第29話 残された猶予


「難しい顔してるわね。まぁ、優美の考えをそのまま実行すれば間違いなく失敗する。国力差は明らかだしね。でも私はそれを承知で今朝軍を動かたわ。だから安心して。必ず成功させるわ」


 迷う彌莉とそれを見守っていた優美の所に遥が優莉を連れてやって来た。


「ど、泥棒猫……ついに来たか」


「あら、人を恋敵みたいな目で見ないでくれる? それと彌莉が持っているソレで話しは全部聞いたわ。なにを隠そう私と彌莉は家族なのでしょ? ならもっと向ける目を考えて欲しいわ」


 遥は白く綺麗な人差し指で彌莉が首から掛けている御守りを指さして優莉と一緒に二人の近くまでやって来ては、彌莉と優美のご両親が眠るお墓に手を合わせて挨拶をする。


「さっき必ず成功させると言っていたがなにか根拠があるのか?」


「昨日の深夜偵察隊を送った得た情報では死刑執行は二十二時に行われる。それまでにルーミアの任務成功報告があれば見送りになる。そしてルーミアは二十一時に再びオルメス国いや優美の前に現れると予測しているわ。昼間より夜の方が逃走しやすい以上、絶対の自信があるなら時間ギリギリで攻めるのは定石とも呼べる。だから私はそれを利用することにした」


「利用?」


「えぇ。ルーミアが夜の闇を利用するなら私もそれを利用する。要は暗闇に隠して少数精鋭で動くのよ。そうすればなんとかなるかもしれない。なぜなら死刑執行場所に張っていれば決まった時間前に必ず確保対象が自ら来るのだから。私が信頼する部下ならその一瞬でなんとかしてくれると信じてる。だから部下を信じた私を信じてくれないかしら?」


 流石は賢王と言った所か。

 限られた時間の中で最善の手を打ち続ける。

 例え一度や二度失敗しても、そこから得た情報と新しく手に入れた情報を素早く頭の中に入れて作戦の大幅な修正と改善。これだけの度胸と行動力がある王は歴史を見てもそうはいないだろう。


「ただしこの作戦は彌莉。貴方が鍵になるわ」


「お、れ……?」


「こちらの作戦が失敗すればルーミアから優美を本当の意味で護れるのは彌莉だけ。なにより成功するにしても約一時間の間優美を護りぬかないとダメ。私も力を貸すけど最後の余力を使ってこちらも軍を動かしている以上、もう本当の意味でこれ以上助けは呼べない。報告によると国境付近にいるドラゴンもざわざわし始めているらしいし、これが最後の戦いになると思うわ」


 まるで誰よりも信頼している、と言いたげな強い眼差しで彌莉を見つめてくる遥に思わず息を呑み込んだ。これだけボロボロになって惨めな姿を見せてもまだ信じてくれると言うのだろうか。


「それにこの作戦はルーミアに途中でバレたらアウト」


「……えっ?」


「もし途中でルーミアが私達の狙いに気付いたとする。その場合間違いなく余計な事はするなって怒って本気で私達を殺しにかかるかもしれない。なにより、なにかしらの経緯で敵国に私達の狙いが気付かれるかも知れない。そうなれば間違いなく妨害をしてくるはず。そうなれば送り込んだ精鋭部隊も危険になるわ。だから色々な可能性を考えて最後まで気付かれるわけにはいかないの」


 彌莉は頷いた。

 目の前にいる遥は一体何手先まで見えているのだろうか。

 頭の回転の速さだけで言えば彌莉は遥の足元にも及ばないだろう。

 自分は何一つ優れていない、そう実感させられた。


「なるほど……」


 そんな彌莉を見てか、今度は優莉が口を開く。


「現状彌莉様以外にルーミアと戦える力を持つ者はこの国にはいません。優美様の力は恐らくまだ瞬間的なもので持続可能な力としては目覚めていません。力には力、ならば大天使の力には大天使の力しかないというわけです。ただし彌莉様も今は怪我人。ですが優美様と女王陛下のご助力があればなんとかなるかもしれません。今一度戦うと言うのならその覚悟に私も応えたいと思っています」


