第8話 お墓参りと再会
オルメス国――王都一番の一。
オルメス王城が存在する場所であり比較的安全とされ警備が固い場所。
その中心地から少し離れた所に先代の王たちが眠る墓地がある。
そこには王に仕え大義を全うした者達も眠る。
瑞々しい自然に囲まれたそれは魂に安らかな時間と空間をという願いが込められていた。
本来は関係者以外の立ち入り禁止の、神聖なる場所に一組の男女とそれを見守る集団がいた。
「……なぁ遥、家族ってなんだと思う?」
「……泥棒猫にとっての家族って?」
背中を見せ、そう問うのは、彌莉と優美の兄妹。
かつてはエリートの道を共に歩んだが、今は大切な人の死から逃げるようにエリートの道から堕落し逃げた臆病者達。
だけどそんな臆病者達に会おうと忙しい時間を割いてここにやって来た女王陛下と。
その護衛を兼ねた女従者。
「……私も両親を亡くした身。ハッキリとはわからないわ」
と、落ち着いた様子で声を溢すのは職務を全うする女王陛下。
多くの者から信頼され時に多くの者を先導し導き悩みを解決してきた彼女ですら、明白な答えは持っていなかった。
オルメス国の女王陛下――小山遥は二人の背中に向かってハッキリと言った。
「……こんな時に墓参りとは珍しいわね。一体どうゆう風の吹き回しかしら?」
四人の間に流れる空気が重たい物へと変わっていく。
もう間もなくこの国は北部から進行中のルーミアから攻撃を受ける事になる。
「どうって? そんなの決まってる。墓参りをするのにいちいち理由がいるのか?」
「戦争が激化すればしばらくここに来れないかもしれない」
顔をこちらに見せず、ただ墓石を眺めながら口を開き続ける二人に。
遠き日の自分を重ねてしまった。
後悔してももう二度と会うことができない家族との再会を諦めきれない自分。
頭でわかっていても、心がそれを否定する。
だからこそ大切な人の死ほど重たい物はこの世に数えるほどにしかない。
それでも突き進むことができたのは、自分がしっかりとしなければならない。
そんな使命感からだった。
だけど今の二人にはそんな使命感を一切感じられない。
まるで魂を失った人形のように、中身は空っぽ。
ならば本来あるべき魂は一体どこにあるのだろうか。
そんな疑問を感じたので一つ聞いてみることにする。
「そうね。もっと言えば国が滅びればもう二度と来れないわね。その時貴女達はもっと絶望する。今貴女達の眼には何が見えているのかしら?」
その言葉を聞いて咄嗟に反応した者がいた。
女従者は慌てて耳打ちする。
「ちょっと、女王陛下。それはあまりにも酷かと……」
「黙ってなさい。これでいいの。後は二人の反応次第。これが最後。これでダメならあの二人を損切りするまで」
こちらも小声で返答する遥。
二人の会話は距離的にも声量的にも兄妹の耳には聞こえない。
表情では取り繕うも、拳を握った手が無意識に震える。
女従者にそれがバレた遥は震える拳をすぐに隠し言葉を続ける。
「これは二人の問題であってそうじゃない。私の両親が死んだ日の事を覚えているかしら?」
「えっ……はい」
「ならその時、自暴自棄だった私を最後まで支えてくれたのは誰だったか覚えているかしら?」
「えっと……たしか……あっ!」
「そうゆうことよ。あの二人……特に彌莉は優し過ぎる。その為に自分を余計に責めているの。それを人は臆病者だと呼ぶ。だけどそれは本当に大切な人の死を経験したことがない者が簡単に口する軽い言葉」
「軽い……言葉……」
「そう。本当の苦しみを知っていたら簡単にそんな事は言えない。皆自分のこと(自分が生き残ること)しか考えていないからちょっとでも期待が外れるとすぐにその存在を否定して自分に良いように言い聞かせて心の安定を図る。それが本人を苦しめ、自分達の首を絞めているとは知らずにね」
「まさか……この状況は自分達が作りだしたピンチだとでも言うのですか?」
「そうよ」
小声ではあるが、遥は言いきった。
そう、この状況を作り出したのは自分達。
あの時適切な対応をしてあげてればこんな事にはならなかったのではないか。
二つの意味でそう思った。
一つは国が今回このような形で追い込まれたこと。
