Ⅲ-6

「ねえ、覚えてる」

 大きなメンチカツにナイフを入れながら僕はあいつにこう言った。

「なに」

 あいつはスプーンでオムライスをすくっている。

「初めて会ったとき、銀座で食事したよね」

「お見合いした日」

「そうお見合いした日」

「あのとき、隣の席の人が食べていたメンチカツがすごく気になってて」

「そうだったんだ」

 僕が髪を切るのを失敗したせいで、あいつの髪はさらに短くなっていた。はじめて会った時のことを話したのに不思議と懐かしさは感じられない。食事と一緒に赤ワインを一杯ずつ注文した。僕もあいつも家では酒を飲まなかったので、こうして二人で酒を飲むのは初めてかもしれない。二人で暮らしていたときの記憶は実に曖昧だなと思いながら、ワインを一口飲んだ。

「おいしいワインだね」あいつが言う。

「いつ出発するの」

「桜が散るころかな」

「そろそろ咲きそうだね」

「そうだね」そう言ってあいつが微笑んだ。

 すっぴんでショートカットのあいつがやけに可愛らしく見える。

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