第9話 嫉妬と本気の怒り


 空間を操る天使の力を使い遥が一瞬で優美の前へと移動する。

 それからドレスに仕込んでおいた収納式小型ナイフを取り出し刃先を心臓へと向ける。

 距離的にも今の彌莉では優美を護ることはできない。


「えっ……?」


「大丈夫よ。本当に刺したりしないから」


 と、驚く優美が急に反撃してきても困るので小声で種明かしをしておく。


「女王陛下おやめください!」


 それを知らない女従者からの静止を促す声は無視。


「泥棒猫?」


 刃先が後数センチで優美の白い肌へと触れる。

 その時だった。

 後ろで殺気じみた凄まじい気配が出現した。

 見なくてもわかる。

 怒りと憎悪を糧に無理矢理彌莉が力を使ったのだろう。

 大天使ミカエル。

 大天使と呼ばれるだけあってそこら辺の天使とは比べ物にならない力を秘めている。

 その効果は身体能力強化。

 一見シンプルではあるが、それは五感を含み生物の未知の領域へと踏み出す事ができる超現象すら可能にする力。今は完全に力を引き出せないっぽいが、それでも物理限界速度までは可能だろう。そうなるとこの距離では空間転移はもう間に合わない。さっきとは違う憎悪の圧に全身が震えた。


 ――なんだ、やればできるじゃない。


「……ろす……っ!」


 ――そう優美に手を出した時点で未来は決定していた。

 二度黙って目の前で家族を失う事を拒むソレは遥の背後に来ると同時に首元狙って思いっきり剣を振り上げる。


「……どうやら完敗ね」


 遥は握っていた小型ナイフの刃を収納し柄の部分だけを優美へと突き立てる。

 彌莉から見ればまるでナイフが本当に刺さったかのように見えるだろう。

 演技とは迫真をもって遂行しなければ意味がない。

 なにがあろうと妥協してはいけない。

 人の感情を誘導するということは生半可な覚悟と気持ちじゃできない。

 何かを得たいなら失う覚悟。

 これが重要になってくる。

 見なくても気配だけでわかる剣に彌莉の礎ならそれも悪くないと思った。


「待って! 彌莉!」


 予想していなかった。

 まさか恋敵と勝手に呼ばれ泥棒猫扱いしてくる優美から強く抱きしめられるなんて。


 ――ッ!?


「……はぁ、はぁ、はぁ」


 剣が空を切り裂く音が聞こえた。 

 だけど刃はいつまで経っても身体を切断しない。

 疑問に思い後ろを振り返ってみると、正に間一髪、寸止めされていた。


「ふぅー、間一髪。ってか泥棒猫無茶し過ぎ! 本気で心配したじゃない、このばかぁ!」


 そう言ってまた強く抱きしめられた。



 ■■■


 ――場所は変わって『オルメス国・オルメス王城』。

 ここはオルメス国の中でも最も警備が固い場所。

 ここには女王陛下は勿論のこと国の中枢機能の全てが集約されている。

 情報は勿論、人だって。

 その為、常に監視の目があるわけだが、その中でも女王陛下のプライベートルームは王族とその世話をする女従者にしか立ち入りが許されていない神聖な場所。


 そこに四人は集まっていた。


「……え? 来いって言われたから来てみたらここって……悪い事できない部屋じゃん!」


 そう、真剣に頭のネジが外れたとしか思えない発言をしたのは彌莉。

 そんな彌莉を置いて四人用の小さな丸テーブルへと腰を下ろし女従者が用意した高級茶葉から絞ったエキスを使った紅茶を飲む優美と遥。


「あのバカのも一応用意してあげて」


「は、はい……」


 戸惑いながらも彌莉の紅茶を空席に一つ用意する女従者の顔は戸惑いに満ちていた。


「ところで本当に彼を引き留めることなんてできるんですか女王陛下? どう見ても本題に入る前に帰ってしまいそうな雰囲気なんですけど……?」


「ふふっ、任せなさい。それと今日見た事は絶対に他言禁止。いいわね?」


「は、はい……」


 悪い事をしてはいけない、そんな常識はないのだろうかと疑いたくなるような発言をした彌莉。今はなにが気になるのか、「ここの位置だとカーテンを閉めないと外の夜景が丸見え……つまり気持ち野外露出睡眠も可能と言うわけか……」と呟きベランダに繋がる大きな窓と睨めっこをしていた。


 ――ゴホンっ!

