第23話 絶体絶命


 彌莉の頭が理解する。

 優美を護る為に動く自分。

 弟のために動くルーミア。

 天使の力を超えた力を持つ自分とルーミア。

 両親を殺された自分とルーミア。

 まるで因果関係があるかのように自分とルーミアはどこか似ている。

 抱いていた強い憎しみがなぜか薄れていくような、そんな感覚に全身が陥ってしまう。


 これは……。

 正しいのだろうか?


 本来であれば、オルメス国に侵入し優美を狙うルーミアを倒せばそれで全てが解決、そんなシンプルな話しじゃなかったのか?


 ――なのに、今は色々な問題が絡み合って一つの戦いが起きているような。


 ――目に見えない沢山の思惑が絡み合った結果、一部の者だけが得をし、戦いの中心に立たされた者が損をする。そんな理不尽なことが目の前で起きて巻き込まれているのではないか?


 ――私達は兵器。王の機嫌一つで……。


「……だけど命日は」


「えぇ。三日早いわね。でも大切な人を死刑台に立たせるわけいかないでしょ?」


 なるほど。


 三日後に弟が死ぬ。その前に優美を捕まえ殺す……。

 遥を始め、多くの者が勘違いしていたのかもしれない。

 恐らく俺達は自分達の都合の良いようにルーミアを悪としてみていた。

 もし彼女の言葉に嘘がないのだとしたら、この復讐に意味はあるのだろうか?

 復讐が成功し優美が護られた先にあるのは、もしかすると――何もないのかもしれない。


「だから神の力を渡してくれないかしら? 私の弟を救うために」


「……ッ!」


 彌莉は奥歯を噛んだ。

 誰かの命を取れば誰かの命がなくなる。

 最初と同じ質問のはずなのに、ルーミアの過去と今を少し知っただけでその言葉の意味が急に重たくなった。今までは小さなボールで会話のキャッチボールをしていた。だけどルーミアが今投げる言葉のキャッチボールに使われるボールは巨大な鉄球。受け止めたら自分が怪我をする未来しか見えない、そんなボールを彌莉は受け止められない。


「……なんだよ、それ」


 やりきれない気持ちをルーミアにぶつけるようにして爆発させる。


「ふざけんな! さっきから聞いてりゃ、自分が正しくて俺達が間違いって言い方ばっかしやがって! それだけの力があるなら少しは自分の意思で弟を助ける為に戦えよ! なんで私は仕方なくやってるって正当化して自分に嘘をついてまで頑張ってるんだよ! 俺は優美を殺すと言われれば相手が誰でも立ち向かう。例え世界が敵になるとしても俺は最後まで優美の味方でいる! それが兄として俺自身の責務だと思っているから!」


「黙れ!! お前なんかに私の何がわかるッ!!」


 彌莉の怒りが、ルーミアの叫びに押しつぶされてしまう。

 それは理性を捨て感情をむき出しにした獣ような声だった。

 先程からルーミアが彌莉の名前を呼ぶ時に”君”と言ったり”お前”と言ったりするのは心情の変化がそのまま表に出ているのかもしれない。


「知ったような口を利くな! 私の気持ちのなにがわかるって言うのよ! 弟の余命が残り僅かになった私のなにがわかるのよ! 私が今日ここに来るまでの間、どれだけ悩み、どれだけ苦しみ、どれだけ決意を固めてきたと思っているのか! 望みもしない戦いを強いられて、それでも尚、大切な弟のために力を振るうことでしか弟が救えないと知った私のなにがわかるのよ!!」


「……」


 ルーミアの怒りに呼応するようにして、弾幕が彌莉の足元に落ちる。

 突然の攻撃に彌莉の身体が宙に浮いて、背中から地面に落ち、数メートル転がる。 

 あまりの激痛に持っていた剣は手から離れ、形を失い、崩れていく。

 それでも何とか立ち上がる。

 だが身体もボロボロになり限界を超えている事から悲鳴をあげ、彌莉の命令を無視して、指先一つすらもう動こうとしてくれない。


「……グハッ!?」


 怒りに身を任せた攻撃は続く。

 今度はルーミアが近づいてきて、蹴り上げられパンチや蹴りを連続して放ってくる。

 普段なら大して痛くもないようなパンチと蹴り。

 だけど、これがルーミアの怒りや悩みと言った感情の重さのように、一撃一撃がとても重たく痛い。


 彌莉の視界の先では涙を流し、感情的になったルーミアがいた。


 天使とかそう言った特別な力を関係なく、彌莉はルーミアがここまで情が深い人物だとは思わなかった。


 逆に言えば、恐い。

 ここまで感情的になるルーミアを彌莉は恐いと思った。


「私だって頑張ったよ! 何か別の方法がないのかって色々と考えた! 王と直接交渉において、猶予延長の進言、神の力はルシファーや大天使のように一方的なソレでは力を貸してくれない事実の提言、神の力を消した事実を使った政治利用の危険性の進言、だけど全部私の作り話だと言って信じてくれなかった! これ以上、文句を言うのなら弟の手足を引きちぎるって最後は脅迫され権力に逆らうことすら許されなかったんだよ!」


