第21話 ルーミアの言葉
彌莉は膝から崩れ落ち、目から苦痛の涙を零しながらも鋭い眼光でルーミアを睨みつける。てっきり死んだと思ったが、バックステップが実を結んだのかほんの数センチ攻撃がずれたことで一命を繋ぐことができた。そう思いたいが、それは彌莉の行動による結果ではなく、ルーミアが意図的に攻撃の場所をずらしたからであり、ルーミアの気まぐれに近いなにかがそうさせたからである。
彌莉が視線を上に向ける。
これが実力差だと認めてしまえば、意識が飛ぶどころかもう二度と立ち上がる事ができない。
月明かりが照らす黒い髪はとても美しく整った顔はまるでお人形のように綺麗。募った憎しみから今までちゃんと顔すら見ていなかった敵である少女――ルーミアはまるで力を持つ女神。人の存在を超えた力を持った者はてっきり人を殺すことに特化していると今まで思っていたがここまで力の差がある時点で自分が生かさせていると嫌でも思ってしまうし、そう考えるのが妥当だと頭が結論をだす。
「てめぇの……目的はなんだ?」
奥歯を噛みしめ、腹の奥から捻りだしたような声で、
「本当に優美が持つ神の力……それを消すことが目的なのか?」
少し前にルーミアが言っていた怒りによる暴走という言葉を思い出しながら質問をした。
ドラゴンを使役しオルメス国を襲っていた時点でルーミアの力は殆ど消費していないはずだ。だからこそ今こうしてルシファーの力を使ってもまだまだ余裕があるように見える。なにより余裕があるからこそ、絶対的に有利な展開でルーミアに都合の良い戦局になっているのだろう。
「言ったはず。神の力を渡せ、と」
小さく深呼吸をしてルーミアが続ける。
「まだわからない? 力の差は歴然。神の力が本領を発揮すれば私以上に強い。もし本当に目覚めればどうなるか君も考えればわかるはず」
「…………?」
「世界のバランスが崩れるのよ。それは私達の領土を脅かす脅威ですらない。私以上に強い人間は限られている」
「……だから?」
彌莉は剣を持ち直す。
「巫女と呼ばれる力が覚醒する前に捕まえ消すことにした。それになにか勘違いしているようだけど私の弾幕はまだ半分の力も出してないわ。本来弾幕とは無数に出現させ数で敵を滅するもの。今は数より威力だけにしているけどね」
血で真っ赤になった手で剣を力強く握り支えにしてバランスを取る。
「例え大天使の力を本気で使えても私にもまだ余力はある」
「…………?」
カタカタと音を鳴らす剣。
「だから諦めて神の力を渡して。お前の両親のような無駄な犠牲者を出すつもりはないから」
無駄だと?
剣が震えている。
恐らくルーミアにはルーミアの目的があり、自身の正義の為に少女もまた立ち上がっているのだろう。例えばそれは家族や友人、恋人、仲間と言ったかけがえのない存在を守るために一人敵国へと攻めてきたのかもしれない。例えばそれは、かけがいのない存在を国や悪い奴らに人質に取られ致し方なく攻めてきたのかもしれない。
「……、なるほど。……で? それで、どうしたら……俺が降参し、優美を差し出す理由になるんだ?」
血を失い指先の感覚がない手で剣を握る。
決めたじゃないか、何があっても優美の笑顔を護ると。
「日本語通じないの?」
「違う。そうじゃない……」
「……なら、どうして?」
「お前にもあるように俺にも譲れない思いがある。ただそれだけだ、三下ぁ!」
彌莉は剣を握りしめ、痛みを無視してルーミアへと飛びかかる。
剣先でルーミアの心臓を貫こうとする。
しかし、それを読んでいたのかルーミアの方から距離を詰めてきた。
間合いを間違えた事で上手く次の攻撃に繋げられない隙をついて、ルーミアが拳に力を入れて右のジョブを三発左のストレート一発を身体に叩きこんできた。最後は回し蹴りを受け、彌莉の身体が宙へと浮き、背中から落ちた。
