第2話 大天使ミカエルの力を継し少年
オルメス国――王都一番の七。
比較的に王都の中心地から近い街に今年成人したばかりの青年が一人住む一軒家がある。青年は両親を戦争で亡くし、そこで年が一つ離れた特異体質の妹と二人暮らしをしている。なので二人で住むには十分に広い。
だけど――。
静寂と夜の街を照らす光が窓から差し込む時間帯。
寝室を移動する怪しい影が一つ壁の中を動く。
「……おきてる?」
小声で語りかけて隣で寝ている女の意識があるかないかを確認する。
「…………はむゅ~みゅにゅぃ~」
返って来たのは完全な寝言。
その言葉の意味は正直わからない。
だけど女の意識が夢の中にあると確認はできた。
念の為に口元に手をあてると、かすかに寝息を感じる。
念には念を入れる。
もしここから先誰かに見つかったらと思うと、やはり慎重になってしまう。
それだけ若い青年にとってはこの後の行動全てが神聖な行いであり、誰かに見られたらいけない儀式でもあるからだ。
「部屋を出ればその音に何故か毎回反応するからな……こやつ」
と、周囲に視線を飛ばし、手の感覚だけを頼りに寝室の中を移動。
そのまま音を最小限にとどめてティッシュボックスを手に取り懐まで持っていく。
もしもを想定しベッドで気持ちよさそうに寝る女の近くまで素早く戻る。
それからベッドの脇に腰を下ろし、ズボンの紐を緩める。
予め今宵の儀式の為、枕元にサイレントマナーモードにして用意したスマートフォンの画面を入れてお気に入りの画像フォルダーを素早く開く。
スマートフォンから発せられる光が寝室を微かに照らし、青年の顔をあらわにする。
容姿は黒髪短髪で顔は中の中。
年齢は先日二十になったばかりで、細身でありながら筋肉質にして場合によっては神の力の一対と拮抗すると言われる大天使ミカエルの力を体内に宿した訳あり者。
その者は――最新の注意を払いもぞもぞと動く。
これから行われる行為、否ッ、儀式の感度を高める為にベッドの中に入り、その……なんだ……、楽な態勢へとなっていく。
「もし妹が起きてもぱっと見は毛布さんが護ってくれる。最悪寝たふりで誤魔化せる……はず」
右手に持ったスマートフォンを操作し、自身の気持ちを高めていく青年――彌莉。
彌莉(いより)は態勢の微調整を終え、最後の準備へと取り掛かる。
スマートフォンを左手に持ち替え、右手で先ほど持ってきたティッシュを数枚持ち毛布の中へ。
「うむうむ、俺の秘蔵コレクションはやはり最高だな、にひひっ……」
鼻の下を伸ばす、ニヤニヤが止まらない。
だが、まだだ。
もっと気持ちを高めなければならない。
今月色々とあり月末だと言うのにまだ一度も出来ていない。
そのため、一秒でも早く銃を撃ちたい。
でも、それではダメなのだ。
最高の一発を放つにはここで最後の我慢と最高のコンディションが必要だと彌莉は自負している。
故に妥協は許されない。
楽園(エデン)の扉はすぐ目の前まで迫っている。
「えへへ~」
妹――優美には悟られないように、ベッドに伝わる振動を最小限に右手をゆっくりと大きな樹木がそそり立つ樹海へと伸ばしていく。
先に誤解なきよう述べておくと優美をおかずにはしてない。
そもそもこうなったのにはちゃんとした理由がある。
まずは聞いて欲しい。
例えばの話しだが、目の前で両親が殺されたのをきっかけに二年前から心が不安定になり一人になる事を嫌う可愛い妹がいるとしよう。そのため何処に行くのも一緒、なにをするのも基本一緒の生活が当たり前になった血のつながりこそはなくても兄妹となった二人がいつも一緒。そんな生活の中でいつアレをしろと言うのだ?
頭では兄妹とわかっていても、血は繋がっていないと四六時中意識させられるぐらいに家では無防備姿の妹と毎日一緒にいて溜まらないわけがないのだ。
なにより今目の前にいる妹が派手な下着と薄いキャミソールだけで寝ているのだぞ?
しかも年頃で胸は大きくて、その……なんだ。
無防備な胸の谷間を夜な夜な無意識に押し付けてくるのだぞ?
こっちは抱き枕状態と……不可抗力を押し付けてくる。
それに若い身体を見せつけるようにしてむき出しの素肌は触れただけで柔らかく肌触りがとてもよく癖になってしまいそうなぐらい。
他にも長い髪から香る甘い匂いは鼻腔を刺激しと、意識があろうとなかろうとこちらの都合を考えてくれない女が隣にいたとして、それでもこの儀式は変態のする行為だと言えるだろうか?
違う、だろ?
世の中の男子ならば、この気持ち……きっとわかってくれるだろう。
『童貞=彼女いない歴』このスペックが意味するように他者に迷惑を掛けない事を前提に言えばこれは正義であり愛であり【健全!】だと言えよう!
今鼻で笑った女子達よ、よく考えて欲しい。
自分で自分を慰める行いを本当に生まれて一度もしたことがないのか?
恥ずかしがることはない。
これは神様が与えた正常な性欲と名の人間の生理現象なのだから!
なにも恥じることはない!
そもそも恥じるという行動が間違っているのだ!
すなわち、これは人間の持つ欲に素直になっただけであり。
決して愚かな行為などではない!
と、思うので……問題ない! と自分に言い聞かせ。
いざ、樹海にそびえ立つ大きな樹木へと触れた。
――?
――――!?
「……ッ!???????????」
直後事件はすぐに起きた。
「んぁ~、だぁいしゅきぃ~~~」
寝言を言いながら、優美が身体を反転させてクルリと回り手を伸ばし足を絡ませてきた。そのまま細い足が布団の中で動き、奇跡的な軌道(絶妙な位置調整からの膝折足上げ)を描き直撃したのだ。
「ぎゃアアアアアぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そうだ――。
優美の膝が玉座に鎮座する二つの玉にクリーンヒット……。
楽園(エデン)の扉が地獄の扉へと変わり、世にも表現しがたい激痛が襲う。
一瞬で大きな樹木を根元からざわめかせられた彌莉は目から涙をこぼす。
悲鳴に反応し優美が瞼をゴシゴシと擦りながら重たい瞼を開ける。
「……ん? どぉぅしぃたの~?」
気持ち良く寝ていたところに、声が裏返り奇声で叫んだ者に疑問の眼差しを向けて起き上がる優美。
まだ寝ぼけている為、声がはっきりとしないがその目は彌莉へと向けられる。
「うぉぉぉぉーーーー俺のたまたまがぁーーーーー」
それから先、彌莉が正常に戻るまで少しの時間を要する結果となった。
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