Ⅲ-2

 イーゼルに置かれた絵のとなりでカップのきつねうどんをすすっている。エリコが箱ごと置いていった関西風のカップうどん。だしの利いた透明なつゆを、この寒い部屋ですすると優しくあったかい気持ちになる。

「うどんはやっぱりこのつゆでないとダメ」

 エリコがよくそんなことを言っていた。僕は濃い口しょうゆの複雑な味のする関東風のつゆも好きだ。

「こんなのでよかったの」

 奥の部屋にいるあいつは、少し青い顔をしてソファーの上でうどんを食べている。

「病院に行ったほうがいいんじゃない。保険証は持ってるよね」

「いいの、熱下がったみたいだし」

「それだけ食べられれば大丈夫だろうけど、気をつかわなくてもいいんだよ。今でも僕らは夫婦なんだし」

「そうだね」あいつは少し間を置いて答えた。

僕のとなりにある絵はまだ描きかけのようで、部屋が暗いせいもあって何が描いてあるのかよくわからなかった。こんな暗い部屋でちゃんと絵が描けるのだろうか。やはりこれはあいつの心の目で見た風景。

「そんなんじゃないよ」あいつが僕にそう言う。

 僕が驚いてあいつのほうを見ると「あなたの考えていることぐらいわかる。それは具象画。心象風景じゃない」とあいつが言った。

「おかゆ買ってきたから温めて食べて。それともしばらく家に戻ってみる」

「あの子は帰ったの」

「帰ったよ。大阪にね。今はまた一人で住んでる」

 あいつが戻ってくるとは思わなかった。食べ終えたカップを片付けた後、僕は部屋を出た。

「またのぞきにくる」

「ありがとう」ドア越しにあいつの声が聞こえた。

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