第33話 決着 勝った正義と救われた正義


「お願い。家族を護る為に力を貸して!」


 巨大な魔法陣が高速回転を始める。

 それとほぼ同時に優美が叫んだ。

 持っていた槍がバチンと音を鳴らしたかと思いきや。

 青白い火花を散らし、槍に纏わり付く。

 すぐに青白い火花は青白い稲妻へと変わり、バチバチと音を鳴らして放電を始める。

 まるで槍から雷が生み出されているかのような光景に彌莉はようやく府に落ちた。


「――雷霆!」


 ルーミアの最強とも呼べる『支配者の一撃』が三人に向けられた。

 今度は螺旋の回転速度を上げ威力を最大値にしたと思われる一撃が放たれた直後、彌莉は優美の叫び声を聞いた。


 それはただ護られるだけの無力な妹の声なんかじゃなかった。大切な家族を護るため勇敢にも立ち上がり、それぞれの正義がぶつかり合う戦場で優美が初めて見せる成長した姿であり声だった。


 優美の持つ、一・五メートル近い長さの槍が空気を切り裂く音を発しながら飛んでいく。まるで雷が意思を持ち動いているかのように、閃光の軌跡を残す速度で『支配者の一撃』に襲いかかる。


 巨大な力が衝突し凄まじい衝撃波を放つも、二つの力はお互いがお互いを切り裂こうと激しい光を放ちながらぶつかり合う。正面から受けてたった優美の一撃にこれが神の力の一端だと正しく理解する彌莉。これが完全に目覚めた日には確かに他国からすれば脅威になるだろう、と思う。だけどルーミアの本気はここからだった。


「へー、全力の『支配者の一撃』と対等の一撃。でもね、誰も最大手数が一つとは言ってないわよ」


 その言葉にビクッと身体が反応した彌莉と遥。


「私言ったわよね。最大手数は七つだって」


 巨大な魔法陣は遠心分離機のように高速回転しながら二つ目、三つ目、四つ目、五つ目、六つ目、七つ目、と『支配者の一撃』を量産し進路上にある弾幕の雨すらかき消して優美一人へと向けられた。


 まるで、最大脅威が変わった。この際生死は問わないと。正にルーミアの正真正銘の本気。夜空を照らす大胆に照らす光はまさに逆らう者を許さない圧の暴力をこれでもかと言いたくなるぐらいにばら撒いている。


「私、いつ本気って言ったけ? 私が今使える力は恐らく三割程度。それも後数秒が限界。だけど勘違いしないで! 私の大切な家族に手を出すってんなら容赦はしない! 彌莉がなんと言おうが私は彌莉を傷つけたアンタを簡単には許さない! 雷霆! その身を持って大天使を導いて!」


 優美の言葉に反応するように夜の空に漆黒の雲が巨大な魔法陣の上にやって来てはゴロゴロと音を鳴らし始める。まるで神の怒りをそのまま体現したような雷雲はバチバチと眩しい光を放ち、激流にも負けない音と、軍勢の怒号にも負けない凄まじい音を立てていく。


 ――ドンッ!!!


 瞬きした刹那の瞬間。


 神――優美の怒りを具現化したとも見える一撃が巨大な魔法陣を粉々に破壊し焼き付くした。まるでガラス細工を破壊するのに落雷の一撃を使ったように、魔法陣は粉々になって燃え尽きながら地上へと降り落ちていく。これが優美の優しさであり正義なのかもしれないと彌莉は見て思った。今の一撃を巨大な魔法陣ではなく、もしルーミア自身に向けていたら恐らくルーミアは一撃で倒れて(死んで)いたと思う。そう思う程に優美の一撃は圧倒的で格の違いを見せられた気持ちにさせられた。ルーミアが言っていた『優美は超が付く天才』だと、正にそれは正しかった。


 巨大な魔法陣が消えた事で『支配者の一撃』は力の供給を失い消滅、しかし雨の弾幕はルシファーの力を予めその球体に宿しておりまだ残っている。そして最大の攻撃力を失ったルーミアが指をパチンと鳴らすと、球体が鋭利な刃物のような形状へと変化する。それは冷凍庫などにできる先端が鋭い氷柱のような形をしている。それが広範囲ではなく今度は風の力を得た雨粒のように三人のいる場所だけに向けられる。