 その言葉は決して冗談などではなく本気だと目を見ればわかる。

 まるで彌莉を試すような言葉に全身の傷が急に痛みだした。

 人間の身体が生まれつき持つ防衛本能が彌莉を止めようとするかのように、だけど隣にいる優美、目の前にいる遥と優莉がここまで覚悟を決めた。だったら彌莉の言葉はもう決まっていた。自分一人だけ逃げた先に彌莉が望む世界はないから。


「頼む」


 一度は負けた大天使の力を授かりし少年。

 勝てる見込みは少ないかも知れない、それでも立ち止まるわけにはいかない。

 両親の墓地に目を向けて。


「……お任せください。お父様とお母様の願い通り優美は必ず護ります」


 自分に言い聞かせるように、両親に安心してもらうように、力強い声でボソッと呟いた。この短期間で急成長した弱虫な少年は今では頼りになる少年のようだった。恐らく制限時間がくればルーミアが間違いなく攻めてくる。逃げるにしても国境を超えた所にはドラゴン達が包囲していていることから阻止されるだろう。だとすると、避難も戦う場所の変更もできない。つまりは与えられた条件を受け入れ突破口を自ら作りだすしかないというわけだ。


「なら戦える状態にできるかは……できる状態にしますので私と今から集中治療室に来てください。女王陛下二十一時まで彌莉様をお借りします」


「わかったわ。優美もそれでいいわね」


 優美が首を下に向ける。


「優莉命令よ。必ず何とかしなさい」


「かしこまりました」


 すると、左手で点滴スタンドを掴み、右手で彌莉の身体を支えて歩き始めた。

 彌莉は「ならちょっと行ってくる」と二人に言葉を残して優莉の誘導に従う。

 目的地に着くまでの間に彌莉と優莉の間に会話はなかった。

 今はふざける雰囲気でもなければ気楽にお喋りをしている場合でもないとお互いが直感で感じていたからだ。


「着きました。とりあえずそこの椅子に座ってください」


 治療器具が沢山置かれた部屋の中心にある丸テーブルに腰を降ろす。

 まるでどこかの大学病院の研究室や集中治療室を連想させる作りの部屋は機械が沢山あっても部屋を狭く感じさせない程度に広い。いつの時代もその作りは変わらないのかも知れないが一番の驚きは王城の中にこれがあると言う事だ。確かにこれなら王城が一番安全と言われる理由がよくわかる気がする。小さい頃は気にもしなかった部屋の一つがまさかこれだとは誰も思わない。


