第15話 追想の刻 後半


 ”バチン”と、音が聞こえた時には、彌莉の身体は戦闘態勢に入っていた。

 さっきまで地面に置いてあった足裏が宙へと浮き、敵が武器を取り出し終わる前に近づく。右手にある五本の指に力を入れて力強く握りしめる。普段はこんなことは絶対にしない。優美の前で誰かを殴るなんて。だけどそれは絶対ではなく、例外がある。なぜなら、この身体は優美を護るために今ここに存在しているのだから。


「おまっ!?」


 反応が遅れた敵はお腹に抉り込んできた鉄拳に膝から崩れ落ち一撃で無力化された。


「ほぉ。やるな、小僧」


 仲間から少し離れ高見の見物をしていた男が呟いた。

 余裕があるのか煙草を吹かし一服を始める。

 それから何かを呟いたあと、余裕淡々と説教を始めた。

 どうやらコイツが雰囲気的にリーダーだと思われる。


「いけないねぇ。最近の若いもんは。やるなら素手じゃなくて武器。相手が倒れたら終わり? そんなの自己満足。やるなら相手を屈服させ二度と口答え出来ないように自分の力を見せつけて置かないと二回目が苦労するんだよなぁ~。それができないようじゃまだまだお前は弱いし、お前が三下ってことになるんだなぁ~」


 集団で襲ってくる敵は木刀やナイフを彌莉へと向けて突撃してくるがどれも掠りもしない。


「てめぇ、何者だ!!」


「お前ら雑魚に語る名などないよ」


「ふざけるな!」


「ふざける? それはお前達だろうが!」


 雑魚に用はない、と言いたげな彌莉の拳は次々と武装した男達を無力化していく。

 戦闘経験という意味では彌莉は目の前の男達よりかは勝っていた。

 かつて両親からしてもらった辛くも厳しい稽古に比べればこの程度朝飯前。

 昔は三十人組手や五十人組手と言ったものもしたことがある。


 それもこれも全ては優美のために。


 ある程度倒し終わった所で、彌莉が標的を変更する。

 足に溜めていた力を爆発させるように二本の足を動かし、穴だらけとなった包囲網を突破していく。

 身体が空を切る感触を肌で感じる速度で。

 視線は真っ直ぐ男へと向けたまま、彌莉はたったの五歩で十メートル近く両者の距離を縮める。

 両者の距離は後十五メートル。

 そこから、大きく、力強く、全力でさらに二歩、彌莉は勢いよく駆け抜けていく。

 なにか秘策があるのか煙草を咥えた男は笑みをこぼす。

 まるで彌莉に勝つことを確信しているような感じで。


「――気を付けろよ? ありふれた物の中に武器を隠す、これが一流なんだよ」


 男が煙草を吹かし大きく息を吸い吐き出す。

 煙が拡散したかと思いきや、すぐに収縮し形を形成していく。

 三秒ほどで煙は一本の長い煙ロープへと姿を変えた。


「煙よ――」


 男が呟いた瞬間、煙が意思を持ったかのように動き始めた。

 まるで獲物に襲い掛かるヘビのように一直線に。


 それを見た彌莉は思わず条件反射で足の向きを真横へと強引に足へかかる負担を完全無視して回避行動へと入った。


 まるで鏡のように彌莉が動いた方へと動く向きを変える煙につい背中に冷や汗が滴り顔にも焦りが出てしまった彌莉。

 ガサッ! と変な音が聞こえた時には煙が彌莉の身体に巻き付いており、身動きを取れなくしていた。


 ふとっした瞬間。

 脳でイメージした剣などの複製・模倣する力を持つ天使の力は扱えるが、なぜ今このような状況になっても使おうとしないのか。回避ではなく剣でならこの煙で出来たロープを切れたかもしれないのに。


 それは心の油断が招いた甘さ?

 それとも過去のトラウマによる無意識の逃げ?

