第20話 実力差


 後から聞こえてくる音が教えてくれる。

 今まさに殺されかけ、脅しのつもりか顔の横をスレスレで弾幕が通り過ぎていったのだと。


「――ッ!?」


 まるで全方位から狙撃中に命を狙われているような錯覚。

 例えるなら罠に嵌まった獲物。


 ――ドンッ!


 三度目の正直は彌莉の腹部を貫き鮮血が車道を赤く染めた。

 たった一撃喰らっただけで意識が飛びそうになるぐらいの激痛が全身を駆け巡る。

 痛い、逃げたい、泣きたい……そう思いながらも彌莉は撃ち抜かれた腹部を抑えながらその場に踏ん張る。


 ここで倒れたら一生後悔すると思ったから。


 弾幕は生成から発射までに数秒。瞬きが終わった時にはもう目の前まで飛んできている。人間の反応速度を超えた弾幕は見てからでは対応が間に合わない。これが四方八方から放たれることになれば、例え無限の剣を持ってしても後手に回ることになるだろう。


「なんだ。まだ物理限界までしか力を使えないの? てっきり強気に出るから物理限界を超えた先に到達したと思ったんだけど見込み違いだったかな……?」


 後方に赤と白の弾幕を幾つも待機させ、ルーミアは見込み違いと呆れ顔で言った。

 三回。

 あまりにも速すぎてその一回すらしっかりと見えなかった。ただ脳を活性化させて後付けによる結果論しかわからなかった。その気になれば彌莉に止めをさせる必殺の一撃は既に発射準備態勢に入っている。

 いや、もうルーミアの合図一つで死を突き付けられるところまできているのかもしれない。

 恐らくこれがルシファーの力を色濃く継いだ者の力。天使の力を凌駕し神の力を持つ者とも対等に戦えるとまで世界で言われている悪の人類の天才。その才は彌莉など足元にも及ばない生まれ持った天賦の才がなせる力の制御なのかもしれない。


「私の弾幕は最大で同時に七つ。そのどれもが高火力高出力で人が瞬きする間に最速で数百メートル進む。ただの人間では到底反応すらできず死んでしまうレベル」


 講釈を垂れるのはそれだけ心に余裕があるのだろう。

 彌莉は右手に持った剣を力強く握りしめる。

 遠距離攻撃では向こうに圧倒的なアドバンテージがあるのならそれをゼロにしてしまえば少しは状況が良くなるかもしれない。


「私を直接襲うつもり?」


 思考を読まれた。


「君は一つで苦戦している。私はまだ攻撃の手に余裕があるし、天使の力もある。それを物理限界すら超えれない君に打ち崩せるの? もし本気で思ってるなら試してみてもいいけど、きっと無駄死にしかならない。それでもする?」


 ――そう、今の彌莉ではルーミアの布陣を突破できない。


 単なる速さの問題じゃない。攻撃は一直線と発射場所と標的が予め分かればそこから逆算し回避する事ができる。だけどそんなことはルーミアだって百も承知のはず。だとするなら馬鹿正直に突っ込めば例え弾幕の攻撃をすり抜けられてもバリアを生成され行く手を阻まれてしまうだろう。そんな事になれば弾幕の第二射、第三射、の標的にされ撃たれてしまうかもしれない。


「早く諦めて神の力を渡してくれない?」


 ルーミアの力が弾幕に集約されていく。

 彌莉の全身に冷汗が流れる。

 まるで警告とも取れる言葉はいつまで向けられるのだろうか。もしこれが終わりルーミアが本気になれば彌莉の身体は穴だらけになる。いつもなら何とも思わない十メートルがとても遠い距離に感じる。弾幕の有効射程を考えれば、前へ行くも地獄後ろへ逃げるも地獄。建物ですら貫通する威力から剣を生成して盾にしても無意味にしかならない。

 ならば全ての攻撃を避けたうえで敵の懐に入り攻撃するしかない。

 やらなければやられる。

 弱い心に力強く訴えかける。

 距離にして十メートル。

 大天使ミカエルの力を使えば数秒で相手の懐まで飛び込める距離。

 ……やらなければ、殺させる。

 全エネルギーを足の裏に集中させ、動く事を拒む両足に命令を送る。


「……君を殺せば神の力が我を失い怒りで目覚め暴走する可能性があるのだけれど……」


 ――頼む、今だけでいい。俺の足……動いてくれッ!