「私の天使の力を使い、今から傷を癒します。全身の力を抜いてリラックスしてください」


 ――治癒、回復の力を司る天使の力。

 それを扱う上で集中力はとても重要な要素の一つとなっている。

 例えば騒音がする部屋でテスト勉強をしてもなかなか頭の中に入らない。

 それと同じ。

 天使の力を最大限発揮するには出来るだけ静かな空間で集中できる環境を作りだす事が最も基本となる。特に治癒、回復系統の天使の力に限ってはそれが顕著にでる。

 神に近い力を人間が扱うのだ。そんな物理法則を超えた超現象を簡単に出来るほど世界は甘くない。


「大天使ミカエル貴方が主の為に力を与えるというなら私も協力します」


 緑色の粒子が蛍の光みたいに優莉の身体から飛びたつ。

 それは部屋全体へとゆっくりと広がっていく。

 まるで冷え切った暖炉に火を入れるように、彌莉の身体の中が暖かい雰囲気に包まれていく。


「これは……」


 思わず、出てきた言葉に優莉は答えない。

 反応もない。

 よく見れば、さっきまで涼しげだった顔が今は汗まみれになっている。

 身体の傷が癒されていく感覚とは別に優莉の顔が青白くなっている。

 治癒、回復の天使はそれこそ人を超えた力を与えてくれるが、その代償として使用者の体力を根こそぎ持っていく。

 故に万能ではないというのが世界の認識。

 もしこれが万能なら世界は今頃戦争の火によって自ら滅びの道を歩んでいるに違いない。


「――大天使ミカエルが使っている天使の脈を発見。今から同調開始」


 聞こえてくる声は機械の音声認識のように無機質に近い声だった。

 医療知識が素人レベルの彌莉にはその言葉の意味すら正しく理解できない。

 ただなんとなくこんなものかな? という認識しかできない。


「――同調成功。これから生命力を促進させ、生命の危機脱出と傷の手当てに入ります」


 機械的になにか声を発していく優莉が言う天使の脈とは天使の力が流れる血管のようなもので天使の力を持つ者は皆持っている。緑色の粒子が身体を包み込んでいく。

 例えるなら大切な人に抱きしめられた時のように暖かい温もりが全身を包み込むような感覚。


「……はぁ、はぁ、はぁ。しばらくそこにいてください。後は時間が何とかしてくれます」


 汗をダラダラと流し、息を荒くした、優莉が言った。

 思わず頷くことしかできなかった彌莉だが、優莉はそれを見て安心したように微笑んでくれる。

 まるで我が子が素直に言うことを聞いて安心した時のような笑み。

 それからしばらく不思議な感覚を無言で感じていると、ようやく体力が回復したと思われる優莉が側に来て空になった点滴袋を交換してくれる。


「この部屋の中ならもう自由に動いて貰って構いせん。私の力が自動で彌莉様を追尾し癒しの力を与えてくれます」


 癒しの力とはきっとこの緑色の粒子のことだろうと、彌莉が頭の中で解釈する。


「約束通り二十一時です。それまではこの部屋から絶対に出ないでください。私にも医療従事者としての責任がありますので」


「わかった」


 彌莉は素直に頷く事しかできなかった。

 何と言うか、朝部屋から抜け出した時のことを内心は怒っているのか? と言わんばかりのいつもよりワントーン高い声と急に見せる満面の笑みが無性に恐かった。

 だけどそれが彼女自身の優しさなのかもしれない。

 なんとなく彌莉はそう思った。

 その理由は――。


「お前演技上手のようで下手なんだな」


「……はい。遥様以外の前では基本演じております。昨日は彌莉様に弱虫な私を見せてしまいましたが。私は女王陛下の従者であり、私にとって唯一の家族です。ですから、女王陛下には基本ありのままの姿をいつもお見せしております」


「遥のこと信頼しているんだな。それと目の下のクマ……今さらだけど気付いた。昨日はありがとう」


「……いえ、大した事はしていません」


 彌莉は優莉に頭を下げた。

 それが一番気持ちが伝わると思ったから。

 その後、用意された夜食を食べた。

 夜食を食べ終わると使った食器と箸を片付けるため、優莉が部屋を出ていく。

 一人になった彌莉は特にすることがないので、今までの出来事を一人振り返ってみた。

 ここに来るまで沢山のことがあった。

 だけどその全てが今の彌莉を作っているのだとしたら。

 両親の死も無駄ではなかったと言えるのかもしれない。

 人はいずれ死ぬ。

 それは人である以上避けては通れない道。

 ただそれが早いか遅いか。

 でも何より大事な事は生きた時間の長さよりその人が悔いのない最高の時間を過ごしたかではないか、と今なら思える。自分が死ぬかも知れないと考えた、だけど優美と遥と優莉を護れるなら後悔はない、と言える自分が今はいる。きっとそうゆうことなのかもしれない。死人にいつまでも甘えていては情けない息子だと言われるかもしれない。もう今年で二十歳、いい加減親離れをしないといけない時期とも言える。だったら、今を置いて生まれ変わるチャンスはないのだろうと、彌莉は今の状況を受け入れ前向きに考えていた。集中して物事を考えている間はあっという間に時間が経過する。気付けば治療を開始してから十時間が経過。時刻は二十一時。つまり、そうゆうことだった。

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