Ⅱ-8

「久しぶりに風呂に入った」

「そんなことないよ」あいつは少し顔を膨らませた。

「あんな部屋でもちゃんとお風呂はついてるんだよ。たまにめんどうになる時はあるけど」

 ベッドのシーツにくるまりながらあいつが言う。僕にはどうしてもあの部屋と風呂が結びつかなかった。

「そろそろ髪切ったら。家にいた頃はちゃんと美容院に行ってたじゃない」

「それじゃ、あなた切ってよ」

「ここで」

「あとでいい」そう言いながらあいつは僕の体に腕をからめてきた。

 僕はあいつの体を受け止めながら、顔を覆っていたあいつの髪をかき分けてキスをした。あいつはあいつのままなのに何でこんなに違うんだろう。まるで初めて恋をしたときのような気持ちになっている。そしてそれは多分僕だけじゃない。

 一緒にあの家で暮らしていたときには感じることができなかったこの感覚。言葉ではなく肌から伝わってくるこの感覚は、あいつと再会した時からはじまっていたような気がする。あいつは僕の腕をすり抜けるようにして床にすわり込み、タバコを一本箱から取り出して口にくわえた。そして僕のライターで火をつけた。

 僕もあいつの前にすわってタバコを口にくわえた。あいつは口にくわえていたタバコをぼくに渡す。僕がそのタバコを使ってタバコに火をつけると、あいつは僕がくわえていたタバコを取ってあいつの口にくわえた。僕はあいつのくわえていたタバコを吸う。

「いつ覚えたの」

「吸ってたよ。あなたに会うずっと前から」

「仮面かぶってたのかな。でもそれが自然だったの」

「いつからなの」

「何が」

「それが自然じゃなくなったの」

「いつからかなあ」そう言ってあいつは悪戯っぽく笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る