 止まる事のない攻撃は続けられ、ついに天使の力と大天使ミカエルの力が使えなくなってしまった。それでも雨のように降り注ぐ攻撃は勢いが弱まるどころか彌莉に止めを刺すように一撃一撃がとても重たく、まるで攻撃の雨。


「……だからさっき言ったでしょ! 本人にその気がなくても王の機嫌一つで私達の平和が危険になるって!」


 渾身の一撃が顔面に当たり、彌莉は後方に飛ばされ、地面を二、三メートル転がる。

 息遣いを荒くして、もうこれ以上は息が続かない所までラストスパートをしたルーミアの攻撃がピタリと止まった。


 優美の性格からしてこの事実を知ったら、きっと自己犠牲を選んでしまうのかもしれない。それを本心で望んでいなくても、優美は人思いで優しい女の子だから。考えろ、考えろ、身体が動かなくても頭はまだ動く、だったら考えろ。俺が今やらなければならないことはなにか? 優美が本当の意味で幸せになれる未来はどこにあるのか? この戦いに本当の意味で終止符を討つにはどうしたらいいのか? たった三人の正義がぶつかっただけでこれ。これが国同士の戦いになったらもっと多くの個人の正義がぶつかり合う。そう考えたらこの程度ならまだなんとかなるかもしれない、そう思える。


 優美の神の力がもし目覚めれば。

 武力の争いになら勝てるかもしれない。


「…………」


 だけど、優美は絶対にそれを望まない。

 優美は誰かが傷つくことを望むような好戦的なタイプではない。

 どちらかというと友好的な関係を相手と築き話し合いで物事を決めるタイプの人間。


 そして、ルーミアも。

 恐らく優美と同じで好戦的なタイプではない気がする。


 ならば、と考える。


 ルーミアに優美を重ねると、ルーミアは自分で自分を責め必要以上に苦しむことで精神を強引に安定させ頑張っているのかもしれない。


 だけど、それは間違っている。


「それは……違う」


 彌莉は否定した。

 押しつぶされた肺に酸素を入れて吐きだし、もうまともに見えない目だけをルーミアに向けて。


「もしお前に……もっと……強い力があれば……権力に対して……力で対抗できたはずだ。国が弟でなく、お前が国を人質に交渉が……できたはずだ。だから、お前の考えは……全てが正しいとは言えない」


 大天使ミカエルの力を再び身体を動かすことだけに集中させる。

 だけど、もう力を感じられない。

 まるでガソリンがなくなって走ることができなくなった車に動けと命じるように、彌莉は藁にも縋る気持ちで身体に力を入れる。もう動くはずのない身体は受けた傷から血しぶきをあげ、痛みを麻痺させ、これが最後の大仕事と言わんばかりに彌莉の気持ちに答えようとする。


「ま、まだ、立ち上がるの?」


「……ったりめぇだ!」


「勝ち目はもう……」


 最後まで諦めない意思を見せる彌莉にルーミアが戸惑いをみせる。


「ないだろうな……。でもな、勝てないから諦めるって理由にはならない。俺の両親がそうしたように、俺には命に代えても護るべき大切な人……人達がいる」


「仮に私を倒しても次は私の国が総力をあげて潰しにくるだけ。それは私一人を相手するより過酷で熾烈な戦いになる。所詮国から見れば私の代わりは幾らでもいる」


 だろうな。

 本当に力が強く、何百、何千、という大群を本当に一人で相手できるのなら今頃そうしているはずだ。権力という力に屈する時点でルーミアの力はそれまでということ。


 だけど――。

 それじゃダメなんだ。

 どんなに恐くても、どんなに無茶でも、最後まで立ち向かわなくちゃいけないときがあるんだ!

 強い意志は指先をピクリと動かす。

 たったそれだけのことにルーミアが警戒する。


 こんなボロボロになって、地面に寝転ぶことしかできない、ただの人間となった男にルシファーの力を継承した女が一歩後ろへと下がった。


「だったら教えてやる。もし遥が……優美に権力による人殺しを命じたら……俺は例えはる……女王陛下でも剣を迷いなく向ける……。力があるなら立ち向かえ! 護りたい者がいるなら最後まで地べた張ってでも戦ってみろよ! お前の力は誰かを傷つける為じゃなくて……大切な人を護りたいから使うんだろ? だったら、最後までそれを突き通して……みせろよ……――――――」


 どうやら限界だったようだ。

 ついに身体は力尽き、視界が真っ暗になり、意識が暗闇へと落ちていく。

 彌莉は出血多量。

 このまま放置していても死は確実。

 だけど、もう逃げる事も、助けを呼ぶことすらできない彌莉は完全に意識を失う直前死を悟った。


「哀れね」


 ルーミアは弾幕を一つ彌莉に向けた。

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