第17話 両親の想い
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やってきたのは生前お父様とお母様が使っていた書斎。
懐かしい匂いが香るこの部屋に入るだけで彌莉は昔の事を少し思い出した。
幼き日の毎日が幸せだった日々のことを。
広さは十二畳程度で壁一面にはビッシリと隙間を埋め尽くすほどの本の数々。
そこには普段お目に書かれないような貴重な文献も幾つかありと、調べ物にはうってつけの空間ではあるのだが、彌莉はそんな本には目もくれず書斎に置かれた黒いテーブルと黒い椅子にゆっくりと座る。
「懐かしいな、この場所。あの日から一度も来てなかったけ……」
昔よく一人になりたい時に来ていた懐かしい思いでの場所。
そして机の一番下の引き出しにある本を一冊手に取り広げる。
それは両親の生前日記のような物であり、色々な事が書かれている。
中を一度も見た事はなかったが、いつも彌莉の近くで日記を書いていた二人の光景は今でも鮮明に覚えている。
「過去を知るために、過去を綴った物を見る。なんかあんまり気が進まないな……」
昼間、自身に誓った。自分勝手でエゴの塊であるが、それでもこんな自分を大切に思ってくれる人がいるなら今からは怖くても自分のためじゃなくて、自分と大切な人のために頑張る。それを実現するために、彌莉は過去から逃げるのではなくこれからは向き合い受け入れ、弱い自分から卒業しようと気合いを入れる。
『私達は正しく導けるのだろうか、優美を。そして彌莉を。
神の力を持って生まれた優美。彼女はこの先ルシファーの力を継承する者から狙われるだろう。なぜなら優美はかつて神々の戦いにおいてルシファーを倒した存在を継承したのだから。そうなるとこれから優美を護る為の手段が必要となってくる――』
これは間違いなく二人の筆跡で語られていた。
文章は続く。
『そして彌莉。養子として引き取った時から違和感を感じていた。彼もまた天に選ばれし者だろう。優美を護る最強の盾としては申し分ない。だが私達は愚かだ。天に才を与えられた二人はいずれにせよ真っ当な人の道を歩むのは難しいとわかっていながら普通の幸せな人生を与えてやりたいと願ってしまった』
「優美の力についてご両親はやはり生まれた時から知っていたのか……」
遥が知っていたのだから、実の両親が知っていても何も不思議ではない。
『だから二人をちょっとだけ騙す事にした。優美には天使の脈はあるが天使の力はないと。その分私達は夫婦で二人を護る運命を歩むことにした。二人は戦場に出るには性格が優し過ぎる。とてもじゃないが今は親として認められない。だから二人が真相にたどり着くまでは周りにお願いして必要最低限の情報以外は開示しないようにお願いした。いずれ知るその時まで。後天的な力の覚醒までおおよそ二十年はかかると見ている。その時までに優美と彌莉には全てを説明しなければならないだろう。それがタイムリミットであり、敵のタイムリミットでもあるからだ。大天使ミカエルの力だけではその真価を発揮してもルーミアは倒せないだろう――』
まさか、優美の秘密に両親が関わっていたとは思いにもよらなかった。
だけどこれで納得ができる。
遥がなぜこのタイミングで自分達ですら知らない秘密を知っていてそれを開示してきたのか。王族である以上この事実はずっと前から知っていたのだろう。それは二人が生きている時ぐらいから。
「勝てないか……」
彌莉は天井へと視線を移す。
頑張っても勝てない相手だとは薄々勘付いていた。
大天使ミカエルの力が完璧に使える使えない以前の問題で天使の力を超えた存在。
それは大天使ミカエルの力もそうだが、ルシファーの力も同じこと。
他国の戦績を見ていたらわかるのだが、ニスロクという別の天使の力を受け継いだ者との戦争で神の力を受け継いだ者が過去に一人敗北している。天使の力やそれを超える力の扱いでそもそも善の人類は悪の人類に負けているのだ。要は優秀な力は優秀な使い手を選び、そうじゃない者が扱えば本領を発揮できずに負けると言うわけだ。あくまで力の優越は完璧にその力を扱えての格差でありそうじゃない場合にはただの目安でしかないと言うわけだ。
