第10話 予想外の言葉


 遥の思い通りに事が進むのは引っ掛かるが、こちらは頭に血が上ったとはいえ、本来絶対してはいけないことしてしまったのだ。それをこのような形で水に流してくれるというならこれも罰だと思い甘んじて受け入れるとする。


「さっきのは冗談よ。だから落ち着きなさい。今夜私達は一緒にいるけど優美も一緒にいていいから。それと忘れているみたいだけど、ここ私のプライベートルームよ? 血で汚さないでくれる?」


「……その言葉本当?」


「えぇ。嘘ついても仕方ないでしょ」


「……まぁ、そうだけど……」


「そもそも彌莉を挑発したこと。こうして強引にでも約束をこぎつけたこと。優美なら冷静になれば私の意図にそろそろ気付くと思うのだけれど、まだわからないの?」


 女従者は――やはり話しに付いていけないのか、落ち着かない様子で戸惑っていた。

 優美が考えている間。

 彌莉はやっぱり裏があったかと心の中でため息をつく。

 無能では一国の王は務まらない。

 従者を始め、多くの人間を導く者に才無くしては国が亡びる。

 ならば今も反映しているオルメス国はかつてない危機に襲われているとはいえこうして存続している時点で才ある王と共にあると言える。

 遥の瞳。

 とても綺麗で今は考える優美だけを見ている。

 ――いったい、彼女は何手先まで見通しているのだろうか。

 ふとっ、そんな疑問が頭をよぎった。


「……あっ」


 心当たりがどこかあるような声をこぼす優美に三人の視線が集まる。


「もしかして……そうゆうこと?」


「えぇ」


 アイコンタクトだけで意思疎通をしたのか遥が小さく頷き、それを見た優美が「あぁ~」といって小さく頷いた。

 だけど彌莉と女従者にはその意味がよくわからなかったので、恐る恐る彌莉が声をかけた。


「えっと……一体なにが?」


 続いて女従者も。


「そ、そうです。できれば私にもわかるように教えてはいただけませんか?」


「このピンチを脱するのにミカエルの力が必要」


「うん?」


「はい?」


「もしそれが強い自責の念による影響で上手く使えないのだとするならそれを凌駕する感情を別で生み出して上書きすればいいだけの話しってことよ」


 ようやく腑に落ちた。

 なんで遥が優美を襲うような真似をしたのか。


「あっ……なるほど」


「気付いた?」


「まぁ……。ならあれはそうゆうことだったのか?」


「そうよ。どうだった私の迫真の演技は?」


「う、上手かったです」


「でしょ?」


「…………」


「でも良かったわね。咄嗟だったとは言え、ちゃんと力使えて」


「気付いていたのか……?」


「えぇ、確信はなかったけど、女の勘でね」


 女従者は「うん?」と首をまだ傾けていたが、それは一旦置いておく。

 女従者にはきっと遥が後で上手く説明してくれると思うから。


「こぇー女の勘」


 と、遥の勘の良さを知った彌莉は隣に視線を移し、


「どうしたんだ? 急に考え込んで」


「……? いや、なんでもないよ?」


 急に話し振られて反応が一瞬遅れた優美はニコッと微笑んでくれた。

 ――ふむ、もう怒ってはないみたいだ。と彌莉は一安心した。

 視線の先では遥が女従者になにかボソボソと言っている。

 だけど声が小さくて聞こえない。

 と、急に「なるほど、わかりました」とさっきまで戸惑いしかなかった顔に笑みが戻った。

 どうやら疑問が解決したらしい。


「それで泥棒猫に確認しておきたい事があるんだけどいい?」


「なにかしら?」


「ルーミアの力って具体的にはどんな力なの?」


「あら? 二年前目の前で見て――」


 まただ。


 思い出したくない過去が、昔の記憶が、フラッシュバックしそうになる。

 それにより頭痛を覚えると、すぐに遥の声が止まった。


「二人してその反応……なるほど。ごめんなさい、二人はまだ知らなかったわね」


 一度紅茶を口に含み、チラッと見て彌莉と優美が正常に戻るのを自然な形で待つ遥に「すまない」「ごめん」とそれぞれ謝る。特定の過去に対して強いトラウマがある彌莉と優美は嫌な記憶をあまり思い出さないように普段からしていた。そのため、このように唐突に話題が振られると身体が拒絶反応を示す場合がある。


