第16話 動き出した時間と帰ってくるかもしれない英雄?


 ■■■


 思考を現実に戻して、呟く彌莉。


「そう言えば……お前は弱いって言われたな……俺」


「……ん? 朝のこと?」


「あぁ」


「……かもしれない。でもね、私から見た彌莉は強くて優しい英雄(ヒーロー)……だったよ。なんだかんだ贖罪の道を提示するだけでなく導いていた? と思うし」


 先ほどの一件で疲労が溜まり疲れたのか眠たそうにしている優美が答える。


「英雄(ヒーロー)か……」


 結局のところ、見逃した者達の言葉が今は妙に心の中でひっかかっていた。

 弱い。

 他者の目から見たらきっとそうなのかもしれない。

 過去のトラウマからも逃げ、遥の助けを求める声とルーミアからも今逃げようとしている。

 何一つ立ち向かおうとしない臆病者は確かに心が弱いのかもしれない。

 だけど――思う。

 逃げることは本当にダメなことなのだろうか……と。

 どうして遥はまだ逃げずに頑張れるのだろうか……と。

 一体なにが遥をそこまで突き動かすのか。

 一体なにが遥の心を支えているのか。

 なんで遥の心はあそこまで強いのだろうか。

 自分と遥の心の強さの違いは一体なんなのだろうか。

 ふとっ、そんな疑問が脳内で湧き上がってきた。

 ――……。


「アイツらから見たら弱い……でも優美から見たら強い英雄か……」


 つまり見る者によって、弱くも強くもなる英雄。

 普通英雄といえば強いイメージがあるけど、それとは程遠い英雄はきっと大勢の人から呆れられ期待すらされていないのだろうと。

 冷たい視線を向け、皮肉を裏で言う、そんな民達の顔が浮かんだ。


「勝手に期待してその期待に答えられないと分かった瞬間に手のひら返しをする連中。勝手に期待して勝手に失望そんな理不尽な奴らのため、なんで命を掛けてまで護ろうと思えるんだ……俺には理解ができない……」


 彌莉が鼻で笑い、苦笑いをする。

 かつての自分がそうだった。

 両親の死をきっかけに大天使ミカエルの力が上手く扱えなくなったと知るや周りにいた者達がある日を境に才能の無駄遣いだと彌莉を苦言した。誰も支えようとはせずにまるで使い終わった道具のように簡単に切り離された。それは優美もで、心が不安定な異常者は俺達に近づくな、と当時言われ虐めらていた。それからは二人逃げるように王城を離れ今の家で引き籠り生活を始めた。


「違うか……一人だけいたな。常に味方の奴が。俺達を心配して夜な夜なよく来てたっけ。それから気付けば不法侵入者がよく家に出没するようになったわけだ」


 と、ベッドで考えていると、優美が身体を預け倒れてきたので彌莉も横になり一緒に寝そべる。


 ■■■


 ――コンコン。

 扉を叩く音が聞こえた。

 控えめなノック音ではあったが、不安が邪魔して熟睡できていなかった彌莉にはハッキリとその音が聞こえた。


「むぅにぅむぃ~」


 そんな寝言が隣から聞こえてきた。

 どうやら優美は隣に彌莉がいることに安心感を覚えたのか起きる気配がない。

 どころか口からよだれを垂らして気持ちよさそうに熟睡している。

 兄に対する信頼がどれほど大きいのかを考えると頭が痛くなってくる。


「寝て気持ちが落ち着くんだったら別にいいんだが、俺の腕に抱き着き袖によだれを付けてくるのは兄としてとても複雑なんだが妹よ……」


 彌莉にとって優美が特別な存在のように優美にとっても彌莉が特別な存在なのかもしれない。

 もしそうならとても嬉しい。

 よく見ると瞳からは涙が零れている。

 きっと恐い気持ちを誤魔化すために優美は優美で精一杯なのかもしれない。

 なんでもいいから心の拠り所を見つけて、それに全てを託すぐらいにもしかしたら追い込まれているのかもしれない。そう思うと彌莉の胸の奥がチクリと痛みを覚えた。


 ――コンコン。


「入ってもいいかしら?」


 再度扉を叩く音が聞こえてきた。

 声から誰なのかわかったので、彌莉は上半身だけをベッドから起こし返事をする。


「どうぞ~。てか気軽に入って来ていいぞ」


 ガチャと音を鳴らして扉が開かれる。

 扉の向こうには、女王の仮面が外れかかる程に疲れた顔の遥が立っていた。


「あれ? もしかしてタイミング悪かったかしら?」


「んや、気にしなくていいけど?」


 とりあえず立ち話もなんなので遥を部屋の中に通す。

 それからベッドの近くにある高級感のあふれるシングルソファーへ促す。

 彌莉は一度大きく背伸びをして優美の近くにこのままいることにする。

 もし目を覚ました時、彌莉が側にいないと言う事実は今の優美にはとても辛いし不安になると考えたから。どうやら彌莉の意図を見ただけで察したのか目が合うと「そのままでいいわよ」と同意してくれた。


「あれから結構時間が経ったのだけれどある程度考えはまとまったかしら?」


 時間経過?