痛みにうめき声をあげる暇もない。
視線の先では空から降り注ぐ一筋の弾幕。
身体を横へ転がし回避。
「逃がすとでも?」
弾幕が一斉に発射され、彌莉とルーミアを中心とした周辺の地面が粉々にされ退路を失った。円状に残った地面はまるでアスファルトで出来た小さい闘技場のような形で残っている。地面が爆発し粉砕されたことで細かい破片が雨粒のように飛び彌莉を襲う。
「……ッハ、ガハッ……ッ!」
その場でのたうち回る彌莉に今度はハイヒールの踵が顔面へと飛んでくる。
冷や汗どころではない尋常な汗を発しながらさらに横へと身体を回転させて回避。
急いで立ち上がって反撃の姿勢を取らなくては……マズイ、と頭では思うが肉体のダメージが大きすぎて身体が動く事を拒む。
「まだ続けるつもり?」
声はすぐ近くで聞こえる。
それと一緒にハイヒールが地面を蹴る音も。
「これ以上続ければどうなるかわからないわけでもないでしょ? それに私を倒しても私より強い者が再び神の力を狙いにくる。それなら、と諦めてしまえば楽になれるのにどうして? ここまでボロボロにされたら皆君に納得する。自分達では私に蹴りの一発も当てる事が出来ないと知っているから」
まるで、諦めるようなことを促す甘い言葉の誘惑。
「…………ッ」
視界がぐるぐるする。
それでも薄れていく意識を必死で繋ぎ留め、彌莉は心の中で思う。
自分は逃げようと思えば諦める事で逃げられる。
だけど、と彌莉は思う。
どんなに辛くても本音を隠し必死に今まで生きてきた優美がようやく本音を口にしてくれた。そんな優美に幸せな人生を送って欲しいと強く思う。いつも隣にいていつも支えてくれた大切な存在だからこそ、今度は俺が助けてやりたい! そう思える。
強い信念が本来であれば動くはずのない身体を動かしてくれる。
拒む身体を必死で説得して、もう少しだけ頼むと。
そう、これが最後。
だから、頑張ってくれと。
「……だから、だよ」
ふらつきながらも、立ち上がれた。
そう、立ち上がれた……だけ。
「これだけの力があるってことは二年前泣き叫び逃げる俺を殺せたはずだ。悔しいがお前は両親より遥に強い。そして俺よりも……。それでも二年経った今俺はまだ生きている。……お前は、一体なにがしたいんだ? ドラゴンを使役して攻めてきた……よくよく思い出してみれば二年前もそうだった。まるで自分の手で人を殺めることを躊躇っているような……」
ルーミアの目的それがいまいちハッキリとしない。
狙いは優美。
それは間違いないが、なんとなくそうであってそうじゃない気がする。
拳を交えた今だからこそそう思えるのかもしれないが……。
少なくとも彌莉の知る悪の人類(人間)は力が全てで弱者を踏み台にして自分の力を誇示し見せつけようとする連中なのだが、ルーミアはなぜか違う気がする。
「……急にどうしたの?」
近づいてくるルーミアの顔すらハッキリと見る事がもう出来ない彌莉は続ける。
「両親が死に、心を閉ざした一人の少女。国のお偉いさん達から期待外れと烙印を勝手に押され生きる居場所を無くした。約二年一人苦しみ、夜な夜な俺が寝たの見計らい毎日泣いていたとてもか弱い女の子。そんな女の子を狙うお前はどうかしている!」
確信を吐く言葉にルーミアが一瞬「ハッ!?」と目を大きくするが彌莉は気付けない。
「なぜ二年待った? 神の力が目覚めるのが恐いのなら去年でも良かったはずだ」
「それは……」
迷いのある返事は途中で途切れた。
ドラゴンの産卵期が二年周期だから、そう言えば良かった。
なのにそれすら躊躇うということは、なにか別の理由があるということだ。
恐らく遥の読みは外れている。
ならば、と考える。
これは彌莉の勝手な想像だが。
優美の力。
去年は不安定で近づく事すら危なく、今年になりある程度安定しリスクが少ない状態で捕まえることができる、そう判断したのかもしれない。そしてルーミアは怒りによる目覚めを恐れていると言った。そう考えると辻褄は合う。力が不安定なら例え強い怒りによって外部から強引に力をこじ開けようとしても失敗に終わるのかもしれない。ただし不安定な分、ちょっとしたことで力が目覚め暴走する可能性すらあると考えると、逆に力がある程度安定させしていれば予期せぬ暴走を未然に防ぐ事ができるのかもしれない。
「恐らく、俺はこのままお前に殺させるのかもしれない。そんであの世で優美がお前に捕まり連れ去られるのを見てギャーギャー負け犬のように遠吠えを吠える犬かもしれない。例え見逃されても、お前に連れ去られるのを指を咥えて見ているだけの情けない兄でしかない」
歯を食いしばって、最後まで意を唱える。
「それでもさ、これだけは言える」
自分勝手な言い分を一方的に、
「優美は俺にとって大切な家族なんだ! もうこれ以上家族を失う気はねぇ!」
淡々と述べていく、彌莉。
「……それに両親はまだ俺の心の中で生きている! だから家族の絆をこんな所で終わらせるわけにはいかないんだぁ!」
そして、遂に――目覚める。
強い怒りだけでは開く事がなかった固く閉ざされた扉が二十年の年月を経て油が切れかかったような重音を鳴らしながら、彌莉の家族を護りたいという熱い信念に導かれてようやく胸の奥で熱く鼓動していた大天使ミカエルの力がその真価を発揮する。
意識が定まらないまま、物理限界を超えた彌莉の一歩がルーミアが反応するより速く剣による斬撃を可能にした。
噴水のように勢いよく飛び散る鮮血にルーミアが大きくジャンプして後退。
既にそれを追う気力はない。
全ての気力を使い、もう一ミリも指先一つ動かす事すらできない。
そんな状態でも言いたい事は言った。
だけど後悔した。
ルーミアほどの力があれば、間違いなく優美を護れた。
遅かった。
もう少し大天使ミカエルの神髄に気付いていれば。
失望した。
大口を叩いておきながら、優美を最後まで護る事ができなかった自分に。
情けないと思った。
最後は他人に全てを委ねることになるとは。
惨めだと感じた。
今の自分はとても無力だから。
最後は一滴の涙が零れた。
「……っ!?」
「…………?」
お互いが沈黙し訪れた静寂。
「一撃お見事よ。ご褒美に教えてあげるわ」
驚いた。
まさかルーミアの方からそんなことを言われるとは。
「私の家族を殺したのは傭兵だったお前の両親」
その言葉は彌莉の薄れていく意識を現実に引き戻す。
「二年前、私は国の命(めい)を受け、ある神の力が完全に目覚める前に消すよう命じられた。私はそれを利用した。最初は復讐心からだった。私の両親を殺したお前の義理の両親を殺すことは。だから、当時の私にとって神の力は正直おまけだった」
「…………」
言葉が出なかった。
もしかして――いやそんなはずはない。と彌莉は首を横に振る。
「その時、泣きじゃくる兄妹を見て思った。過去の私と同じだなって。だからなんとなく気まぐれであの時見逃した。そして復讐を遂げた私に残ったのは虚しさだけ。復讐を達成した先にあるのは虚しさと絶望感だけ。そこに達成感はなかった。だって復讐を成功させたところで家族(両親)はもう帰って来ないと気付いたから」
語られる言葉が真実かどうかはわからない。
だけど冗談や嘘を言っている声ではない。
昔を思い出し、懐かしむような声。
だから耳を背けることができない。
「そして国は再び私に命じた。今度こそ巫女――御子の命を消してこい、と。そして私に与えられた期間は二年だった」
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