『二人にはただ幸せになって欲しい。叶うなら戦いのない平和な世界で暮らして欲しいと強く願う。だが現実は非常だ。なら愛する者のために私が剣を手に取り戦うとここに誓う。例えそれで死ぬことになっても後悔はない。なぜなら私は、いや私達は、優美と彌莉の親なのだから。親が子のために戦うは当たり前のこと。近々来るであろうルーミアから必ず二人を護るとここに誓う』
ため息をついて彌莉。
二年前のあの日。
二人はとっくの昔に覚悟を決めていたと知った。
――即ち、何が合っても子供を護る、という強い覚悟を持っていたから。
二人は最後まで立ち向かい、全力で我が子を護りぬいたということだろう。
その結果、心を荒波に持っていかれた二人の少年少女の姿は――。
天から見た時にどう思われていたのだろうか。
「こんなにも愛されていたんだな俺達……」
次のページをめくっていく。
目下が熱くなってきた。
それから心の中にある嵐と大海の海を押しのけて胸の中にある物が熱を持ち始める。
『もしこれを優美と彌莉が読んでいるとしたら――』
その文章に彌莉の目が大きく見開かれた。
まさか、自分達が死んだことを前提とする言葉が綴られているとは思ってもいなかったからだ。
『申し訳ない。恐らく私達はこの世にはいないのだろう。だがそれも運命の理に過ぎず。まず彌莉。お前はいつも自分の感情より周り(特に優美)の感情を優先する子だった。だけどそれは時として周り(特に優美)を傷つける結果にしかならない。自分の信念を持ち、これからは行動しなさい。さすればお前はもっと強くなれるだろう。そして優美。愛している。私達の元に生まれて来てくれてありがとう。いつも素直で笑顔溢れる優美が私達は大好きだった。もう見れないと思うと残念だが、それよりも伝えておきたいことがある。お前は本当に辛い時こそそれを言葉にしない悪い癖がある。上手く隠しているつもりだろうが親の私達から見たら不器用だなといつも思っていた。これからは心が潰れる前に誰かに相談をしなさい』
本当に自分達のよく見ていたと実感させられる言葉に胸の奥が熱くなる。
『最後にこの言葉を送る。お前達はいつも自分達を低く見る悪い癖のせいで物事の本質を何一つ理解していないのに理解しているつもりになっている。忘れるな、この世界の平和は誰かの犠牲の上に成り立っていていることを。迷ったらまず最悪を想定してから動いてみるといい。例えば自分の命を掛けてでも護りたい大切な存在を失った世界に何が残るのかを。私達はそれを考えた時、優美と彌莉の笑顔がない世界は嫌だと思ったから行動したまで。もし気が向いたら天にいる私達の元に来ると良い。出来ればそうならない事を祈っているが……』
心の中で何度も響くメッセージ。
今いる世界は誰かの犠牲の上に成り立っている。
まさにその通りなのかもしれない。
今度は書斎にある小窓から見える夜空を眺めて。
想像はつく、と彌莉。
彌莉だけじゃなく、戦争で家族を失った者達は大勢いるだろう。
その一人がいつも気付けば側にいた遥。
彼女もまた戦争を通した病で両親を亡くしている。
だけどそんな彼女は前を向いて今を生きている。
そして彌莉と優美はその反対。
対照的な存在でありながら仲良しでいられるのはきっと――。
遥があの日からずっと二人を密かに支えてくれているから、だと思う。
領土を失い、ジリ貧ではあるが追い詰められているこの状況。
資源・食料の減少は遅かれ早かれ貧困問題を作り出す要因になる。
食料を作ろうにもルーミアとその眷属の役割を果たすドラゴンによって既に奪われた農地は使えない。そうなると今度は職を失い路頭に迷う者達が出てくる。
最初はオルメス国が面倒を見る事ができるだろうが、それも数が増え長期化すれば破綻するのは目に見えている。
――だからこそ、少しでも早い事態の解決が必要となってくるわけだ。
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