第28話 勝利条件の書き換え


 ■■■


 翌日の朝――両親の命日となった朝に目を覚ました。

 布団の横にいつもいる優美はいなかった。

 それに遥も。

 代わりにいたのは、優莉だった。

 かなり疲れていたのか、椅子に座りそのまま彌莉のいるベッドに上半身を伏せて寝ている。その隣には怪我の経過記録がびっしりと書かれた紙が数枚あった。


「これは――」


 気になった彌莉はそのまま手を伸ばして中身を確認してみる。


『外傷がとにかく酷い。大天使の力が治癒能力を高めているようだが、内傷までは間に合ってないらしく内臓に受けたダメージはかなり深刻。自暴の再発防止として鎮痛薬と睡眠安定剤による心の調整も試みたがどこまで効果があるかはハッキリわからない』


 部屋の中にある時計に目を向ければ午前十時だとわかった。

 ルーミアが再び襲撃してくるとしたら一体いつなのだろうか。両親の命日がルーミアの弟の命日になるかもしれない、そう思うと心の中でなにかが引っかかる感じがしてスッキリしない。

 昨日は半ば強制的に眠らされていただけあって、昨日に比べると身体の調子が幾分良い気がする。それに鎮痛剤が効いているのか身体の感覚が一部麻痺した感じはあるものの痛みは殆どない。これなら一人で日常生活ぐらいならできそう。だけど、目の前でぐっすり眠っている優莉は今までの疲れが一気に来たように眠りこけていた。口を半開きにしている姿は看病に疲れた母親のよう。

 実は、さっきの続きがまだある。


『備考欄:天使の力による回復。それは万能ではない。それでも――』


 薄々とわかってしまった。

 なんで優莉がここまで疲れ果てて寝ているのか。


『――私は最後まで諦めない。何を言っても最後の希望は彼なのだから。彼を支える、全力で。それが遥様からの命令。そして私の意思。必ずこの国最後の希望をこの世に繋げてみせる』


 寝言でも治療の用語を時々口にしていることから、彼女の本気の思いを感じる。

 優莉の寝顔に目を向けると、警戒心などない、まるで親しい間柄にあるような錯覚を覚えてしまう。彼女の無防備な寝顔がそうさせているのだ。優莉と言う人間がどんな人間なのかなんて殆どなにもしらない。それでも彼女という人間は信頼に値するし、ここまで頑張ってくれている彼女の期待に応えたいとも自然に思える。それは彼女の行いが彌莉の認識に強く訴えかけているからだろうか。


 そして思い出す。


 今日は両親の命日だったと。


 彌莉は一瞬腕に繋がれた管を外すか悩んだが、優莉に無用な心配はかけたくないと思い、点滴袋をぶら下げた点滴スタンドと一緒に少しお出掛けする事にした。

 近くで眠る優莉を起こさないようにそっとベッドから出る。

 そのまま今まで自分が使っていた掛け布団を優しく肩から掛けてあがる。


「悪い。ちょっと大切な人達の墓参りに行ってくるよ」


 聞こえないとわかっていながらも、優莉が起きた時に彌莉がいないと心配をするのだろうと思うと心の罪悪感があった。それを少しでも無くすために、ボロボロになった御守りを首から掛け言葉とは別に目的と居場所を書いた置手紙も手元に残しておく。


 常識的に考えるなら墓参りに行くのではなくベッドで安静にしておくべきだが、優美が近くにいない事への違和感が強くこのまま一人でジッとしておくのがなんだが億劫になった。人間不思議なものでずっと一緒にいるとたまには離れたいと思う癖、いざそうなっていると今までの方が良かったとすぐに思考を逆転させるのかと彌莉は思う。思うが、結局、出かけることにした。違う、出かけたいのではなく、本当は優美がそこにいるかもと思いただ会いたいと思ったからだった。


