第24話 仲が良さそうで悪そうで良さそうな二人


 ■■■


「その御守り発信機だったの?」


「……えぇ」


「趣味悪い……」


「あら。そのおかげで助かったのだから感謝して欲しいぐらいだわ。この御守りにGPS機能と通信機機能を付けておいた私がタイミングを見計らって空間転移による奇跡の救出劇を……ってちょっと! なによ、その嫌そうな顔! そこは普通感謝の顔でしょ!」


「別に……ただ……本当に泥棒猫だなって……」


 部屋で聞こえる聞き覚えのある声で彌莉は目が覚めた。


「あっ、いより! 起きた?」


 またしてもこの部屋かと落ち着かない部屋の雰囲気でここが何処なのか気付くと、顔を上から覗き込んでくる二つの影が視界に入ってきた。それから自分は寝ていたのだと気付いた。


 頭の整理が追いついておらず、なぜ自分は今ここにいて、どうやってここまで来たのか、全く覚えていない。というか記憶にもないし、見当すらつかない。


 もっと言えば、なぜ今もこうして生きているのかすらわからない。


 首から上を動かし視線を周囲に飛ばすが優美と遥以外に誰もいない。視界にある点滴袋とそれを繋ぐ管はどうやら左腕に刺さっているみたいだが一体誰が用意し治療してくれたのだろうか。二人には悪いが優美と遥には無理だと思う。特に遥は立場上そんなことを誰かにするのではなくさせてきた側の人間なので恐らく別の医療に従事している誰かがしてくれたのだろう。多分、今はいない遥の女従者あたりが妥当だと思う。


「……いてて。よく生きてたな、おれ」


 彌莉が身体に力を入れて上半身を起こすもまだ身体の節々が痛む。


「大丈夫?」


 心配そうな顔で彌莉が起き上がるのを手伝ってくれる優美に、


「日差しが見えるって事は俺ぐっすり眠ってた感じ?」


 と質問をすると、優美と遥が視線を重ねて少し困り顔になりながらも優美が言った。


「……丸一日以上だけどね……」


「……へっ? ……まじ!?」


「う、うん……」


「本当よ……、昨日まで心拍すら怪しい状況だった……から」


 二人の目の下にあるクマ。

 起き上がったことで近くに置かれている心電図を測る機械が目に入った。

 それ以外にも病院で見かける医療器具。

 どうやら本当に生死の境を彷徨っていたらしい。


「本当にごめんなさい! 私の我儘のせいで本当にごめんなさい。彌莉をこんな目にあわせて本当にごめんなさい! でも彌莉がいきてぇてぇくれて本当によかったぁ……」


 突然涙腺を崩壊させた遥が鼻をぐずぐずさせながら最後は言葉にならない声を出し座ったまま腰を折り曲げ大きな声で謝ってきた。


 その言葉はまるで自分の責任でこうなったと自分を責めている見て取れることから、下手な言葉は返って遥自身をさらに傷つけ追い込むかもしれないと思い、つい言葉に詰まってしまう。


「…………」


「確かに私は望んだ、彌莉が戦うことを。でも私は間違っていた。ルシファーの力を限りなく上手く使えるルーミアの力を見間違えていた。信じていた、でも本当は心配だった。だから発信機を偽装した御守りを渡した。案の定嫌な予感はこれといっていいほど当たった。なにもかも全て私のせい。私の見立てが余かったのが原因! 私は冷静に周りを見れていなかった。だから――」


 少し間をあけた。

 その一瞬が限りなくその場の空気を重たくする。

 その一瞬がとても長く感じる。

 息をするのさえつい忘れるほどに緊張が身体に走る。


 遥がゆっくりと口を開く。


「――私は私情を捨てる。彌莉ならという過信がこんな最悪な未来を連れてくるなら私はこの戦いが終わるまで私情を――」


 遥の肩は震えていた。

 震えはすぐに全身へと広がり、下唇を噛みしめながら言った。

 淡い希望は水泡とかし、更なる悲劇を生んだ。

 まるでそう言わんばかりの表情をする遥に彌莉は慎重に言葉を考える。

 人間には感情がある。

 それは悪い事だろうか?

 感情があるからこそ喜怒哀楽を感じる事ができ、感情があるからこそ一つの考え方に捉われないのではないだろうか?