一つは彌莉と優美に苦しい思いをここまでさせたこと。
――小山遥という人間を持ってしても特に彌莉の心がここまで傷付き焦燥していることに気付いたのはつい先日の事だった。
それまでの彌莉のポーカーフェイスは完璧だった。
てっきり言葉通り優美の方が重傷でそれを支えるために側にいたと思っていたが実は逆で一人抱え込もうとする兄を妹が自然な形で支えていたと気付いたのは紛れもなく前回二人の家に行った時だった。
血は繋がっていなくても血が繋がっている家族となんの遜色ない家族愛。
見ていてちょっと羨ましくなる。
一人っ子なだけに。
二人は支え合っていた。
片方が倒れそうになってももう片方がしっかりと支え協力して今を生きている。
まさにこれこそが家族だと思う。
だけど二人が求めている家族の答えはそうじゃないとなんとなくそう思ってしまう。
だって二人の背中があまりにも悲しそうだから。
「なにも見えてないよ。あの日からずっと……なにも……見えてない」
「そう。なら私からの恩返しといきましょう。本当になにも見えてない?」
「……?」
興味を示したのか首を曲げ、こちらに視線を向けた彌莉。
その目は死んだ魚のように目から光が抜け落ちていた。
「隣にいる優美は貴方にとって家族ではないのかしら?」
「……ん?」
「一人っ子の私には到底理解できないわよ。兄妹愛なんてね。でも貴方ならそれがわかるんじゃないかしら。血が繋がっていなくても私から見たら本当の兄妹にしか見えない貴方になら優美がなんなのか。貴方にとって優美は家族じゃないの? そして優美。貴女にとっての家族はそこの彼。それが家族……いや兄妹なんじゃないかしら? いつまでも兄妹に心配ばかり掛けていたら死んだ両親が報われないわよ。二人の家族は墓地に眠った人達だけ? 違うと私は思うのだけれど……横を見らず前しか見る事ができない愚か者は死人にしか興味がないのかしら」
その言葉は彌莉の怒りのトリガーを引くのに充分なパワーがあった。
剣を脳内で構築、それを天使の力を使い出力し再構築。
一瞬で間合いを詰め、遥の喉元に突き立てられた剣先は本気で殺しにかかってきた一撃だと身体が理解する。虚をつかれたことで女従者の反応が完全に遅れ、同じくそれを止めようとした優美の反応も完全に遅れた。
「ミカエルが使えない。ならばと武器構築並びに出力する天使の力を使い私に剣先を向ける。やればできるじゃない、彌莉」
「死ぬ覚悟はあるんだろうな?」
怒りに身を任せる彌莉。
それでも女王陛下としてうろたえることはない。
この国のトップがこの程度で動じていては民に笑われてしまう。
「流石ね。この世界でも極めて稀な存在となる二つの天使を授かり、元エリートにして皆の期待だった傭兵。活動記録は殺傷がない任務数回だったけどそれでも人々は期待した誰でもない貴方に。そして貴方のご両親もね」
――正面からやり合えば武器を持つ彌莉には絶対に勝てない。
それがわかっていながら、遥は逃げることも反撃することもなく。
突き付けられた剣をものともせず言葉を続ける。
「私を殺して全て解決するのなら構わないわ」
「女王陛下!」
「彌莉!」
「二人共動かないで! これは私と彌莉の問題よ!」
この状況。どちらがどう動けばどうなるか。
それは遥より彌莉の方が戦闘知識量が多いことから把握しているのは明白。
ならば、相手に有利だと信じ込ませて話しを聞いてもらった方がいいだろう。
もし狂乱に駆られるようならばその時は仕方がない。
女王としての判断を下すまで。
友人としてダメでも女王としての言葉なら届くかもしれない。
視界の先で動きを止めた優美に目で動くなと合図を送る遥。
「ミカエルの力は使用者の正義の強さに比例されると言われている。仮にミカエルの力を使えてもミカエルは私を倒すことを正義と判断するかしら?」
「…………」
「最後の質問よ。もし優美が目の前で殺されかけたら貴方は優美を護れるかしら?」
「なにが言いたい?」
「両親との約束は守れるか? って聞いてるのよ。そう、こんな風にね」
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