第27話 優莉の想いと言葉


 ■■■


 重傷で三途の川を渡っている時あたりに二人の女の子から全裸を見られたと察した彌莉は羞恥心に駆られていた。


「あの~、優美様は出ていかれましたので彌莉様もお布団から出てきてくださいませんか?」


 よくよく考えてみれば怪我をして血で真っ赤に染まり穴だらけになった服が目が覚めていたら元通りになるわけがない。つまり、下着を含めて誰かが着替えさせてくれたのだろう。不意打ちだったとは言え、ふにゃふにゃでやる気のないアレも当然見られたというわけで、そう考えると男としての尊厳が奪われた、そんな気持ちになってしまった。


「イャあぁんでえぇちぇぬぅううう……!」


 これが彌莉の心情。


「えっと……私にできることがあればしますからとりあえずお布団から出てきてください。ついでに怪我の状態も見たいので……」


「うるさい! お前になにがわかる! 優美と遥に全部見られた俺の気持ちのなにがわかるんだぁー!」


 優莉は遥と言い彌莉と言い、一癖も二癖もあるな、と心の中で思い、彌莉が反応してくれそうな言葉を頭の中で考えた。まずはこちらになんでもいいから興味を持ってもらわない事には治療以前に診察すらできない。


「もしかして……小さいんですか?」


「ち、小さくないわ!」


「なら、早すぎる感じですか?」


「そ、そんなわけあるか! 持久力には自信あるわ!」


「まぁ女としては全て標準仕様でいいんですけどね。長いと疲れますし……」


 優莉は呆れたように哀れな男を見ながら鼻で笑いながら答えた。

 あまりにもバカバカ過ぎて最早笑いをこらえるのも必死。

 国の命運を本当にこんな緊張感のない男に任せていいのだろうか、とつい思ってしまうほどに今の彌莉には勇敢に戦った影すらなかった。


「初体験なく童貞のまま死ぬというなら私はこのまま部屋を出て行きますがそれでいいんですね?」


 バサッ!


 言葉が言い終わると同時に毛布を投げ捨てた彌莉がようやく優莉に姿を見せた。

 一度もアイデンティティを使わずして後悔のない人生が送れようか!?

 否ッ――男として生まれた以上、本能に嘘は付けない!

 目力だけでそう力強く訴える彌莉に優莉は「単純過ぎませんか?」と苦笑いの笑みを見せる。


「まずはこれを飲んでください。心が落ち着くのと傷を癒す効果がある薬です」


 彌莉は手渡された薬を口に含んで水で流し込む。




「では、失礼します」


 傷口を見せていると、優莉が視線をそのまま固定して話しかけてきた。


「これは私の推測にしか過ぎませんが、大天使や神の力と言うのは強い感情。例えば怒りのようなもので強引に一時的に力を引き出すことは可能なのでしょうか?」


 遥に剣を向けた時の事を思い出して。


「否定はしない」


「やはりそうですか。それと傷口を見る限りですが彌莉様は生かさせています。致命傷を避けたのではなく敵の意思によって逸らされているそんな感じの傷です。だからこれだけボロボロになっても生きていられたのでしょうね」


 そう言われて、ようやく腑に落ちた。

 ルーミアはその気になればいつでも彌莉を倒せる。

 だからこそそれを利用したのだと。

 彌莉が重傷でここにいる間は優美も必ずここにいる。

 狙う相手が本気で逃亡を企て実行した場合、それを追うのはやはり大変。

 ならば、とそこに足枷を用意すれば優美は逃亡を考えないと思ったのだろう。



 事実それは正しい。



 後はなぜルーミアが彌莉が寝ている間に攻撃を仕掛けてこなかったという疑問だがこれは恐らくルーミア自身が言っていた数の暴力を警戒してだろう。普通に考えて王城の警備は何処の国も厳重。今のオルメス国にはそんな余力すらないが、ルーミアはそのことを恐らくまだ知らない。だから最後の最後で怪我をしたために、無茶をすることを止めた。恐らくは万全を期すために。


「そうゆうことだったのか……」


 だから今彌莉は生きていて、優美はここに居て、一時の平和が作られているのかもしれない。だけどそれはもうすぐ終わりを告げることになるだろう。ルーミアが本当に弟を想う気持ちがあるのなら必ず優美を狙いにまた攻撃を仕掛けてくるに違いない。その時、彌莉は必ず優美を護り抜くために再びルーミアと戦うことになるだろう。お互いに護る者がいて、どこか似た境遇がある。だからこそ、過去ではなく今と未来を護る為に逃げるわけにはいかない。


「急にどうしました? 難しい顔をされてますよ」


「なんでもない。ちょっと考え事をな」


「…………っ」


 優莉はそんな彌莉の言葉を聞いて、少し戸惑う。

 心配そうにチラッと顔色を見て、怪我の容態を記録していく優莉。

 まるで彌莉の気持ちがわかると言いたげに、まるで同情でもするかのように、優莉は彌莉に警告する。


「失礼を承知でお伝えしますが、これ以上の無茶は無謀かと思います。だから……止めてくださいね?」


 ビクン、と。彌莉の身体が小さく震えた。

 覚悟を決めたはずなのに、他人から言われるとその覚悟が揺らいでしまった。

 それは彌莉のためを思ってなのか、はたまた遥のためを思ってなのか、一体どっちの意図なのだろうか、と彌莉は思う。


 ちょうど優莉は紙に何かを記入していてよく顔が見えない。

 周りから見れば、彌莉などちっぽけな存在の一人にしか過ぎないはず。

 それでもどうして心配してくれるのか。

 一度は自分達を見捨てた人間が今は態度を変えてこう接してくる。

 そう思うと、どうしても、素直にその言葉を受け入れることができない。

 申し訳ないと思いながらも、やはり疑ってしまう。

 その言葉にも裏があるのではないか、と。

 もっと言えば心の中で僅かばかりの憤りを感じてしまう。


「だったらお前が優美を護ってくれるのか?」


「……それは、、、」


 動かしていた手を止めて、チラッとこちらを見てきたがすぐ目を逸らされた。


「言いたい事があるなら言ったらどうだ?」


 すると、色々な思いが交差し混ざり合ったなんともいえない声で、


「今の彌莉様では百回戦っても一回も勝てないということです。女王陛下は彌莉様に期待しているようですが、はっきり言って……その希望は儚い夢のようだった、と言えばいいのでしょうか……」


 それは。

 目に見えない刃という現実を突き付けられた気持ちにさせられる鋭さをもっていた。

 だけど、それは。

 正しいのかもしれない。

 でも優莉は事の本質を理解していない、と彌莉は思った。


 人が立ち上がるのに勝てるか負けるかだけで決めつけているなら、かつて勝てないとわかっていても最後まで勇敢に戦った者たちがしたことは全て無駄だというのか。

 もし、そうなら命懸けで彌莉と優美を護ってくれた両親のしたことは無駄だというのか。違う。無駄なんかじゃない。絶対に『無駄』になんかさせない。自分が追い込まれることで見えてきた物がある。それは当時の両親の想い。当時の両親が一体どんな気持ちで彌莉と優美を護り育ててくれたのか。自分が優美を護る立場になってようやくその断片を見る事ができた。それは、心の成長なしではいつまで経っても見て感じることができない感情でもあった。


「なぁ、一つだけ聞いてもいいか」


「はい。私が答えられる範囲でしたらお答えします」


「なんで両親が死んだ日お前達は俺達を期待外れだと言って遠ざけたんだ?」


 雷に打たれたように身体がビクン、と反応した。

 その質問は優莉にとっては予想外も予想外と言いたげに驚いた顔は戸惑いに満ちていた。それでも彌莉は知りたいと思った。どうして、こうも人は手のひら返しが出来るのだろうかと。

 そして、優莉が従者の口調で告げる。


「もう……いいのでしょう。真実をお伝えしても。まず王家に仕える者やそれに近い立場をもつ者達が神の力の存在を本当に周知していなかったとお思いですか?」


「…………?」


「それだけ重要な事実を知らないはずがない。当然神の力に最も近い大天使の力の存在も。貴方様のご両親からのお願いだったのですよ。もしもの時は彌莉様と優美様を自然な形で王城から離れさせ、心の療養期間を与えてくれ、と。女王陛下が夜な夜な王城を抜けだしお出掛け、そんな重要な事実に誰も気付かないとお思いですか?」


