Ⅲ-6
「ねえ、覚えてる」
大きなメンチカツにナイフを入れながら僕はあいつにこう言った。
「なに」
あいつはスプーンでオムライスをすくっている。
「初めて会ったとき、銀座で食事したよね」
「お見合いした日」
「そうお見合いした日」
「あのとき、隣の席の人が食べていたメンチカツがすごく気になってて」
「そうだったんだ」
僕が髪を切るのを失敗したせいで、あいつの髪はさらに短くなっていた。はじめて会った時のことを話したのに不思議と懐かしさは感じられない。食事と一緒に赤ワインを一杯ずつ注文した。僕もあいつも家では酒を飲まなかったので、こうして二人で酒を飲むのは初めてかもしれない。二人で暮らしていたときの記憶は実に曖昧だなと思いながら、ワインを一口飲んだ。
「おいしいワインだね」あいつが言う。
「いつ出発するの」
「桜が散るころかな」
「そろそろ咲きそうだね」
「そうだね」そう言ってあいつが微笑んだ。
すっぴんでショートカットのあいつがやけに可愛らしく見える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます