第19話 力の差と圧倒的な……なにか


 夜――オルメス国王城付近。

 二年振りに大地が震え、空気が震えはじめた。

 静寂が支配していた夜の街に突如として不規則な風が舞い込んでくる。

 それは嵐前の静けさを終わらせる火種のように。

 真剣な顔つきの少年は二人の少女の想いをその背中に背負った。

 迷いがないと言えば嘘になる。

 だけどこのまま何もしないで終わりを待つことはできない。

 優美、そして遥、なにより両親との想い出が沢山詰まったオルメス国をこのまま終わらせることはできない。

 それだけは絶対に嫌だと心が叫んだから。

 まるで風の導きに吸い込まれるようにしてドラゴンたちが潜む夜の空へと視線を向けてそのまま歩き続ける。

 そして、王城から少し離れた大通りにて、かすかな違和感を覚えた。

 違和感はすぐに『敵意』へと変化する。

 誰もいない。

 普段ならこの辺に王城を護る兵がいて、その周りで酔っ払いたちが談笑している。

 いつも騒がしいと感じる大通りはとても静かで誰一人いないどころか車の一台すら走っていない。通行人もいない歩道を照らす街灯と信号機は人が居なくなった夜道を照らすだけではない。

 上空を飛行する巨大な何かをなんとなく照らす。

 まるで世界滅亡前の映画の世界に来たような気分にさせられる。

 それは既に人類が滅びたもしくは避難が終わり無人になった場所のような感じ。


「もうここまできたのか……」


 ドン! と重たい何かが地面に落ちた音が聞こえてくる。

 それも一つや二つではない。

 幾つも聞こえてくる音は両側合わせ六車線ある車道を埋め尽くしていく。


「……なるほど。強い力を感じると思えばミカエルの力を継し者か」


 不意に心臓をなにかで撃ち抜かれたような、女の声。

 そして無視したくてもできない威圧を向け、ドラゴンの頭上から姿を見せる。


「単騎で挑むとは私も舐めら……違う、その逆か。足手纏いがいない方が良いと考えたのか……」


 理屈よりも身体が感じ取ってしまう。

 コイツは天使としての格が違うと。

 これ以上ない速さで全身を駆け巡る血が本能で警告してくる。


『逃げろ!』


 と。女は黒のワンピース姿にハイヒールを履いており戦闘に向いている服装とは言えない。ただし、殺気と一緒に向けられる天使ともう一つの力の存在感が尋常じゃない殺気を振りまいている。天使の力は感じられる範囲で防御系統、そしてもう一つの力は天使の力を超越している何かだとすぐにわかった。


「たしか……いより? だったけ、今のオルメス国最後の砦と呼ばれる傭兵の名は」


 他国でなんて呼ばれているかなんて知らないが、女は彌莉とは対照的にリラックスしている。その余裕が命取りとなる相手ではないことは見ただけでわかる。


「……、お前は」


「私? 私はルーミア。覚えてる? 二年振り、ふふっ」


 その言葉に彌莉は納得がいった。

 どこかで見た記憶がある女の正体はルーミア。

 即ち初めからラスボス展開と考え方を変えれば運が付いていると言えよう。

 だけど彌莉の身体は正直で思わず一歩後ろへ下がった。


「……狙いは優美か?」


「…………だれ?」


 ルーミアが一瞬眉をひそめ困惑顔を見せ「あっ!」と何かを納得したような素振りを見せる。


「…………」


「はっきり言って」


 大きく深呼吸をして、「私の狙いは神の力を捕獲し消すこと。それとミカエル」と背筋をゾッとさせてきた。

 彌莉は大天使ミカエルの力を扱る。

 それでも畏怖し全身に悪寒を覚えた。


「……俺も?」


「当然。私の本当の狙いは神のお告げを守ることだけどね」


「神のお告げだと?」


「それがルシファーの願い。まぁ、ぶっちゃけミカエルは私からしたらどうでもいいんだけどさ。とりあえず、死んでくれない?」


「……断る! お前が優美を狙うなら俺は――」


「私を止める? 無理だと思うよ。だって君は私より弱い臆病者君だよね?」


「だとしたら?」


「私を舐めない方がいいよ?」


 ドン!! という衝撃が地面を駆け巡った。

 それは何かが爆発し地面を揺らしたようだった。

 なによりドラゴンが一斉に羽を羽ばたかせて襲い掛かってくる合図の意味も兼ねていたのかもしれない。

 視界の先ではルーミアが作りだした赤と白の弾幕が夜空を照らしては大地をオレンジ色に燃やしていく。辺り一面が巨大な炎で包まれ一瞬で退路を断たれることとなった。その中でも赤と白の弾幕のいくつかが王城へと向かって飛んで行くのが見えた。


