で親子丼も美味しいらしい。あいつはあの部屋で寒くないのだろうか。もう少しであいつのいない二度目の正月を迎えようとしている。そういえば去年は一人っきりの正月だったけど、いつになく穏やかで落ち着いていたことを覚えている。解放されたような気がしていた。
雪で覆われた露天風呂は体を芯から温めてくれる。外に出ても寒さは感じなかった。そしてしばらくして寒さを感じたら、また風呂に入る。その繰り返し。僕は年が明けることに少し不安を覚えていた。雪はすっかり上がっていて月がよく見えた。
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