 ドンッ!!

 恐怖し動く事を拒む両足が溜め込んだエネルギーを推進力へと変えた。

 とても力強い一歩にルーミアが眉間に皺を寄せ狙いを定める前に彌莉は次の一歩を踏み出していく。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」


 逃げても地獄、立ち向かっても地獄、ならば戦って勝つ以外に活路はない。弾幕が飛んでくるのが見えないのなら、それより先にこちらが攻撃するしか生き残る道はない。


「……ったく、親子揃って本当にバカ……。逃げればいいのに……」


 ルーミアは呆れたのかやれやれと首を小さく振りため息混じりに言った。

 ――弾幕全弾発射。

 赤と白の弾幕が一斉にルーミアの後方から発射され、風を切り裂く音が聞こえた時には地面や街灯が粉々になり始めていた。

 轟!

 という風の唸りは彌莉の心臓を狙い飛んでくる。


「――ッ!?」


 全神経を集中させ駆ける両足の位置を微調整することで勢い任せとも呼べる勘でまず一撃を回避する。下手に回避行動に出ていれば逃げ道をふさぐように放たれた弾幕に今頃風穴を開けられていた。

 経験則というには曖昧のただの勘。

 それでも今を生きているのは自分を信じて疑わなかった彌莉の精神力がもたらした結果。

 そして、さらに大きく一歩を踏み出しルーミアまで後少しの所まで詰め寄る。

 弾幕が幾ら速くても発射してから次を放つまでにはタイムラグが絶対に存在する。それがどれくらいのタイムラグなのかは正確には知らないが、やっと訪れた攻撃のチャンスを逃すわけにはいかない。天使の力による防御があるというならばそれすら一撃で斬り伏せる覚悟で剣を大きく振り上げ突撃する。


「はぁっ……ああああああ!」


 生成されたバリアを一刀両断。

 さらには渾身の一撃がルーミアの身体に後少しで当たると確信した時、ドンッ、という音によってそれは絶望へと変わる。

 第一射が終わった弾幕がエネルギーを再充填し第二射を放った音によって。

 ――弾幕再充填終了、撃て。

 瞬きする程の刹那で剣の刀身が撃ち抜かれ、ボロボロと崩れていく。

 慌てて回避行動に入ろうとするも条件反射よりも速く弾幕が彌莉の目の前に迫る。


「しまっ……!」


 全体重が乗った右足に力を入れて膝を折り曲げ強引に回避行動に入る。

 それは回避と呼ぶにはあまりにも雑で次の動きを一切考えていないその場しのぎの守りの一手。後先の事を考えている余裕などない。その場しのぎでも今を生きなければ次はない。例えカッコ悪く無様に地べたを這いつくばってでも彌莉は生に執着する。大天使ミカエルの力を使い身体能力を向上させ倒れいく身体に無理矢理力を入れ左足を強引に伸ばしてルーミアへと蹴りを入れる。これでルーミアの態勢を崩す事ができればまだ起死回生の一手があるかもしれない。そう願い月明かりが照らす夜道で彌莉は渾身の蹴りをルーミアの身体に叩き込む。小柄なルーミアの身体は蹴りを受けたことで両足が地面から浮き、竹とんぼのように身体を回転させながら地面を二転三転と転がっていくが。


「……はっ!?」


 ルーミアがいなくなったことで弾幕が彌莉を狙いやすくなってしまった。

 咄嗟に剣を再生成し両手で持ち弾幕エネルギー収縮体に投げつける。

 大天使ミカエルの力を使い彌莉の手から放たれた剣は物凄い勢いで飛んでいき直撃する。だけど、相殺すらできない。天使と大天使の力を使っても弾幕の根源をかき消せない。

 彌莉はとっさにバックステップをするが、あまり意味がない。

 弾幕は角度を少し変えて再度放たれた。

 ルーミアは立ち上がりながら悪あがきをする彌莉を見て、気に食わぬ顔で舌打ちをする。

 次の瞬間、致命傷を避けた三本のレーザー光線とも呼べるような一撃が彌莉の身体を撃ち抜き、車道を赤い色に染めた。

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