第31話 本気の彌莉とルーミア


 彌莉はルーミアだけを見る。


 他に気を回す余裕はない。油断し反応が一秒でも遅れれば痛みを感じる暇もなく一瞬であの世行きになるのだから。


 じりじりと。彌莉との距離を詰め、弾幕の射程を短くするルーミア。両者の距離が短くなればその分射程も短くなる。即ち弾幕が彌莉に到着するまでの時間もその分短くなるというわけだ。ルーミアの目の色が変わる。まるで感情を殺し失った機械兵器のように冷たい眼差しへと変わった。かつて、彌莉はこの眼差しを見た事がある。二年前ルーミアが両親に向けていた冷酷非情な目だ。


(お願い、無駄な抵抗は止めて死んで。余計な犠牲者が増えるまえに)


「…………、そう言えば泣き叫ぶ俺の前でお父様とお母様に昔そんなこと言ってたな」


 彌莉は左手で剣を持ち直しながら、


「そうまでしてお前が戦う理由――わからなくもないが同情はやっぱ出来ないな」


 弟を護りたいのなら根本が間違っている。なぜ弟をとりあえずで生かすことしか考えない。大事な存在を護ろうとするあまり大局が見えていない、まるでかつての彌莉のように。弟(優美)を救いたいと思うのなら、まずは自分が胸を張って誇れる英雄(ヒーロー)になるしかない。なのに、今のルーミアはどうだ? 胸を張れるのか? 多分無理だろう。なぜなら彼女自身自分に嘘をついて偽りの英雄を演じようとしているから。そんなのは間違っている。


「わからないわよね? それは当然のこと。両親の復讐心を私に向けない時点で君はその程度の覚悟しかない。なにが大切な家族のためよ。昔の家族を忘れ、血の繋がりもない偽善の家族ですぐに心を満たす程度の偽善者」


「それは違う。俺はお前の言葉で気付いたんだ。復讐した先に誰も喜ばないって。なにより死んだ両親はそんなことを一ミリも望んじゃいない。俺達の両親が望んだのは俺達が幸せになることだ! 殺されたから復讐、その先に待つのは負の連鎖であって二人が望んだ未来じゃない! 今があるから昔があり、過去があるから現在があるんだよ! いい加減気付け、この大馬鹿野郎!」


 ルーミアは国家という組織に従うしかない自我のある人形のように、


「――弾幕生成完了、弾幕『破壊から連射と破壊』へ変更完了。これが最後通告、武器を捨て神の力を渡しなさい」


 数秒の沈黙を持ってしてお互いが退かないと判断する。

 バンッ! と音を立てて、暗闇の中に赤色と白色でできた魔法陣が出現する。

 直径一メートルの魔法陣は直径十五メートルまで広がり夜空を照らす灯りとなる。

 危機感を覚えた彌莉が横へと動くとルーミアの視線がそれを追う。すると魔法陣から直径十センチ程度の球体が一気に吐き出されるように出現する。その数は一、二、三、……数えたらキリがなく最早秒間で百以上作り地上へと落としているように見える。地面に着弾した所に視線だけを向けるとさっきの攻撃よりかはかなり威力は落ちる。だがこれだけの数、連続して受ければジョブを連続して喰らうようなもの。油断すればこれも死に繋がる。どの道やる事は変わらない。彌莉は震えた。百、二百、三百と次々と数を増やしていく弾幕。それとは別にルーミアを囲むようにして長方形で透明色の壁が出現した。恐らくこれがルーミアの本気。限りなく無数に近い数による暴力と天使の力による自分を護る結界による攻守を一体とした戦法。


「……、……。。……、、。……。」


 ルーミアの口が動いた。


 だけど声が小さ過ぎてなんて言っているか聞こえない。


 瞬間、ルーミアが作った魔法陣からレーザー光線のような弾幕が一つ飛んできた。

 咄嗟の攻撃に彌莉が回避を試みるも既に無数の弾幕が雨のように四方八方を塞いでおり回避は不可能と判断し左手で持った剣の刀身を盾のようにして使いその身を護る。刀身に負荷が掛かりに大きなヒビが入るもすぐに天使の力を使い武器を再構築し復元させる。弾幕の雨からの狙い撃ちに彌莉は成程と納得する。


「……これは厄介だな」


 弾幕の雨は何も攻撃だけじゃなくルーミアを護る防壁の役割と同時に敵の動きを制限する役目を果たす。そして弾幕の雨で動きが制限された敵を狙い撃ちする弾幕の光線。それを何とかしても最終防衛手段の常時展開された結界による防御。