 けれど逆に言えば。

 彌莉はまだ負けていない。

 敵が悪だと認識出来ている以上、彌莉は正義の為に戦っていると言うことになる。つまりは天使の力だけでなく大天使ミカエルの力も当然使えるということ、理論上は。

 だけど今の彌莉に本当に大天使ミカエルの力が扱えるのか?


「とりあえずお前は邪魔だ。消えろ」


 驚く彌莉を見て、男は不敵な笑みを浮かべた。

 男が煙で出来たロープに向かって持っていた煙草を指で弾き飛ばすと煙が導火線の役目を果たし始めた。

 それは天使の力で増幅され、激しく燃える業火となって爆発を起こした。

 眩しいオレンジ色の光と爆発音とは別に黒煙が吹き荒れる。


「あぁーあ、骨まで燃えちまったかな?」


 ドラマとかで見かける人間爆発を再現した男はやれやれと頭を振った。一応人目がない環境だったとはいえ、これだけの騒音を立てれば誰かが王都に通報したという可能性を否定できなくなる。そうなると、今度は治安を護る者達とも戦わなくてはならなくなる。それは正直避けたいところである。

 眼前は黒煙と火炎に覆われている。

 天使の力を使い、煙草の火を一瞬で摂氏二千度まであげたのだ。火炎の中をハッキリと確認しなくてもこれだけはわかる。今の一撃を受けて無事なはずがない、と。むしろ生きているはずがない、と。無駄な殺生をしてしまったな、と男はため息を吐いた。


「やっちゃったな……俺。殺すつもりはなかったんだが……てか口だけかよ……てっきり三下とか言うから大層自慢の天使でも扱えるのかと思ったんだが……どうやら期待外れに終わったらしい」


 ――。


 ――――……。


「期待外れで悪かったな、三下」


 火炎という名の火の海の中から聞こえてきた声に、男が息を呑み込む。

 四角形を形成し中心部に空間を作るようにして配置された大きな大剣四本が音を鳴らして崩れていく。

 まるで大剣がさっきの爆発によるダメージを全て受けきったように。

 よく見れば崩れゆく大剣の表面は黒く焦げていて。

 彌莉は空間の中心部に立っていた。

 大地すら黒く燃え、地面にある砂ですら溶け出す環境ですら、かすり傷すらない少年はなにかを思い出したように。


「……悪いな。俺は使える物まで使えないとどうやら心の奥底で思っていたらしい。結果、死ぬかもと思った。だけどそれが逆に教えてくれた――」


「な、なにを言っている?」


 彌莉は、「そうだよな」と一人納得しながら呟いた。


「――使えないくせに俺は……って天狗になっていた部分があったなって。だからここからは俺も少々本気で行く!」


 彌莉は正直自分自身を過信していたなと反省する。

 その割には過去から逃げと常に自分のことしか考えていなかった、と。

 視線を横に向ければ無事とわかって一安心顔の優美がいる。

 護りたい、護りたい、と言う割には全然護れていない。

 むしろ心配しかかけていない。


 これだけ自分勝手でエゴの塊であるが、それでもこんな自分を大切に思ってくれる人がいるなら今からは怖くても自分のためじゃなくて、自分と大切な人のために頑張ってみようと思えた。些細な心の変化かもしれないが、それでも一つこの瞬間変わった事がある。


