Ⅲ-5

 ふらふらと風が動いている。穏やかだった昨日から一転して、寒々とした一日になっていた。この時期らしいといえばこの時期らしい。コンビニで食料と飲み物を買って、暗く静まりかえった道を歩いている。雪になるかもしれない。僕は光のとどかない暗い空を見上げた。コンビニの袋を持った指が寒さで固まっている。袋を持つ手を変えて、かじかんだ手をコートのポケットに入れた。あの部屋に着いてもこの寒さは変わらないのだろうか。風がしのげるだけでもいいのかもしれない。

 僕が道路を渡ろうとすると、一台の車が僕の前を通り過ぎた。遠ざかっていく車のテールランプを見送り、僕は道路を渡った。あいつのアパートの錆びついた鉄の階段。凍てついた手すりには触れずにゆっくりと上っていく。キッチンの窓からかすかに光が漏れていた。

「もう大丈夫なの」部屋に入るとすぐ僕はあいつにきいた。

 あいつは薄暗い明かりの中、相変わらずキャンバスに向かってすわっている。こんなぼんやりとした明かりなのに、昼間よりも部屋の中がはっきり見える。

「気をつかわせちゃったみたいだね」

「そんなことないよ。夫婦なんだし」

「そうだね」

 あいつは毛布にくるまったままじっと絵を見ている。絵筆は持っていない。

「考えてるの」

「見てるだけ」

「いいよね。その絵」

「そうかなあ」

「寒くないの」

 僕はあいつのおでこを手で触ってみた。

「もう、熱はないよ。ちゃんと食べたし」

「ミルクティー買ってきたんだ。飲む」

「今はいい」あいつはずっと動かないまま。

 僕は手に取ったミルクティーで手を温めている。 あいつはちゃんと絵を見ているんだろうか。絵に焦点が合っていないような気がした。それでもあいつは何かを見ている。

「食べ物と飲み物はキッチンに置いておくね」

 この寒さなら冷蔵庫は必要なさそうだ。でも、ミルクティーは冷めてしまう。僕はまだあったかいミルクティーをあいつの手に握らせた。あいつの手はカサカサに乾いている。僕はその手を自分の手で包み込んだ。

「あったかいね」あいつが言った。

「雪降ってた」

「降ってきそうだったけど、まだ降ってなかったよ」

「そう。早く暖かくならないかな」

「じゃますると悪いから帰るね。無理しないで」

「大丈夫。朝になったら寝るから」

 僕がドアを開けると外から風が吹き込んできた。雪が降り始めたようだ。

「ねえ、あなた。あたし暖かいところに行きたい」

「戻ってくる」

「今はいいの」

 あいつはあの家では絵は描けない。僕にはよくわかっていた。

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