本当は逃げたいけど義妹を護る為に恐いけど最後まで立ち向かいます~俺の辞書に彼女という文字は……今の所存在しそうでしない理由は~

光影

第1話 絶世の美女と悩みの種


 明けの明星を指す者、堕落する。

 かつてルシファーと呼ばれていた天使がいた。

 意味はラテン語で光をもたらす者。

 だが――。

 その名は堕天使長だった魔王サタンの堕落前の名に過ぎない。

 

 千年前ヨハネの黙示録第二十章においてサタンは千年の間鎖で繋がれていたとある。

 その間、底知れぬ所に投げ込まれて封印されていた。

 その後、解放されたサタンは「火と硫黄との池」に投げ込まれ第二の死を迎える。


 その一部を記載した内容とは、次の通りである。


 千年の期間が終ると、サタンはその獄から解放される。そして、出て行き、地の四方にいる諸国民、すなわちゴグ、マゴグを惑わし、彼らを戦いのために召集する。その数は、海の砂のように多い。彼らは地上の広い所に上ってきて、聖徒たちの陣営と愛されていた都とを包囲した。すると、天から火が下ってきて、彼らを焼き尽した。そして、彼らを惑わした悪魔は、火と硫黄との池に投げ込まれた。そこには、獣もにせ預言者もいて、彼らは世々限りなく日夜、苦しめられるのである。

                 — ヨハネの黙示録二十章七節から十節(口語訳)


 それから先は語るとも知れず。

 魔王サタンは大天使ミカエル率いる天使と戦い敗北し最後の死を迎える。


 これがこの国の伝承であり、長きにわたり伝承される歴史。



 ――さて。

 そんな歴史がある世界で、もし魔王サタンと大天使ミカエルの戦いがまだ終わっていないとしたら。


『それはありえない』


 と多くの者は思うかもしれない。


 ――先に言っておく。

 それはある意味正解である意味不正解だと。

 だから肯定も否定もしない。

 ただどちらにも取れる曖昧な世界が実際に存在する、と伝えたいだけ。


 ――例えば、人が両者の力を扱える世界。


 そう表現した方がわかりやすいかもしれない。


 【宇宙】

 それはまだ見ぬ世界が多く存在し、まだ知らない存在が多くいる一つの集合体。

 だとしたら、誰も知らなかった、誰も気付かなかった、誰も認識できなかった、世界があっても可笑しくはない、と言えないだろうか?


 自分達が知っている知識が全て。

 そう思うのは人間の驕り、なのかもしれない。

 そう思った理由は単純で。


『人は万能ではないから』


 故にその心は善にも悪にも容易に染まりやすい。

 この場合の善とは神ともう一つ。

 すなわち神の御使いである大天使ミカエル。

 悪とは。

 過去に神の御使いでありながら反旗を企てた堕天使ルシファー。


 ――言い方を変えれば。

 ――神もしくは大天使ミカエルの力を継承した人間と堕天使ルシファーの力を継承した人間による代理戦争が今も行われている世界がある、ということだ。


 なので、そんな人間がいる世界をここで紹介しようと思う。



 ■■■


「あー、なんで毎度こうなるかな……」


 女はため息混じりに言った。

 長く綺麗な黒髪を揺らし、整った美貌はまさに男の目を釘付けにするほど。

 また細身でありながら豊かな胸とそれに劣るにまさらないお尻は神に愛されているとしか言っても過言ではない。

 そんな彼女――小山遥でも悩むことはある。


「いかがいたしましょう?」


 オルメス国の女従者が不安そうな顔色で耳打ちする。


「もう其方たちに戦う力は殆ど残っていないのは事実。ここは敵の要求を呑むべきだと思うぞ。それかその身を持って助けを求めるか、と言った所ではないか?」


「そもそも天使の力で堕天使の力を抑え込もうとするのが間違いだったんだ。無駄死にとは正にこの事。兵士達も無能な王の命に素直に従うとは……本当にやれやれだな」


「神と堕天使の代理戦争? ったく変な物に巻き込まれて早数百年。よくご先祖様達はこの大混乱の中を生き残れたもんだ。特にお前さん達はな」


「まったくだ。神の力と大天使ミカエルの力を扱える者、合わせ数十人の人類に対し堕天使ルシファーの力を扱える者は数百人と聞く。その下位にあたる天使の力を扱える者ですら両者合わせて数万から数十万人だけとは世の中のパワーバランス一体どうなってるんだ。数百億の人類に対し殆どが力なき凡人じゃないか」


「世の中『悪』の方がカッコイイのかいつの世も『悪』が多いのは最早典型的かつ『悪』の力の方が強いってのはどうも気に食わんわけだが、今回ばかりは流石に大ピンチと言った所か。さてどうする? 俺の女になるなら助けてやらんこともないぞ?」


「俺の愛人になり夜誠意をもって相手をすると言うなら考えてやってもいいぞ?」


 善を主張する人類に残された七つの国。

 かつては百国以上あった国も残すは両手の指を数えるほど。

 その人類最高評議会の定例会議においてオルメス国において女王陛下として君臨する小山遥はその身体を各国の国王たちに狙われていた。

 その原因は生まれ持った美貌。

 今年二四歳という若い肉体が持つ甘美な魅力は年頃の男達を刺激するには強い毒でしかなかった。

 自国の救済との交換条件。

 万の為に一が犠牲になるとはこのこと。

 それを決定するのは他の誰でもない小山遥という人間自身。

 幾ら善側の人間とは言え、所詮人間の本質なんてクソみたいだな、と心の底から呆れる遥。

 だけど言い方を変えれば正常な行動とも呼べる。

 種を残すという遺伝子に刻まれた狩猟本能とも呼べる雄の遺伝子に目を当てるなら各国の男達が危機的状況に追い込まれた国を救済し、その優秀な遺伝子を後世に残そうとしているのだから。逆に自身が優秀だと思う種を授かり無事に地上に導くのが雌の遺伝子本能とも呼べる。ただしそれはお互いの気持ちがあることが前提のわけで、そうじゃない場合種と卵の出会いは却下されるのが理性を備えた生物の理。