「ごめん……、もう私限界……」


 膝から崩れ落ち、凄い汗を額から流す優美の声は疲弊しきっていた。たった二撃。だけどその二撃がルーミアの切り札を打ち破った。しかしルーミアから見ればこちらも真の最強とも呼べる切り札を使い切ったようなもの。冷静に状況を分析し判断できれば動揺するに値しないのかもしれない。事実、ルーミアの表情は何一つ先ほどと変わっておらず、ずっと無表情のまま。


「……後は……お願い、二人共」


 優美の言葉を聞くと同時に今しかないと両足に力を入れる彌莉。




「後は頼んだわ、私は最後まで彌莉を信じてる」


 そして、最早凶器とも呼べる雨の弾幕の僅かな隙間を見つけた遥が距離にして十メートル先へと彌莉を飛ばしルーミアとの距離を一気に詰めさせてくれる。同時、足の裏に溜めたエネルギーを爆発させて彌莉が一気に駆ける。


 だが、ルーミアは落ち着いている。

 右手のひらを空へと向けて振り下ろす。


 たったそれだけの仕草で三人に向けられていた弾幕の雨が彌莉一人に標的を変更し、本来ではあり得ないタイミングで方向転換し襲い掛かってきた。


 この数はマズイ!

 本能がそう語りかけるも足を止めるわけにはいかない。

 もし止めてしまえばそれこそ最後の希望を失うことになる。

 致命傷となる攻撃だけを避け、最短ルートで駆けて行く。

 前へと一歩進むたびに増えていくかすり傷。

 せっかく塞がった傷跡を抉るように弾幕の先端が彌莉の身体を蝕んでいく。


「彌莉! だめぇー! そのまま行ったら死んじゃう!」


「バカ! それは無謀よ! 避けなさい!」


 優美と遥の叫び声が聞こえた。


「もう私も遥も援護する力はない! 次捕まったら……――」


 優美は奥歯を噛みしめて、勇敢に立ち向かう男の背中に向かって腹の底から声を発する。


「――行けーーー! 私の英雄(ヒーロー)!」


 それに続くようにして。


「そのまま振り向かずに行きなさい! そして私の英雄(ヒーロー)になって彌莉!」


 彌莉は振り向かない。一言も答えない。

 そんな余裕は最早ない。

 二人の願いが叶う距離にして後数歩。

 二人の言葉の意味を正しく理解し気持ちを正しく汲み取ったからこそ、ここで退くわけには行かない。

 だからこそ彌莉は前へと進む。


「来るな! 私をこれ以上苦しめるな! 私を救える者は誰もいない! だから邪魔をするな偽善者気取りの英雄(ヒーロー)がぁ!!!」


 ようやく無表情から人間の表情へと戻ったルーミアが遂に叫び声をあげた。

 そして本心をむき出しにした。

 彌莉は今しかないとルーミアの元へと一直線に駆け近づいていく。

 後、三歩。

 ――ようやくここまで来た。

 後、二歩。

 ――とても長く感じた、時がようやく終わる。

 後、一歩。

 ――これでチェックメイトだ!


「まずっ――逃げて。囲まれてる!!!」


 ゾーンに入った彌莉にもハッキリと聞こえる程の大きな声は優美の叫び声。

 両目の瞳だけを動かして状況を把握すると既に弾幕が彌莉を射程圏内に捉えており見える範囲は全て逃げ道をふさぎ殺しにかかっていた。となれば当然見なくても後方も既に囲まれていて、包囲されているのだろう。


