Ⅰ-9

「よく眠れた」そう言って僕はコーヒーをカップに注ぐ。

 彼女はまだ状況が把握できていない様子。それでもキッチンのテーブルにすわって、僕からコーヒーの入ったカップを受け取った。

「酔っぱらってました」

「そうとう」

「そうなんだ」

 彼女はコーヒーを飲みながら部屋の中を見ている。

「あなたの家ですか」

「そう」

「このパジャマ」

 彼女は不安そうな目で僕のほうを見ている。

「着替えるように言ったんだけど覚えてない」

「覚えてないです。誰のパジャマですか」

「嫁さんのだよ。出ていっちゃったけど」

「ねえ、大阪で会ったよね」

「あたしと」

「幼稚園の先生だよね」

 彼女はしばらく考え込んでいる。

「天神祭りの日に屋上で花火を見て、ゲイバーに行って」

 彼女は返事をせずに大きな目でこっちを見ている。僕はその目を避けるように朝食の準備をはじめた。

「玉子の焼ける匂いって好き」彼女はそう言ってフライパンをのぞきこんだ。

「名前聞いてもいいかな。僕はヒロ」

「あたしはエリコです」

 朝食を食べ終えると、エリコは急いで支度をして家を出ていった。そしてすぐに戻ってきた。

「駅に行く道がわかりません」

「待ってて、一緒に行こう」

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