第30話 再戦 彌莉VSルーミア


 部屋の外に繋がる廊下がなにやら騒がしい。

 そう思ったのは、考え事が終わってからだった。

 部屋に時計はなく、今が何時なのかはわからない。

 ただ気付けばさっきまであったはずの緑色の粒子が部屋全体から消えていて、点滴袋の中身も空になっていた。それにさっきまでジンジンとしていた身体が今は何も感じないどころか少し軽く感じる。きっと天使の力と薬品の効果によるものだろう。


 ――ドッ、ドッ、ドッ!


 廊下で誰かが走っている。

 頭でそう認識すると、ほぼ同時に彌莉がいる部屋の扉が勢いよく開かれた。


 ――バンッ!


 かなり急いでいるのかノックもなしに開かれた扉の先にいたのは、息づかいを荒くして額に汗を滲みだした優莉。


「大変です、彌莉様!」


 静穏だった部屋に響いた声に彌莉が首を傾ける。


「んっ? そんなに慌ててどうしたんだ?」


 嫌な予感が脳内で駆け巡る。

 嵐前の静けさが終わるのではないかというそんな悪い予感は、


「先ほどルーミアがドラゴンと共にオルメス国上空から王都に侵入! 虚をつかれた女王陛下は同行を志願された優美様と共に天使の力を使いルーミアの元まで最短ルートで向かわれ交戦に入りました。ですが、やはり堕天使の長であるルシファーの力を前に苦戦を強いられています。お願いです! 女王陛下……いえ、遥様(家族)を助けてください!」


 見事に的中した。


「…………」


 一瞬頭の思考が停止した。

 部屋の外で何が起きているのか脳が理解するまでに時間を要したからだ。

 優莉は最後の希望を見るような目で彌莉だけを見ている。

 その肩は震えている。

 自分の家族のピンチに自分は何もできないのだと無力差を痛感させられた『人間』の弱さを知ったように。


「全天使の長だったルシファーに対抗できるのはやはり天使長の力を受け継いだ彌莉様しかいません。私は無力、この期に及んでこうして助けを求めることしかできません。ですから私の家族を助けてください」


 弱々しい声で訴えてくる優莉。

 家族を助けるため自分の弱さを認める強さを見せる優莉に彌莉は凄いな、と素直に感心してしまった。自分が弱さと向き合うのに約二年かかったのに優莉ときたら、そんな気持ちにさせられる。


「…………」


 彌莉は無意識に手に力を入れ拳を作り強く握り潰していた。

 またなのか? また俺は失うのか? 二年前の悲劇をまた繰り返すのか? あんなに辛い経験をまたするつもりか? なにより目の前にいる優莉にもそれを味合わせるつもりか? 昂っていく感情はそれらを否定していく。

 ふざけるな!

 大切な人が笑って大切な人が笑顔になれる世界。

 そんな世界を俺は望んでいたんじゃないのか?

 だったら今立てよ!

 まだ終わってないなら、万に一つの可能性を手に入れる為に皆がそれぞれの役目を果たしているのなら、大天使ミカエルの力を継承した彌莉は。


「わかった、俺も行く」


 目に力を宿した彌莉は前だけを見て希望を胸に言った。

 ただ優美の笑顔を護る為に、ただ遥の笑顔を護る為に、ただ優莉の笑顔を護る為に、なにより亡き両親との約束を護る為に。


「もう、誰も死なせない。教えろ。優美と遥、そしてルーミアがどこに居るのかを」


 ――ゴクリ

 今までと雰囲気が変わった彌莉に優莉が思わず息を呑み込んだ。

 そしてゆっくりと口を開く。

 それを聞くと同時に大天使ミカエルの力を使い、身体能力を強化して信じられない速度で部屋を出て、廊下を駆け抜け、王城を出て三人が戦っている戦場へと向かった。

 まるでピットに停車していたスポーツカーが急発進し急加速していくように、彌莉は凄い勢いで速度を上げ一直線で駆けて行く。彌莉の正義に感化されるように大天使ミカエルが力を貸してくれる。それは両親が居た時よりも扱える力の最大値が上がっていて、まるで今から訪れる最終決戦に備えるかのように、大天使ミカエルの力が湧き水のように身体の中から溢れ出してくる感覚。脳はアドレナリンを分泌し身体の制御装置を外していくような錯覚を彌莉に与える。普通に走れば十五分はかかる道を裏道を使い、時には家の屋根から屋根と道なき道を駆け抜けることで強引にショートカットしていく。まるで背中に翼が生えたかのように常人には真似できない動きをする彌莉にすれ違いざまに会う人々がまるで信じられない光景でも目にしたように目を丸くして驚き立ち止まってはその背中を静かに見届ける。


 頼む。

 間に合ってくれ!