 だけどそれはこちらも同じ。


 ルーミアの射程圏内であると同時に彌莉の剣の射程圏内でもある。

 今度はルーミアの怒りを体現したような数による暴力を目にした彌莉は思った。

 これを一撃でも受けたらそこから数え切れない程の弾幕が身体を貫いて、きっと大怪我だけは済まないかもしれないと。

 ゾーンに入った状態の今ならできるかもしれない。

 攻撃を止めて回避行動に全てのエネルギーを注げば、少なくとも生き残る事は出来る。回避先にある弾幕を斬れば道は切り開けるのだから。


 だけど、


「だから言ったのよ! 私達は人間兵器、邪魔する者を消すしか脳がない兵器だって! なんで邪魔するのよ! なんでそうやって親子揃って無駄な命を散らそうと抵抗するのよ!」


 ルーミアの瞳から流れた雫が彌莉の目にハッキリと映った。


「――るせぇ! 無駄な命? それを決めるのは紛れもないこの俺だ!」


 物理限界を超えた速度を引き出すのに使っていたエネルギーを今度は両手へと集中させて振り回す。全く持って無駄のない動きで、剣の軌跡が描く芸術作品のような一瞬の煌めきを夜の世界へ見せつけた彌莉はまるで鳥かごのように彼女を護り閉じ込めていた結界を破壊した。


 もうどんなに頑張っても襲い掛かる弾幕の回避は間に合わない。

 目の前には大切な人を人質に使われ、涙し望まぬ殺戮を強いられる少女。

 後ろには最後まで彌莉を信じてくれた少女が二人。

 少年と少女達の願いどちらかを取ればどちらかが叶わない。

 そんなことは百も承知。

 だからこそもう迷わない。

 ルーミアと戦う覚悟を決めたその瞬間から自分の保身は最初から考えていない。

 ただ目の前にいる大切な人達の未来のために彌莉は戦っていた。

 そのついでに目の前にいる少女も救えるのならついでに救ってやる、ぐらいには流石の彌莉も心が広い。


(大天使ミカエル! 頼む! これで全てが終わる、だから――)


 彌莉は左手で持っていた剣を投げ捨て、右手の剣に全ての力を集約する。

 まるで優美がしたように、そしてルーミアがしたように、これが俺の切り札と言わんばかりに、


(俺が本当の英雄(ヒーロー)になれるその瞬間まで力を貸してくれ!)


 そして――。

 彌莉は剣先をルーミアの心臓へと向けて貫く。

 手前、剣を再構築し形を変形。

 剣先が丸みを帯びた形になり、殺傷能力を限りなくゼロにした。

 するとルーミアは激痛に顔を歪め、肺にある息を半ば強制的に吐き出してしまった。


「グハッ!? そ、んな、この私が……ま、けるなんて……」


 ようやく負けた事で悔しそうな顔をしつつもどこか安堵したような表情で背中から地面に落ちていくその姿はまさに一人の少女が簡単には抜け出せない地獄からようやく抜け出せた時のよう。本当にたった、こんだけのことで、誰か一人が救われるとは、世界とはまだ慈悲深いのかもしれない。


「――お見事、負けちゃった……ごめんね、アルビオ……、お姉ちゃん負けちゃった……」


 地面に背中を付け、涙を流し、ルーミアが呟いた。

 勝敗は完全に付いた。

 彌莉たちが勝ち、ルーミアが負けた。

 だけど弾幕はまだ消えていない。


 彌莉の身体に赤と白の弾幕が襲い掛かってきた。

 瞬間、悲鳴に似た声が聞こえてきた。

 だけどもう誰の声かを認識するだけの力は時すでになく。

 死にたいとなった彌莉の身体は赤い鮮血を全身から零しながらルーミアのすぐ隣へと顔面から落ちていった。

 それでも、ルーミアへ怒りを向ける事はしなかった。

 変わりに微笑みを向けて倒れる。

 もう指先の一本すら動かせないぐらいに力を失った彌莉。

 それでも微笑みを崩す事はない。

 まるで神のように敵対した者にさえ慈悲深さを見せつけるように。

 そして彌莉の意識は三途の川へと直行した。


『――報告致します。対象の確保成功。今から帰還します』


 夜二十二時。

 時計の針がその時刻を示す時間、そんな声が女王陛下が耳に付けていた小型無線機から聞こえてきた。

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