「簡単に説明するなら弾幕生成・操作の二つ。とは言ってもこれは二つで一つの力と言った方が正解かもしれない。後は、強力なバリアの生成・操作よ」


「……ふ、二つも力があるのですか!?」


 と女従者が驚きの声をだす。


 一つの天使に付き一つの力。

 これが基本。

 この法則は堕天使ルシファーの力を継承する者も基本的には同じ。

 ただし極めて特殊なケースとして彌莉のように二つの天使の力を扱える者もこの世にはいる。それでもミカエルと剣の天使、別々の天使の力を借りているに過ぎない。


「……つまり彌莉と同じってこと……よね?」


 優美の返答に、彌莉は遥へ視線を向け、


「堕天使ルシファーが弾幕生成・操作。ってことはバリアを使える天使の力も扱えるってこと?」


「まぁ……そうゆうことになるわね」


 と遥は続けた。


「私が彌莉を頼った理由がここにあるわ。毒には毒、なら例外には例外をぶつけるしか勝ち目はないのよ。にね……えっと……昔のように多人数で囲めばいいのだけれどその場合多くの犠牲が必要になる。できれば今後の未来と子供たちの成長の為にも犠牲は少なくしたいと考えて今回彌莉に何回か相談した」


 と慎重に言葉を選び彌莉と優美に配慮しながら説明してくれた遥に彌莉は、


「……簡単に言ってくれるけど、それが難しいってわかってる?」


 一瞬、期待のハードル高くないか――と、思ったが理にかなっていることから肩を落とす。


「……褒美は出すわよ?」


「褒美?」


「えぇ。例えば――」


 遥がニヤリと微笑んで、


「今夜私を好きにしていい権利を与えるわ。もちろん性的な意味でね」


「マジで! いいの!? やったー、これで童貞卒業!!」


 嬉しさのあまり席から立ち上がり歓声をあげる彌莉に、遥は口角をあげて、


「でも今夜は優美も一緒だから、死なないように気を付けてね?」


「そうだった……忘れてた……」


 言われてみれば遥は最初から優美も誘っていた。

 ただからかわれただけだとわかった彌莉は一瞬でハイテンションからロウテンションとなり席に座り直しながらため息をついた。

 いったいこの女王陛下はどこまで人を誘惑しからかえば気が済むのだろうか。

 戦争前にこれだけ冗談を言える心の余裕は一体どこから。


「ふふっ、たまには悪くないわね」


「彌莉をおもちゃにしないで」


「ふふっ、いいじゃないたまには。私もたまには息抜きしたいのよ」


「……嘘つき」


「あら、なんのことかしら? うふふっ」


 落ち込む彌莉を余所に、遥が咳ばらいをして話しを戻す。


「ともあれ堕天使ルシファーの力を継ぐルーミア。彼女の存在は極めて危険な存在であることは間違い。でも彼女の力には欠陥がある。それは力――体力の消耗が激しいこと。所詮相手も人間である以上この宿命からは逃れられないわ」


 なるほど、と頷いて彌莉は、


「そこはミカエルと同じなのか。確かに強力な力を連発して使えばすぐに息切れするからな。現状どこかの誰かさんのせいで七割つまりは物理限界までの力でもその反動は凄い。それを本気で使い続ければ俺でも長くは持たないと思う」


 同じ階級とまではいかないが、天使の上位互換同士なんとなく推測はできる。

 相変わらず頭がキレるというか、気付いた時には使っていたミカエルの力のことを思い出していると。

 遥がニコッと微笑んで。


「ありがとう。そんな直球で褒められると私照れちゃうわ」


「褒めてねぇよ! マジで心臓に悪かったんだからな!」


「あはは! 冗談だから、そんなに気にしないで。それで続きだけど、ルーミアがなぜこのタイミングでオルメス国を狙ってくるのか知ってる?」


 三人が首を横に振ったのを見た遥は真剣な表情で。


「これは私の推測なのだけれど彼女の狙いは――よ」


 ――三人の斜め上をいく言葉に全員が驚いた。

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