 そう思い、近くに合った時計に目を向けると午後二十一時とすっかりと夜になっていた。気付けば窓から差し込む太陽の陽が月明かりへと変わっている。どうやらなんだかんだで結構寝ていたらしい。


「昼間の話し?」


 その言葉に静かに頷く遥。


「――えぇ。正直優美の力はどう頑張ってもまだ目覚める気配はない。そうなると……」


 少し戸惑いながら隣で寝ている優美に視線を向けて申し訳なさそうな声で遥。


「彌莉しかいない……。当然貴方にもそして優美にも辛い選択なのでしょうけど……」


 落ち着き冷静さを取り戻した脳は再び安寿の夢の世界へと飛び立とうとするがそれをグッと堪えて彌莉が言う。


「まぁ、そうなるよな……」


 なにを言っても女王が最後に縋る者が自分だと言うのは嬉しくも悲しい気持ちになってしまう。自分は英雄ではない。だからこそ正義のために戦うことに即決ができない。もっと言えば戦いたくはない。失敗すれば死ぬのだから。それに護りたい人がいて、ずっと一緒にいたい人がいて、ずっと見守っていて欲しい人がいて、と沢山の感情がある。アニメの主人公のように損得勘定一切なしで困っている全員に手を差し伸べ助けるなんて普通の人間には無理だ。誰だって死は恐い。なんで自分なんだ。なんで自分だけが周りとは違う特別なんだと……つい思ってしまう。それとは別に昼間の一件を思い出しながら彌莉が言う。


「一つ聞きたいんだけど、もし俺が断ったらどうするつもり?」


 恐らく遥の事だからまだ手はあるのだろう。

 ルーミアの排除――すなわち倒せなくても撤退に追い込むだけでもオルメス国は救われる、と思う。


「そうね……」


 さっきから胸の奥でなにかが弾けるように熱い何かがドクンドクンと弱気になる彌莉の背中を押してくる。

 まるで立ち向かえと言わんばかりに。

 その何かは熱い熱を持って彌莉の生を刺激してくる。


「私こう見えて結構モテるのよね。だから真剣に結婚でも考えるわ」


「俺との?」


 いつの間にか意識を取り戻したのか目を閉じたまま彌莉にだけ聞こえる声で「ん?」と疑問を投げかけてきた。

 慌てて咳払いをして、言い直す彌莉。


「なるほど……まだ時間はあるな……。夜な夜な忍び込んできた不法侵入者はいつも深夜に寝ていると思うんだが間違いないか?」


「……まぁ。その呼び名は気に食わないけど、そう考えて貰って構わないわ」


「……と、なると。いよいよあそこに行かないといけない気がしてきたな……」


 寝ぼけた口調で、

「いいよ。行ってきて」

 と聞こえてきた最後の後押しの言葉。

 それが彌莉の迷いのある背中を押してくれた。


「悪い。ちょっと調べたい事があるからお父様とお母様が生前使っていた書斎を借りる。寝るまでにはここに戻る」


 そう二人に言い残して彌莉はベッドから起き上がると扉の方へ歩き部屋を出て行った。二人残った部屋では優美が大きな欠伸をしながら起き上がる。


「起きてたの?」


「……うん。泥棒猫が来た時から……彌莉の温もりが一瞬消えたからそれで……」


「本当に彌莉大好きのブラコン妹ね。んで、なんで止めなかったの?」


「愚問。そんなの私が助かりたい……から。それより側にきて。彌莉居なくなって寂しいから」


 動揺が隠しきれていない。

 きっと強がっているのだろう。

 初めて自分が命を狙われていると知った瞬間から本当の感情を極力表に出さないように。もしかしたら精神が狂いそうになるのを必死で抑えているのかもしれない。そんな少女の身体を抱きしめるため、遥はさっきまで彌莉がいた場所へといき優美の隣に腰を下ろす。


「助かりたいなら、どこか遠くへ逃がしてあげましょうか? 少なくともそれでしばらくは安全に暮らせると思うわよ」


「……いい。ここに残る。それより泥棒猫は私がもう少し安心するまで隣にいること」


 それが優美の本当の答えだと思った。

 兄のため懸命に頑張る優美を遥は少し気の毒に思った。

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