「その先は地獄……。それでも自ら……行くのですか?」


 扉を開け部屋を出ようとしたとき、突如として背中から声が聞こえてきた。

 彌莉が振り向くと、優莉は寝ていた。

 寝言でそんなことを言うとは一体どんな夢を見ているのだろうか。

 と少し興味を持ったが、起こすのは可愛そうなので、


「あぁ。俺自身の願いのため、優美と遥の願いのため、なにより両親に安心して眠ってもらうために、俺は自分自身と向き合おうと思う。だから、少し出かけてくる。今度は逃げるためじゃない、戦うために」


 そう言い残し彌莉はドアノブへと手を伸ばし回す。

 点滴スタンドに取り付けられたキャスターが回る音と一緒に彌莉は部屋を出た。


 ■■■


 オルメス国――王都一番の一。

 オルメス王城から少し離れた所に先代の王たちが眠る墓地がある。

 そこには王に仕え大義を全うした者達も眠る。

 彌莉と優美の両親もその二人。

 瑞々しい自然に囲まれたそれは魂に安らかな時間と空間をという願いが込められていた。

 本来は関係者以外立ち入り禁止の神聖なる場所に一人の女がいた。


「やっぱりここに居たのか」


 女は一度彌莉の方に顔を向けるが、すぐに両親が眠る墓地の方へと視線を戻す。


「うん」


「…………」


「ごめんね。私のせいで無茶させて……」


「気にするな。これは俺が自分の意思で決めたことだから」


「……あのね、彌莉に相談があるんだけどいい?」


 優美の隣に行き、隣にいる優美へと視線を向けるとどこか真剣な目つきで下だけを見つめていた。彌莉が小さく「あぁ」と返事をすると、


「私も戦う。もう逃げない。彌莉だけに全てを背負合わせないから」


 彌莉の心臓が一瞬止まるかと思った。

 目を見ればわかる。これは冗談じゃないと。恐らく優美は優美で一生懸命に考えて出した一つの答えなのだろう。けれどそれは、止めて欲しいとも思ってしまう。途端にどう答えていいかわからなくなる。


「そ、れは……」


 彌莉は、浅い息を吐きながら、


「優美自身が今まで以上に危険になるってことだよな……?」


「…………」


 訪れた沈黙が二人の空気を重たくする。


「ルーミアが何のために戦っているかなんて知らない。私にも絶対に手放したくない人が近くにいる。だから私も逃げる事を止めて皆と戦うことにする」


「……ッ」


「正直に話すね。彌莉が倒れた日ね、私とても後悔したんだ。私はただ怯えて、護ってもらっていたと気付いて。遥の情報網が正しければ今夜もう一度ルーミアが傷を癒してやってくる」


 彌莉は思わず歯を食いしばって、自分の無力さを感じた。

 自分等警戒するに当たらない、そう言われているように聞こえたから。


「な、め――やがって。俺程度障害にもならないってかぁ」


「…………」


「二度目はないってか……。今度は絶対に……護る」


「無理だよ。力の目覚めが近づいているのか、強い悲しみと後悔が引き金になったのか、私の中の力が彌莉とルーミアの力の差を教えてくれるの。今の彌莉では百回やっても勝てないって。それだけルーミアの力は強大なの」


 優美の声はとても落ち着いている。

 どうやら優莉と同じ意見らしい。

 それだけ彌莉とルーミアにある力の差は他者から見ても圧倒的なのだろう。


「遥に剣を向けた時の彌莉みたいな現象が私にも起きているのかもしれない」


 力の目覚め……暴走?

 そんな言葉が彌莉の脳裏で蘇った。


「だけどそれは彌莉と同じで完璧じゃない。恐らく今の私が使える時間は限りなく短くて力の三割がいいところだと思う」


 優美の声は、簡単に反論を許さないと言わんばかりに圧を感じる。


「万全じゃない彌莉と不完全な私。そもそも勝てる見込みなんてない。それでも彌莉は言ってくれた。私を護ってくれると。だったら私も彌莉を護る。二人で力を合わせればなんとかなるかもしれない」