 咳払いが聞こえた。

 その音の正体は優美。


「…………」


 ゴトッ


「……いただきます」


 ただならぬ気配を感じとった彌莉は空いている席につき、注いで貰った紅茶に口をつける。

 この味はダージリンだろうか。

 甘く爽やかなマスカテルフレーバーと呼ばれる香りと上品な渋みはダージリンならではともいえる。

 両親の教育によりこのような雑学も多少は頭に入っている彌莉ではあるが、本音はミルクを入れる紅茶の方が好きだったりする。


「さっきの一件なんだけど、彌莉は別に気にしなくていいわ。それよりあんな脅かす真似してごめんなさい」


「別に優美が無事だったんだし……俺はもう怒ってないけど……なんであんなことしたんだ?」


「あら? 家族を護る為に一国の王に剣を向けるのと一緒で好きな人にちょっかいをかけるのに理由なんているの? 優美には隠してたけど私と彌莉の恋仲じゃない♪」


 ぶっー!?


 唐突過ぎる言葉につい口に含んでいた紅茶が勢いよく噴射。

 だが、お行儀悪いことをしたと思う暇もなく、


「ちょっと……どうゆうこと彌莉?」


 ギラリと目を光らせた優美に怯える彌莉。


 そこに追い打ちをかけるように足を伸ばし絡ませてくる遥。


 電流が走ったようにビクッと身体が反応する。


「この前の話しの続きだけど……」


「えっ……また? このタイミングで?」


「溜まってる毒抜き私がしてあげてもいいわよ?」


「そっち!? 今この状況で!?」


 ――どう解釈しても、よからぬ展開になる気しかしない。


「そりゃうれ――ちが、それはまずいと……お、思うぞ?」


「なんで?」


「……立場的に……?」


「いいじゃない? 私だって女なのよ。別に両想いなら周囲の目を気にする必要なんてないじゃない? それとも周囲の目が気になるの? そ・れ・と・も・私じゃ不満?」


「そんなわけあるか! ボンキュッボンの遥が相手で不満など男としてあるわけ――ハッ!?」


 聞き捨てならない言葉に反応して、彌莉が墓穴を掘った。

 隣から突き刺さるような視線を一瞬忘れて。

 理性より本能が勝ってしまった。


 慌てて両手を使い達者なお口を塞ぐも、勢いで出た言葉に優美の殺意のボルテージが一気にスパーク。対して女従者は目を大きく見開いて彌莉と遥を交互に何度も見て「……こ、恋仲?」と信じられない事実をどう受け止めていいものか戸惑い始める。慌てて遥に助けを求めようとするも、その目は笑っており満面の笑みでしてやったりと顔が物語っており頭が嵌められたと正しく理解するまで時間はかからなかった。


「歯食いしばれ! 彌莉のバカぁー!」


 バチ―ン


 そんな音がプライベートルームに響いた。

 目から涙を零し唇を噛みしめて優美は鋭い眼光で彌莉に問う。


「なに!? 泥棒猫と付き合ってたの!?」


「ちがっ――まずは落ち着け優美」


「無理! 私にとってはとても重要なことなの! んで、本当はどうなの!?」


 半泣きのまま詰め寄ってくる優美に手で静止を促すが逆効果。

 その行動が遥との関係を怪しくさせる。


「あら、あら。ブラコンもここまで来ると凄いわね。私に寝取られたのそんなに嫌なの?」


「当たり前でしょ! 好きな人が他の女と一緒になるのを見て喜ぶのは変態しかいない! 泥棒猫なんてもう大嫌い!」


「……だそうだが。……いい加減助けてくれない? 俺を」


「今夜私と一緒にいるって約束するならいいわよ。まぁ……気は進まないけどそこのブラコン妹も一緒で構わないわ」


「わ、わかった」


 もはや選択の余地なんてなかった。

 このままでは優美から本当に殺されるか嫌われてしまいそうだった。

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