第32話 大天使ミカエルとの同調


「彌莉!」


 だけど反応する余裕は最早一ミリもない。

 神経の一本すら気が抜けない状態の彌莉の肩に何か触れると視界が歪んだ。

 それと同時に螺旋状に回転した光線が空間を引き裂く音と一緒に真っ直ぐ誰もいない場所へと向かって飛んでいく。


 そして隣にいる遥を見て自分が助けられたのだと理解する。


「天使の力を使って助けてくれたのか……助かった。ありがとう」


「……えぇ、どういたしまして」


 どうやら彌莉を助ける為と二人で逃げる為に天使の力を使っただけで遥は息苦しそうにしている。それだけルーミアから受けた傷が深いのだろう。気付けば優美も近くにいる。だけど彌莉の息もあがっており、既に口で息をしている。対して視線を少し遠くに向ければルーミアが要るわけだが、まだまだ余裕があるように見てとれる。


「あれは『支配者の一撃』。……かつてルシファーが地獄で編み出したとされる必殺の一撃……正面から受けては危険……」


「あれ、そんなに危険なの?」


「えぇ。貴女も見たでしょ。彌莉の正真正銘の本気ですら打ち破るのよ。あれは神の力を扱える者じゃないと正面から突破出来ないって伝承にあるわ」


「あれはまだ本気じゃない。アイツのあの余裕の笑みは間違いない。今のは試し撃ち」

 ゾーンが解けたとは言え活性化した彌莉の脳はそう判断した。


「はっ……あれで?」


「えっ……嘘でしょ?」


 驚きの声をあげる遥と優美。

 彌莉は油断以前に隙すら見せる余裕がない相手に視線を向けたまま答える。


「確証はないが、きっと俺を試したんだ。俺の力がどの程度なのかを」


 彌莉とルーミアの視線が重なり、彌莉が剣の復元を終わらせ二人を護るように立つ。


「――『支配者の一撃』でも受け止めるその力、やはり厄介ね。それに勘が良いのね、後ろに護るべきものがいなければ君はアレを途中で躱せていたのでしょう?」


 不敵に微笑むルーミアに彌莉が舌打ちする。


「あら? 図星? ふふっ、その偽善じみた行動と共に散りなさい。さようなら、大天使ミカエルの力を継し少年」


 それはルーミアからのお別れの言葉。

 そして次で決めるという絶対の自信から来た言葉だろう。


「……チッ」


 どうするかと悩む彌莉。

 すると優美が彌莉の隣に来て言う。


「私を信じて! 一回だけならアレを何とかできるかもしれない」


 彌莉はほんの一瞬、迷った。

 だけど真剣な表情の優美を見て、


「どうすればいい?」


 と返事をした。


「私に軽くて一撃が強い武器を頂戴!」


 そんな武器あるか! と普段なら叫んでいただろう。

 だけどそれに近い武器は何かと懸命に考える、そして彌莉が考えた武器は槍。

 これなら投擲すれば先端が鋭い事から一点突破による攻撃力アップが可能だし何より武器の中では比較的に軽い。後は構築時点で槍の素材を軽くて丈夫な物にしておけばなんとかなる。


「これでいいか?」


 生成した槍をそのまま優美へと渡す。


「ありがとう」


 お礼を言って、彌莉と同じくルーミアに鋭い視線を向ける優美。


「確認だけど、一回限りの大博打。予防線は一応張るけどそれは私の全てを使うことになる。だから失敗は許されない、そして私は彌莉を信じる。だから彌莉も私を信じて欲しい。私達は完璧じゃない不完全な存在。だから二人でその欠点を補う。それでいいよね?」


 チラッと彌莉に視線を向けるもすぐに元に戻す優美。

 彌莉は口角をあげてクスッと笑った。

 すると、遥がすぐ後ろにやって来て彌莉の背中に手を伸ばして付けた。


「二人じゃない。三人。最後の力を使って今の私が飛ばせる最大距離である十メートル先へと彌莉を飛ばすわ。それで数秒だけど時短になるはず。だけど私ももうこれが限界。後は彌莉自身で残り三メートルを進んで貰わないといけない。だから後は任せていいかしら?」


「当然。家族を信じない奴なんてそんなの家族でも何でもねぇ」


 彌莉は背中越しに答える。


「泥棒猫……いや遥。信じてるから」


「それはこっちも同じよ、優美」


 優美と遥の会話を聞きながら彌莉が大きく息を吸いこんで言葉と一緒に吐き出す。

「一つだけ答えろ! 本当のお前は何を望んでいるんだ?」


 ルーミアの表情から笑みが完全に消えた。


「お前が優美を仮に母国へと連れ去り始末した所でお前の弟は喜んでくれるのか? お前が弟を大切に思うように弟もお前の事を大切に思ってるんじゃないのか? 本当は姉弟揃って毎日笑って毎日一緒にいて毎日顔を見合わせるそんな未来をお前達は望んでるんじゃないのかッ?」


 ルーミアが作った巨大な魔法陣から無数とも呼べる弾幕の雨が四方八方に降り始める。

 それは先ほどみたく天使の力を利用したエスケープを阻止するかのように隙間なく無作為に向けられた。

 それでも彌莉はルーミアに語りかける。


「仮に今回どうにかなってもお前の弟の未来に自由はあるのか? そこに弟の笑顔はあるのか? よく考えろ! これ以上望まない人殺しをして、お前の母国の操り人形を演じたお前の未来を! 俺と優美の両親の一件は絶対に水には流せない! それは事実だ! だけどそれはお前も同じのはずだ! でもそれは過去だ! 過去に執着した所で誰も喜んでくれない。お前の両親は確かに俺の両親が殺したのかもしれない。だからこそ、弟を本当の意味で護れるのはお前しかいないんじゃないのかよ!」


 これは同情などではない。

 敵だから味方だからと言ったそんな人が作り上げた線引きによる定義を全部無視した彌莉の本心。

 ルーミアはピクリと眉を動かし黙っている。

 彌莉の言葉はルーミアに果たして届いているのか。

 そしてその言葉は優美と遥にはどう聞こえたのか。


「――見せてみろ! お前の本気の想いを! そして気持ちを! 同じ天使長の力を継承する者としてそれを全部受け止めてやる! それが俺の覚悟だ!」


 ドクンッ!

 身体の奥底が熱い。

 心の中でとても力強い声が聞こえる。


『面白い。神は慈悲深い恩方だった。似ている、ならば主として正式に認めよう。その正義で救って見せろ、我を継承せし者!』


 大天使ミカエルの力が語りかけてきた。

 再度ゾーンへと入った彌莉は気合いを入れ直した。

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