Ⅲ-11

 僕が風呂から上がるとエリコはビールではなくカクテルを飲んでいた。

「ごめんね、勝手に飲んでる」

 そう言ったあとエリコは僕にも同じものを作ってくれた。

「冷蔵庫のぞいたら入ってたから」

 ノイリープラットは冷蔵庫で冷やしていた。ボンベイサファイヤは隣の食器棚の上に置いてある。

「いいね」一口飲んで僕が言う。

「エリコブレンド」

「気持ちジンが少なめかな」

「炭酸水で割ってもおいしいよ」

「暑いときはその方がいいかも」

 カクテルを飲みながらエリコは壁にかかった絵をじっと見ている。

「奥さんが描いてた絵やね」

「あいつにもらったんだ。額縁は画材屋のおじいさんが用意してくれた」

「幸せそう」

「何が」

「ヒロさんと奥さん。お似合いの夫婦や」

 エリコが僕を見て微笑んだ。

「ほんまに好きやった。はじめて大阪で会うた時から。ここで目が覚めたときは奇跡やと思った」

 エリコはグラスを片手にじっと絵を見ている。エリコの目が少し潤んでいるように思えた。あいつは具象画と言っていたけれど、やはりこの絵はあいつの心象風景なのだろう。あいつとこんな笑顔で肩を並べたことなんて一度もなかったから。

 多分あいつは今頃小笠原に向かう船の上。桜の散る前に旅立ってしまった。

 エリコは朝早く家を出ていった。仕事で人と会うらしい。

「ヒロさん、今度はちゃんと天神祭りの花火見せるから、また大阪に来て」

「ゲイバーに行くの」

「行かへん」

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ジンとベルモット 阿紋 @amon-1968

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