 俺が到着するまで、生き延びてくれ!


 ――。


 ――――。


 そんな思いを胸に彌莉が最後の曲がり角を曲がる。


「あら? もう終わり? なら悪いけどもう眠っていいわよ」


「……ッ、ここまでね」


 地べたに寝転び、もう立ち上がる気力すらないのか口から血を吐き、綺麗な白い肌に傷を沢山作り赤色へと染めた遥。綺麗なドレスもボロボロ、装飾品も見る影もない状態。まるで一方的にボコボコにされたような無残な姿。


「逃げて! 遥!」


「……ゲホッ、ゲホッ」


 遥がなんとか顔を上げる。

 そのタイミングでようやく彌莉の視界にもボロボロになった遥と同じく手傷を負った優美の姿が見えた。


「……えっ? 来てくれたの……?」


 大きく息を吸いこんでゆっくりと吐き出す。

 そうすることで乱れた息を正常に近づけながらゆっくりと足を前へと動かしていく。

 もう迷いはない。

 ただ目の前にいるルーミアを睨みつけるように鋭い視線を飛ばして、


「お前誰に手を出している? そいつはオルメス国女王陛下にして俺の大切な家族。今すぐ遥から離れろ、この三下がぁ!」


 と、力強く叫ぶように言った。


「……チッ。やっぱり来たわね」


「…………」


 彌莉は何も答えない。


「大天使の力が前回より強くなってる。厄介極まりないわね。だけどこちらも時間がないの。今回は悪いけどすぐに退場してもらうわ!」


 夜空を綺麗に照らす赤と白の弾幕が七つ彌莉の方へと向けられる。

 それは一撃死を可能にし連射が可能な銃口を至近距離で向けられたような気持ちにさせられる。それも一つではなく、七つ同時に。

 彌莉は意を決してさらに距離をゆっくりと詰めて行く。

 右手で天使の力を使い生成した剣を持つ。

 ドンッ! と勢いよく赤と白の弾幕が僅かな時間差で七つ放たれた。


「……ッ!?」


 大天使ミカエルの力を使い、物理限界に喧嘩を売り人間離れした動きを可能にした彌莉は持っていた剣で弾幕を素早く斬り落とす。が、上手く身体が反応せず途中でバランスを崩し最後の一つが被弾し後方へと飛ばされてしまうも、剣で身体を護り直撃は回避していた。まるで拳銃から放たれた銃弾を刀身でガードした時のような衝撃に右手が軽く痺れた。


 弾幕が爆発し生じた煙の向こうに見えるルーミアの目はあの時とは違い真剣そのもの。油断も手加減もしないと、目で訴えてくる。まるで獲物を見つけた肉食動物のように彌莉だけを見ていた。


(しまっ……!?)


 彌莉が地面に着地した足で踏みとどまると同時に弾幕が再度放たれた。


 正面から受けては危険だと判断し横へ飛び、そのまま地面を一回転。視線を向ければさっきまでいた場所の地面が赤くなり溶けだしていた。ドン、ドン、ドンと音が聞こえる度に弾幕が光の軌跡を残し飛んでくる。それは明らかに前回より出力が桁外れに高くなっていた。それとは別に連射速度、弾幕の飛翔速度も向上している。回避が間に合わない物は斬り落とすも、弾幕の威力がありすぎて手首にかなりの負担を掛けることになった。グギッと嫌な音が右手首から聞こえるも左手も使い強引に弾幕を力技でねじ伏せる。


「私の本気を受け止めた……。間違いない、天使と大天使の力を私と同じレベルで扱えるようになってる。一体どういうからくりを使ったのかしら? 天使はともかく大天使は神の力と同じく使用者を認めない限り真価を発揮できないはずだけど?」


「まるで……大天使には自我があるみたいな言い方だな」


「そうよ。まさか、それにすら気付いてないとはね」


「別になにもしちゃいない。俺は俺の正義の為に戦う。ただそれだけだ!」


「なるほど、大天使と正義感で繋がったというわけね」

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