 優美の言葉は、ただ単純な願望や諦めではない。

 まるで、無茶し無駄な努力をして命を危険に晒す男を止めようとしていて、その男を手助けしたいという響きがある言葉だった。


「優美……」


「……。彌莉……本当は分かってるんだよね?」


 チラッと彌莉に視線を向けて、


「このままじゃ誰も幸せになれないって」


 まるで自分の弱さでもあるかのように拳に力を入れて、


「私達だけではやはり厳しい。なら、他の誰かと協力しないことにはこの戦いに本当の意味では勝てないって」


 本当は巻き込みたくないと言いたげな声で、


「遥の力なしでは厳しいって。だから大切なもう一人の家族を頼ってみない?」


「……、それは」


「ただ助けるだけが家族じゃない。家族って困った時にお互いに苦労をかけてお互いに協力して助け合って生きていく者達のことじゃないかなって私昨日思ったんだ。私達皆血は繋がってないけど、血の繋がり以上になんだかんだ昔から仲良し三人組でしょ?」


「……」


「私達は人間、神じゃない。結局どう頑張っても不完全なんだよ」


「だから協力、助け合いか……。確かにそれは有かもしれない。遥は俺より頭が良いし権力だってある。そして優美、お前は近い将来俺が幾ら努力しても到達できない領域に足を踏み入れるだろう。結局のところ俺は二人の劣化版にしか過ぎない」


「違う!」


 彌莉の言葉に優美が声を大きくして否定した。


「そんなわけないじゃない! 私にとって彌莉は家族で唯一のお兄ちゃん! 力とか権力あるなしの話しじゃない! 私が言いたいことは――」


 彌莉は首を横に振りながら、


「わかってるよ。だから俺は独りよがりを止める。優美の言う通り自分の弱さを認め助け合うことにする――今の家族と」


 優美の気持ちを受け入れ尊重し肯定することにした。

 今まで前に進むのではなく、後ろしか見てこなかった。

 だけどそれは間違いだったとようやく気付いた彌莉は優美の頭に手をのせて優しく撫でる。今を受け入れたからと言って昔の家族が心の中から消えるわけじゃない。だったら今を受け入れ、昔を受け入れ、現実を受け入れた方がいいに決まっている。


「う、うん!」


 ようやく優美の顔に微笑みが戻った。


「それでね、彌莉に一つ相談と言うか力を貸して欲しいと言うか……いいかな?」


「なんだ?」


「ルーミアを止める事を諦めない?」


 優美の言葉は意外なものだった。

 一瞬何かの聞き間違いかと耳を疑った。

 ところが、驚く彌莉を置いて優美が続ける。


「正面から戦っても勝てないなら、勝つ条件を変えればいいと思うの。だけどそれも結局のところ避けては通れない戦いになる。だけど私達家族が協力すれば万に一つ可能性があると思う。どうかな?」


 少し言葉に不安が感じられる。

 それは作戦に自信がないのではなく、彌莉の同意を得られるかで不安のように見て取れる。


 ――遥の協力。

 つまり、今より大きな戦いになるということか、と彌莉は考える。


 敵が国家として動いてきたのならそれも致し方無い。

 だけど自ら国家として敵国に反撃をするとなれば防衛線を引くだけで手一杯のオルメス国に攻撃にでる余力は既になく、下手をすれば敵もそれを機に大きく動いてくるかもしれない。そのリスクを今背負う必要はないと考えるも優美の考えを聞いてみない事にはハッキリと答えを出す事はできない。


「まずは話しを聞いてからだな」


「今オルメス国の軍事権は全て遥にある」


 やはり、と心の中で思う彌莉。

 だけど優美の言葉は彌莉の考えを超えていた。


「そこで私と彌莉と遥の三人でルーミアを足止めしない? それと同時に遥の権限で軍の一部を動かして貰ってルーミアの弟を保護し連れてくる。それで事が上手くいくかも知れない」


 勝てないなら勝つために勝利条件の書き換え。

 確かに合理的ではある。

 だが、と彌莉は思う。

 果たしてそんなに簡単に事が上手くいくのかと。

 敵は今まで多くの国を潰してきた程の力を持ち、オルメス国とは違いまだ余力があると考えられる。ルーミアが言っていた。自分は兵器だと。使えなくなれば捨てられると。所詮敵国からすればルーミアですら簡単に切り捨てられるだけの国力を保有していると言うこと。

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