 確かに、女王陛下が好き勝手に夜な夜などこかに出掛けていることに誰も気付かないはずはない。ましてや側近かそれに近いと思われる、優莉が気付かないはずがない。なぜなら身の回りのお世話をずっとしているから。


「本当に皆が失望していたら……今頃『決死の物量作戦』に出ていましたよ! 誰も彌莉様には期待すらしていないのですから! 軍の上層部が遥様に全権限を返還し対立することなく預けたのは誰もが内心……本当は期待していたんですよ! でもそれを伝えれば彌莉様の心の負担にしかならないと……皆気付いていたんです! 神の力が覚醒するまで約一年は必要、でも毎日人知れず努力し幼くして大天使の力を開花させた者なら護ってくれると皆が期待していたんですよ! 遥様が他国の協力を断った本当の理由はその身を買春させろと脅迫されたからなんです! そうなれば遥様だけでなく、この国の民達が奴隷のような扱いをされるかもしれないと、目先の利益と犠牲だけでなくその後のことまで考えての判断だったんです! なにより……遥様は……最悪……その身一つだけの犠牲で神の力(他国)の援助を受け入れないかとも……今まさに、か、考え……られておられるのです……。それでも遥様は彌莉様には絶対に言われません。辛いから助けてよ、と。彌莉様に話しを持ちかけてここに来てもらうまでの間毎日夜な夜な一人不安と向き合い恐怖して泣いていたことを。それぐらいにまで、もう遥様自身の心と身体もかなり弱っているのです……」


 感情的に怒鳴り始めたかと思いきや、途中からぽたぽたと透明の滴を零し、唇を噛みしめ、かすれるような声で、彌莉に力強く訴えてきた優莉。

 その姿に今度は彌莉が予想外だったという顔をする。


 彌莉から見た優莉は演技じゃなかった。


 本当は今すぐ「主を助けて!」と言いたい気持ちを必死でこらえて、彌莉の質問に従者として答える彼女の顔は綺麗な顔が台無しになるぐらいに涙ぐんでいた。せっかく整えた薄化粧が涙で落ちて、普段なら人に絶対に見せれないぐらいにぐちゃぐちゃになった顔で彌莉の目だけを見て言葉を続ける。


「本当に力があるなら助けて! 本当は皆がそう言いのです! 私達だって助かりたいんです! まだ死にたくはありません! でもそれは自分勝手なエゴだと理解しているから、なにより口では遠ざけても心には嘘を付けないから私達は最後まで演技をする! それが一番可能性のある未来だと知っていたから!」


 ドクン、ドクン、ドクン。


 忘れていた。

 血が昂るこの感覚。


 忘れていた。

 両親がくれた、愛情の数々。


 ようやく、気付いた。

 両親の愛は今も目の前に沢山あると。


 そして、気付いた。

 軍が街の外にいるドラゴンをまだ牽制しているのは――。


「なんでルーミアなんかに負けているのですか! 貴方様の本気はその程度なんですか! 違いますよね!? 魔王サタンが堕落する前、天使長だったルシファー、なら同じ天使長の力を持つ貴方様なら勝てるのではないのですか! 両親が死んだから心が不安定!? ふざけないでください! 貴方様の目には優美様がもう心を安定させたように見えるのですか! 強力な精神安定剤を優美様が自らの意思で飲まれ、今は安定していると、なんで家族だったら気づいてあげられないんですか!? 貴方様の事を思い、真実を黙っている。それは紛れもない貴方様のためです! 苦しいのは貴方様だけじゃないと、いい加減に気付いてください! 一人無茶し無謀を貫き、無駄に死なれては私達の努力や我慢が全て無駄になるのです! なによりこの国の未来がなくなってしまうのです! なによりこれ以上優美様にも迷惑をかけるつもりですか!?」


 息を荒くして、ありのままの真実と感情をぶつけてくる優莉。

 静かで大きな部屋に響いた声は、演技ではとてもじゃないが出せない迫力があった。

 一体どれほどの精神力で優美や遥、そして優莉は自分自身と戦い自分の役目を果たしているのだろうか、彌莉には到底理解できない。


「…………」


 彌莉は何も答えられなかった。

 すると、急に薄れていく意識。

 その中で「申し訳ございません」と声が聞こえた。

 ……さては、俺にも盛ったのか。

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