Ⅱ-4
盆の休みに入っていた。今年も猛暑がつづいている。エリコは大阪の実家に帰ると言って出かけていった。実家に帰るのはこっちに来てからはじめてらしい。
「地元の友だちと話してると、つい出ちゃうんだよね」
電話を切ったあとエリコがそんなことを言っていた。僕に電話を聞かれたと思ったらしい。そういえばあいつがいた頃も、盆にはあいつ一人で実家に帰っていた。
少し涼しくなってから外に出かけた。盆に世間は動かないといっても、古本屋街にはそこそこ人が出ている。画材屋をのぞいてみると、自ら世間と縁を切ったとでも言いたげに、老人が睨みを利かせている。僕は老人の視線を感じつつ中に入っていく。
「今日はいない」唐突に老人が僕にこう言った。
どうやらぼくがここに来た目的がわかっているようだ。あいつは実家に行ったのだろうか。あの格好で。それはないような気がした。
「あんたはたいしたもんだ」
老人の表情が少しやわらかくなっているように感じた。さっきまでの睨みを利かせた表情とは明らかに違っている。僕は老人の言葉に少しだけ作り笑いをして答えた。
「あの子の絵を見たことがあるか」
「一度もないです」
老人はおもむろに立ち上がると、カーテンで仕切られている店の奥のほうに入っていった。あいつの絵があるのだろうかと待っていたら、メモの切れ端を持って戻ってきた。そしてその切れ端を僕に渡した。僕は老人からもらったメモの切れ端を握りしめて、いつもより人通りの少ない街を歩いていく。
浴衣を着た女の子たちが川のほうに向かって歩いている。僕が橋にさしかかった時、花火が上がった。川からは涼しい風が吹き上げている。こんな風に花火を見るのは久しぶりだと思った。
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