「悪いけど、ここにいる誰の女にもなる気はないわ」


 この場合、決別と呼べる言葉に男達が僅かに口角をあげる。


「なら助力はいらないと?」


 助力なしでは滅びの運命を辿るのは必然。

 それでも遥は顔色一つ変えずに六人と目を合わせて平然とした態度で言う。


「そう聞こえなかったのかしら?」


「ち、ちょっと待ってください。仮にそうだとしてももっと言葉を選んでください、じ、じょ、女王陛下ぁ~」


 今にも泣き出しそうな顔と小声で心の声を訴える女従者。

 それをチラッと見て「無理ね」と微笑みながら答える。

 そんな小悪魔のような言葉に女従者の顔がさらに怪しくなり目から涙がポロポロと落ち始める。そして向けられた憐れむような視線に遥はまたしても大きなため息一つ。


「……はぁ」


 頼りない女従者と真面目に外交を執り行う気がない国王たちに遥は頭が痛くなった。互いに護るべきものは同じ、なのにどうしてここまで亀裂が入るのだろうか。それは人間が神の劣化版だと捉える事で渋々納得する。完璧が神ならば不完全な神が人間と言った所か。だからこそ人間は神であり神ではない存在という定義が実は一番合っているのではないかと考えている。一個人の見解ではあるが、事実たった七人だけの会議でもこうしてスムーズに進行しないのだからあながち間違っていないと思われる。



「「「アハハ!」」」

 男達の笑い声が響き渡る。



「正気か?」


「負ければどうなるかわかっているのか?」


「強気な女は嫌いじゃねぇな。その顔が崩れた時が最高だからよ。で? もう一度聞くぞ。どうするんだ?」


 何度聞かれた所で遥の答えは変わらない。


 さっきとは違い少々面倒そうに、


「貴方達耳が遠いのかしら? 弱気者や困っている者達に救いの手を差し伸べられない男の手は借りないと言ったのよ?」


 と、臆することなく言い切る。


「お前はわかっていない。一国の王としての責務をな。神の力を持つ者を従わぬ国に未来はないと何故まだわからない?」


「なら逆に聞くわ? 神の力を扱える者を二人も保有する善の人類最強国家アルマス帝国は何故オルメス国の危機に対して力を貸してくれないのかしら? どうして私の身体と引き換えになるのかしら?」


 生き残った善の人類で最も弱いとされるオルメス国の王の言葉にアルマス帝国の王が鼻で笑う。


「何を戯言を言っておる? 戦争などもとより非情。曖昧な感情や精神論ではやってはいけない。ならば、いつ死んでも悔いない人生を、王として、漢として、生きて何が悪い?」


 その言葉に今度はオルメス国の王が鼻で笑う。


「くだらないわね。結局の所それだけの力を持っていてもビビってるんじゃない? いつ負けても良いように言い訳を自分にしてるへっぴり腰の種はやっぱりいらないわ。ってことで、この話しはここまで。現時刻を持ち――」


 オルメス国の王――遥は席を立ち上がり従者に目で付いてこいと合図を送り、六人の王に背中を向けて、


「オルメス国は独自で今回奇襲を仕掛けてきた堕天使ルシファーの力を継承するルーミアを排除する事を宣言するわ。助力は不要、ただしお忘れなきよう、戦とは力が全てではないと」


 不敵な笑みを浮かべながら、会議室を出て行く。

 その背中に向けられる冷ややかな視線を背中で受け止めつつ遥は従者だけに聞こえるよう小声で。


「大丈夫だからそんな顔しないの、優莉」


 同じく小声で。


「で、でも~」


「大丈夫。それにアイツらの本当の目的は私の身体だけじゃない。だとしたらどのみち私達だけでこれは乗り越えるしかないのよ」


「……どう言う意味ですか?」


「わからない? 私がアイツらの女になると言う事は私が自らお嫁に行くと言う事よ?」


 その言葉に従者は一度足を止めて、後ろを振り返る。

 そしてようやく腑に落ちたような表情で問う。


「まさか?」


「えぇ。対等ではなく私が今握っている実権――すなわち資源、発言権、人民、領土、領海、領空……などを含めたオルメス国そのものなのよ、きっと。だから私は誰の女にもならない」


「なッ!? それってつまり――」


 従者の言葉に割り込み遥が言う。


「アイツらは私の身体と国の二つが一番に欲しいってこと。片方だけではなく、両方。それが男の欲望って奴なのよ……たぶん。絶対に愛する民を奴隷になんかさせないわ」


 遥は大きなため息をはいて、ある男の事を思い出しながら呟く。


「私に目もくれない、頭はいいのにアホ、偉くなりたいとかの願望もない、そんな正反対の男は今頃何をしているのかしらね……」


 それは考えたくもない。

 考えただけでも頭が痛くなる相手だから。

 それでも遥はそんな男の事を頭で考えながら従者と一緒にオルメス国へ足を向けて歩いて行く。

 その背中はどこか悲しそうに見える。

 それもそのはず、世の中思い通りにいかない事の方が多いのだから。


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