Ⅲ-3
いつもより日差しが暖かく感じられた。風が吹いていないせいかもしれない。街にはまだ正月ののんびりとした雰囲気が漂っていた。久しぶりの有給を使って古本屋街を歩いている。平日の午前中。人通りも少ない。画材屋の前に来てみると陳列してある絵が変わっていた。売れたのだろうか。中をのぞくと店主の姿が見えない。店は開いているようなので、中に入って声をかけてみると店主のじいさんがカーテンの向こうから出てきた。そして僕の顔を見ると
「風邪をひいたみたいだ」と言った。
どんな症状か聞こうと思ったけれど、ちゃんと答えてくれるのだろうかと躊躇していると「熱があるようだ」と老人が言う。ゆうべの着信はあいつからだったけれど、電話をとる前に切れてしまった。かけなおしても応答はない。ゆうべのうちにあいつのところに行かなかったことを少し後悔した。
「大丈夫死にはしない」
老人はそう言いながら珍しく店内を歩き回っていた。商品のチェックをしているようだ。
「いつもはあの子に任せているんだが、今日は自分でやらなくちゃいけない」
少し腰は曲がっているけれど、老人の足取りはしっかりしていた。
「絵を見せてもらったか」
老人はチェックをつづけながら僕にきいた。
「いえ、まだちゃんとは」
「そうか。やはりあんたには見せたくないのかな」
「雑煮うまかったそうだな。あの子が言ってた」
「あの子は俺にも雑煮を作ってくれたよ。雑煮なんて食べられるとは思わなかった」
老人はずっとぼくのほうを見ずに話している。
「早くいってやれよ」
「そうします。ありがとうございました」
「こちらこそ」
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