「そうゆうことか……」


 彌莉は思い出し理解した。

 なぜ両親が彌莉に全てを託しこの世を去ったのか。

 それはなにも難しい数式などで解くような特別難しい問題じゃなかった。もっと単純で根本的な物だと理解した。あの攻撃と防御手段を仮に完璧な攻守だとしても、不敵に笑い最後まで諦めずに戦う事が出来るからだと。だってそうだろ、それさえ何とかすれば自分が護りたい今と未来は護れるのだから。もう手遅れだと後悔する必要がないと知っているから。


「あはは……アハハハ!」


 彌莉は全身を震わせて、左手で持った剣で弾幕の雨を斬り落としていく。

 斬り落とすよりも、生成の方が速くその数は減るどころか時間と共に増えていく。


 そして遂に。

 彌莉が、大天使ミカエルが、その真価を発揮する。

 物理限界を超え、脳細胞の働きにまで訴えかけきた大天使ミカエルの力は彌莉をゾーンへと入れる。ゾーンは極度の集中状態にあり、他の思考や感情を忘れてしまう程に人を目の前の状況に没頭させた状態。それを物理限界を超えた状態で意図的に入った彌莉はまさに修羅。剣を奮う度に剣の残像が残り、まるで剣が何本もあるように見える。


 だけど――。

 それでも彌莉の攻撃の手数は圧倒的に足りない。

 そして彌莉の隙をつくように遥と優美へ向けられた弾幕の光線だったが、彌莉は発射と同時にそれに気付き持っていた剣を全力で投げ、走り始める。二人に直撃の寸前で彌莉の投げた剣が弾幕から二人を護るもそれは一瞬で終わる。彌莉の手元を離れ力の供給が途絶え復元が出来なくなった剣では数秒しか持たない。だけどその僅かな時間で彌莉が遥とその背中に護られた優美の前へと行き、新しく剣を生成し弾幕を斬り落とす。


「す、すごい……」


「……本当にいより、なの?」


 弾幕を斬った事で爆風が靡くなか、遥と優美がボソッと呟いた。

 だけど集中した彌莉にはその声すら届かない。


 そして確信する。

 今の状態でもまだルーミアの方が上だと。

 これだけの力を手に入れても決して油断できない相手、それがルーミアという誰かを護るために自己犠牲を選んだ者。剣を握る手は汗をかいている。理屈じゃない、直感がそれだけの相手と彌莉に教えてくれる。


 たったの二十メートルがかなり遠く感じる。


 だけどその距離をゼロにすることが出来れば恐らく今なら剣で何とか出来ると思える。集中したことで右手首に感じる痛覚の痛みや痺れは今は全く感じない。一つで足りないならと左手とは別に右手にも剣を生成し持つ彌莉は二刀流剣士の構えを取り、足の裏を爆発させ一気に弾幕の雨を最小限の動きで避けながら駆け抜けていく。


 同時、魔法陣がグルグルと回転し、ゴゴゴゴゴゴゴと空気を切り裂く音を鳴らし始めた。そして彌莉とルーミアの距離が残り七メートルとなったタイミングで遠心分離機のように高速回転していた魔法陣から赤と白の光線が螺旋状に回転してゴッ! と。空間を切り裂くような音と共に彌莉の頭上から襲い掛かってきた。例えるなら直径二メートル程のレーザー光線で直視すれば一瞬で目が潰されてしまう光量と熱量を持った光。彌莉は思わず息を呑み込むも、両手に力を入れて二本の剣でそれを正面から受け止めた。ドンッ!! と車と人がぶつかったような激突音。剣と剣の隙間から見える光線に剣が耐えられない。受け止めながらも無意識に剣の復元も同時に行い何とか最後は気合いで耐えぬく。右足を後ろに下げ支えにして左足を前に踏み出し前のめり、それから上半身を限界ギリギリまで前へと倒し全体重を乗せる。そこまでしても両足がじりじりと後ろへ下がり、両手の僅かなズレだけで態勢が崩されてしまいそうになる。


(まずい……このままじゃ抑えきれない……ッ!!)


 彌莉は真後ろに優美と遥がいる事を思い出す。もしここで受け止められずに後方へ殺人兵器とも呼べるこの一撃をいなしたらと思うと背筋がゾッとした。後先を考えず限界ギリギリまで天使の力を使い剣の復元を最速でしていく。剣が一本でも折れればその時点でもう抑えきれない。あまりにも強い衝撃に手首がもっていかれそうになるが歯を食いしばり必死に耐える。


 間違いない、これがルーミアの最大火力。そう思える一撃は彌莉の気力を根こそぎ奪っていく。耐えても地獄、耐えなくても地獄、まるで人を殺すではなく一方的な蹂躙を体現したような一撃だと彌莉は思った。


 事実、余計な心配と疲弊にゾーン状態が半ば強制的に解除させられてしまった。


 その時、後方から名前を呼ばれた。

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