 大天使ミカエルの力は使える。

 実際に煙ロープを力技でほどくのに三割程度必要とした。

 だけど正常に機能している。

 すなわち、使えないと言うのはただの思い込みであり、現実から逃げていただけだったという事実。

 まだ火炎は彌莉の周囲を取り囲むようにして燃えている、が。


「消えろ」


 その一言で摂氏二千度の火炎は大地へと沈んでいく。

 彌莉の右足が大地を踏みつけ、地面が崩壊したからだ。

 先ほどの大爆発の影響で地面がひび割れ脆くなっていたとは言え、大地を揺らすなどただの人間にできる所業ではない。

 まるで大天使ミカエルの力を見せつけるように。

 彌莉は鋭い眼光で男を見つめる。

 逆に男は予想外の連発に言葉を失い戸惑っているように見える。

 今度は油断しない。

 そう自分に言い聞かせながら、彌莉はゆっくりと足を動かし男へと近づく。


「――ッ!?」


 対して、男は絶対に手を出してはいけない者に手を出してしまった過ちにようやく気付き、思わず一歩後退しそうになる足をその場で踏みとどめる。


 摂氏二千度による大爆発はかなりの威力だったことは周りを見れば一目瞭然。それをたった四本の大剣だけで受け止められるというのは普通に可笑しい。なぜなら摂氏二千度の世界では鉄は溶ける。なのにあの少年が作りだしたと思われる大剣は溶けることすらしなかった。だとすると、答えは一つしかない。天使の力を使う者としての実力差があり過ぎるということだ。天使の力と皆簡単に言うが実はそうじゃない。車の運転と同じく運転の上手い下手のように天使の力にも扱いが上手い下手がある。そして本当に天使の力を上手く扱える者はごく一部でその者が作り出す万物は必ず想像を絶する強度を誇るというのがこの世界での謳い文句。まさか、それを実感する日がくるとは夢にも思わなかった。


 彌莉はそんな男の心情など気にも留めない。

 大天使ミカエルの力で身体能力が格段に向上した彌莉の右手には細い剣が握られており、それを握りしめて男の元へ、一歩、また一歩と近づいてくる。


「チッ! こうなったら最大火力だ!!!」


 男が煙草に火を付けそのまま彌莉に向かって投げつける。

 火は再び業火となり彌莉を襲う。

 振り上げられた剣が勢いよく振り下ろされ業火となった煙草を切り裂く。

 直後。

 爆発が起きた。

 眩しいオレンジ色の光と火炎と黒煙と轟音が荒れ狂う。

 けれど今度は一振りの衝撃波によって全て男の方へと向けられる。

 剣を振り抜いた彌莉は再び男の方へと足を動かす。

 ……これがこの男の力――――?

 男は心の中で呟いた。

 こんなの天使の力とかそうゆうのを超越している。

 例えるなら、――例えるなら、”規格外”と言えばいいのだろうか。

 天使の力の規格外。

 天使の力を超えた……なにか……。

 男の脳内である答えがポンッと出た。

 それはこの状況を納得させるに相応しい解答であり、ここに居る誰もが納得する解答でもあった。


「だ、だ、だ、だいてんし……み、みかえるるる……?」


 二年前ぐらいだったか?

 確かこの国の将来を託された期待の人物。

 噂では穏やかな心を持ち人一倍誰にでも優しい心を持ち大天使ミカエルの力を扱える少年、と一時期期待されていた。だけど両親の死をきっかけに精神が不安定になり、その後行方が分からなくなっていた少年と……その義妹。……名は……たしか……ゆみ? 同姓同名、全てがたまたま同じ人物が目の前にいる?


「――ッ!!」


 ぶるっ。と全身が震えた。


 三下は一体どちらだろうか?


 もう考えるまでもない。


「選べ」


 気付けば目の前までやってきた彌莉に剣先を突き付けられていた。

 逃げるにしても足が思うように動かない。

 それだけ男から見た彌莉が放つ闘気は凄まじいかった。


「――――――、あ」


 もう逃げられないと身体が察し唐突に出てきた言葉。

 彌莉が言葉を投げかける。


「俺とこのまま戦い死ぬより辛い地獄をみるか、今から盗んだ人の所に行き、一人一人に盗んだ品物を返し誠心誠意謝り許しを請うか、選べ。力の差はもうわかっただろう、三下?」


 男の全身から嫌な汗が噴き出した。

 この選択肢は合ってないような物だし、目の前の少年からの圧が強制力を持っていると錯覚するほどに息が苦しい。違う、事実さっきから対峙しているだけで心臓の動機が凄い。男は膝を折り曲げ、その場で跪いて頭を下げ彌莉の意図を汲み取り指示に従うと同時に二度と悪さをしないと誓った。男に続き、その仲間達も後に続いた。

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