Ⅰ-8

「ねえ、上と特上どっちにする」

「この前来た時は上だったけど」

「それなら今日は特上にしない。それとビール」

「まだ飲むの」

「二人で一本だよ」

 ビールを注文すると、うなぎの佃煮がついてきた。ちょっとほろ苦くてビールによく合う。

 うなぎ屋の扉を開けると中は満席のようだった。おかみさんが空いたばかりの小さなテーブル席を片付けてくれてそこに案内してくれた。

 注文を受けてからさくので、出てくるまでに時間がかかるようだ。ビールを飲みながら出来上がるのを待つ。

「今日はすいてるかなあ」

「どうだろう。外まで並んでいたらやだね」

「傘さして待つのはね」

「せっかく上がっても、ぼやけて何も見えない」

「そうだね」

 飲んでいたビールがなくなるころ、おかみさんがうな重を運んできた。ふたを開けた途端に鼻をくすぐるこうばしい匂い。エリコはこっちを向いてニコニコしている。

 山椒を軽く振ってはしを入れる。さくっと切れたうなぎとご飯を合わせて口の中に。見た目ほどしつこくなくあっさりしている。レトロな店内からは想像できないくらい上品な味。フワっとやわらかいのに、焼いた食感を失わない絶妙の焼き加減。「幸せになる味だね」

 エリコの笑顔。ぼくも笑顔を返す。

 それからは会話もなくなり、ひたすらうなぎとご飯を口に運ぶ。そして完食。エリコもぼくとほぼ同じペースで食べていた。一息ついたところでおかみさんがお茶を出してくれる。

「ごちそうさま」そう言ってエリコがはしを置いた。

 しばらく余韻に浸りたい気分だったけれど、入口の扉が開いてお客さんが中をのぞいたのでお茶を飲みほして外に出た。

 あいかわらず外は雨が降っている。

「帰ろうか」

「水族館に行ってみようよ。あそこはそんなに混んでなさそう」

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