 それを捨てると言うのは人間の潜在能力を自ら捨ててしまうようなものではないか。

 今必要なのは甘い言葉ではなく、自分を責める遥に届く鋭い言葉だと思ったから、


「――その先になにがある?」


 容赦なく遥がこれからしようとしていることを否定した。


「平和よ」


 遥が即答した。


「だろうな。だけどその更に先には何もない。万のために一が犠牲になった平和。大天使は恐らくそれを望んでいない」


 自分の身体に流れる力に意識を向け、優美の身体に流れる神の力を僅かに感じ取り、確信めいた声で彌莉が言う。


「ルーミアと戦ってわかった。あの時大天使ミカエルが今まで以上に力を貸してくれた。恐らくそれは偶然じゃない。だけどそのトリガーはまだわからない」


 彌莉は嘘をついた。

 安易な希望はまた悲劇を生む可能性があるから。


「なら今は使えないの?」


「あぁ……。多分な」


 彌莉は心の中にある確信めいた答えを二人には隠した。

 恐らく、これが答えだというものが確かに心の中にある。

 でもそれはあくまで彌莉がそう思っているだけで実際はわからない。

 ここで余計な期待を提示して遥の計算をこれ以上乱すわけにはいかない。

 今必要なのは曖昧な可能性ではなく、絶対的な確信と事実のみ。


「そう……」


 黙り一人なにかを考え始めた遥に代わり彌莉が優美に視線を向けて考える。

 なぜあの日彌莉を見逃したのか。

 もっと言えば彌莉が寝ている間に奇襲をすれば間違いなく優美を捕まえることができたはずだ。なぜなら、軍の人間は遥がすぐに動かせないと言っていた。


 彌莉がドラゴンを倒したと言ってもアレが全部のはずがない。だとすると、軍の人間はまだ元居た場所にいて、ルーミアならば今の王城の警備を正面から打ち破り優美を連れて行くことだってできたはずだ。なのにそれをしなかった理由がよくわからない。神の力が目覚めるまでもしまだ時間があるとするなら、彌莉が寝てた時がルーミアにとって絶好のチャンスじゃなかったのだろうか。それとも他にも目的があってできなかったのだろうか。全く持って理解不能。


「……彌莉?」


 難しい顔を見せる彌莉に優美が心配そうな顔で覗き込んでくる。

 今は余計な心配を与えない方がいいだろう。

 ようやく心が安定したように見える優美の精神をわざわざ不安定にするかもしれない橋を今は渡る必要がないと思う。とにかく、現状として彌莉が思い描く最悪の展開は避けられている。なにより、精神が不安定になり神の力が目覚め(暴走)でもしたらそれこそ目も当てられなくなる。


「んや、なんでもない。それより一つ聞いていいか?」


「うん、どうしたの」


「俺を助けたのが遥だってのは起きた時に声が聞こえてきたからなんとなく理解できたんだが、治療したのは一体誰なんだ?」


「泥棒猫のアシスタント」


「……ん? それって、だれ?」


「あの人……えっと……私達を豪華な部屋に案内して逃亡した人」


「あ~、あの人か……。まぁ腕は確かのようだが……なんだろう……急に感謝の心がなくなっていくこの感じは……」


 病室ではなく豪華な客室で治療し放置とは心の容態にまでは気が回らないらしい。

 そんなことを思っていると、こちらも我慢の限界がついに来たのか目をウルウルさせて彌莉に力いっぱい抱きついてきた。


 ずっと口にしないだけで本当に心配していてくれたのだろう。


 だけどこちらは優美の力でも全身が痛いぐらいにボロボロというか、僅かに回復したHPゲージがみるみるうちに緑色から赤色へとなっていくのだが、「うぇ~ん」と泣き虫になった優美のためにも、やせ我慢大会が彌莉の中で始まる。苦痛に耐え、笑顔で優美の頭を優しく撫でてあげる。すると右手に巻かれた包帯が目に入ると、それ以外にも全身に包帯が巻かれているのかとようやく理解した。


「……っう!?」


 やはり我慢しても痛いものは痛い。


「ん? ちょっと! 優美なにしてるのよ!? 早く離れなさい! そのまま泣きついてたら彌莉が痛みでまた意識を飛ばすわよ!?」


 考え事をしていた遥とふとっ目が重なると、慌てて優美を引き離してくれる。

 痛みで目から涙が零れ始めた彌莉は間一髪この状況に気付いてくれた遥によって助けられた。


「あはは~。ごめんなさい」


 頭を掻きながら反省する優美。


「別にいいよ。それよりこっちこそ心配かけてごめんな」


「うん」


 そんな二人の会話に「私は?」と不服顔になった遥に彌莉は「遥にもだったな。心配かけて悪かった」とごめんの言葉ではなく、遥が自分を責めないで済む言葉を選んで送った。


「……うん。それより傷はまだ痛むのよね?」


「あぁ」


「どう? 一人で動けそう? あれだったら回復系統の力を持つ天使の力を扱える者を呼ぶけど?」


「そこまではしなくていい。それより少しは心の整理できたか?」


「…………」


 遥はムスッと唇を尖らせて、


「なんで私を怒らないのよ、死にかけたってのに。それどころか私の心配って……私そんなに頼りないかな……」


 そういう意味じゃないから、と彌莉は身振りを入れて、


「……俺にとって優美は当然ながら遥もとても大切な存在だから心配してるだけ。困った時はお互い様、それが俺達の関係だろ? それなら、一度や二度の失敗笑って許してやらないとだろ?」


 彌莉が過去と向き合い戦うまでずっと側で支えてくれた遥を思い出す。

 まるで血の繋がっていないもう一人の家族のように、いつも明るい笑顔を向けてくれた遥。優美と喧嘩した時は二人の仲裁に入ってくれたり、優美に相談しにくい時は遥が代わりに相談に乗ってくれたり、落ち込んでいる時は気付けば側にいてくれたり、なんだかんだ本物の家族と変わらないんじゃないかって思えるぐらい大切な存在。


「とか言って私に剣を向けたのは何処の誰だっけ?」


 とても痛い所をついてこられる。

 まるで目に見えない刃で心臓を貫かれたように唐突に息が苦しくなる。

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