「しまっ――!?」


 後ろに目を向ければ王城がある方角でも炎が燃えている。

 瞬間、今度はドラゴンが頭から突撃してきた。

 彌莉とドラゴンたちの距離は二十メートルはあった。

 だけどドラゴンはその距離を一瞬で詰めてもう目の前まで来ていた。


「グォォ!!!」


 雄たけびをあげるドラゴンは彌莉を大きな口で咥えようとしている。

 そう判断した彌莉は頭の中でイメージした剣を生成し手にして力の限り大きく振り抜く。ドラゴンの突撃をギリギリで躱した彌莉の剣は巨大な支柱のように太く頑丈な首を輪切りにした。と、同時には死体となったドラゴンを足場にして次のドラゴンの攻撃を躱しては頭部へ剣を突き刺し一撃で無力化していく。


「……ん? その動き……もしかして!?」


 格上相手に手加減をする余裕は微塵もない。

 彌莉の物理限界にまで迫った動きは飛翔するドラゴンを翻弄しドラゴンを足場に戦い地上へと落としていく。幾ら凶暴なドラゴンと言っても所詮はドラゴン。神話に出てくるような存在が相手じゃなければ大天使ミカエルの力を使える彌莉の敵ではない。ただし大天使ミカエルの力がなければ恐らく一体も倒せない。全ての身体能力――思考、判断能力、情報処理能力、動体視力、身体能力強化と身体のパフォーマンスだけでなく脳のパフォーマンスまでを向上させた今の彌莉は人の身でありながら人の域を超えていた。例えばそれは素手で岩を砕くような力を持ってして剣を振り抜き、ビルからビルを飛び越える跳躍力を持ってしてドラゴンの背を飛び移ってと物理限界にまで迫っていた。それを可能にしているのは彌莉が持つルーミアに対する悪の感情。両親を殺し、優美と遥を狙うその事実がルーミアを限りなく悪の存在として認知させる。


「はぁぁぁぁ!!!」


 気合いで襲い掛かるドラゴンを返り討ちにしていく姿はまさに眠れる獅子。

 そんな獅子の前についにドラゴンは全て無残な姿にされる。

 人には絶対に触れてはならない物がある。

 それに触れた以上、ただで帰すわけにはいかない。


「お見事……これは驚いた。まさかミカエルの力をここまで使えたとはね~」


 瞬間、弾幕が襲い掛かってきた。

 彌莉とルーミアの間には十メートルの距離がある。

 加えて街灯と炎の灯りがあるとはいえ夜で多少なりとも狙いにくいと内心思っていた。

 ――、だが。

 それでも、次の瞬間。

 速すぎるために残像が残りレーザーにしか見えない弾幕が頬を掠った。

 もし大天使ミカエルの力を使って身体を半身にしていなければ今頃どうなっていただろうか。後方の炎の海すら裂いた一撃は高層ビルに穴をあけ、遠くの方で爆発した。


「あれ? もしかして見えてる?」


 あまりに速すぎるため目で弾幕を追う事すらできなかった。つまりは五感が危険を感じとり無意識のうちに動いていただけ。


「やっぱり大天使クラスになると厄介ね」


 十メートル先の声が届く。

 それに負けじと弾幕も飛んでくる。

 彌莉は絶望した。

 格が違うとかそういう次元じゃなくて、今こうしてここに立っているのはただの奇跡であって実力で手に入れたわけじゃない。ルーミアがわざと外してくれない限り二度目はない。そう思えるぐらいに彌莉の心の中は余裕がなくなっていた。

 ドドドドドドドドド。

 後方で高層ビルが崩れる音が聞こえる。

 だけどそんなことを気にする暇は一秒たりともない。


「……ッ」


 これがルーミア、そしてルシファーの力。

 ルーミアは子供が新しいおもちゃを見つけたような目を向けて、


「二年前から成長したね。前は泣き虫君だったのに今は違う。いいよ、かかっておいで」


 と、余裕の笑みを浮かべ、


「ただし気を抜けば次はその首が飛ぶかもしれないよ」


 と、笑みの裏にある物をチラッと見せ、真剣なトーンで言った。

 まるでまだ小手調べと言いたげに。


「そうか……だったらお前も気を付けろよ」


 さっきまでとは何もかもが違う。

 鉄の重りを付けられたように全身が重く、緊張もしているのか大事な舞台前の時のように動悸も凄い。大天使ミカエルの力がなければと思うと、本当に生き地獄のようにも感じられる。だけど相手に勘付かれるわけにはいかない。


「俺を相手にするんだ。下手をすれば返り討ちに合うぞ?」


「そっかぁ。ならそうならないように気を付けようかな」


 ドン! と再び後方で爆発がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る